28.切支丹2
高村晋輔は、恋歌から目当ての切支丹が出島にいる、と言われても、大きな動揺を見せなかった。
意味するところがわかってないのだろうか。
出島にいるのはオランダ人だ。
日本と貿易をするためにあの狭い人口島内で暮らす異国の男たち。
当然、普通の日本人は出島には入ることを許されない。そして長崎本土との間に唯一架けられた橋は、常に番兵によって見張られている。
正確には、オランダ人は切支丹であることを名乗ってはいない。少なくとも、当初禁教の対象となったポルトガル人たちとは宗派が違うことを主張して、幕府に貿易の継続を認めさせた経緯がある。
それでも、彼らとポルトガル人たちの信仰が基本的には同じ耶蘇教であることは、公然の秘密といったところだった。だからこそ、彼らは出島という狭い島に隔離されているのだから。
その出島の中に耶蘇教の話を聞きに行く。それがどれほど危険なことか。
緊迫感の足りない若侍に、恋歌は追い討ちをかける。
「出島に入るのなら、番兵と勝負してからにしたらになるけど?」
「わかった」
高村晋輔は大まじめで頷いた。
「ダメよ。言葉と相手を選んばなくちゃ」
出島の厳重な監視を思い浮かべたのだろう。美雪はため息とともに恋歌に言い、それから晋輔に向き直った。
「冗談に決まってますでしょう?」
「そうか。いい考えだと思ったのだが」
「そんなことしたら仇討ちどころじゃなくなりますよ」
美雪は青ざめている。
隠れ切支丹とされる美雪たちだって、別に好き好んで隠れているわけではない。
隠れなければ、捕らえられるからだ。
捕らえられれば棄教を迫られ、それを拒めば殺される。
だからこそ、キリシタンたちは表向きには仏教徒を装いながら、信仰を深く隠したのだ。
その厳しさを知る美雪だからこそ、恋歌が軽くオランダ人のことを話したのが信じられないのだろう。
「ダメだよ、恋歌」
青ざめた表情で、美雪は言う。
大きくなりそうな声を必死に押し殺し、恋歌を諌めようとする。
正直に言えば、恋歌もうんざりしていた。
自分の新しい立場が高村晋輔の目にどう映るかを考えると、彼女はますますうんざりした。
「確かに出島に乱入すれば、大騒ぎにはなるだろう。だが、出島にあの鬼の倒し方を知っている奴がいるのなら……」
「いるかもしれないだけ、よ」
と、恋歌は釘をさす。
あまり期待し過ぎるな、と釘を刺す。
「いるかもしれないのなら、なんとしてでも中に入らねばならない」
しっかり釘を刺したつもりだったが、高村晋輔は心の中に釘抜きでも忍ばせているのか、平然としたものだった。
冗談の通じない奴に余計な知識を吹き込むから、と美雪は恋歌を横目で睨んでくる。
恋歌は苦笑いを返した。
だが、美雪は同性の笑みくらいでは納得しなかった。
低い声で恋歌に詰め寄る。
「どういうつもりよ。自分の立場、わかってるの!?」
「…まあね」
「まあね、じゃないわよ。こんなことに絡んだことがバレたら、あんた、どうなるか……」
「でも。善次郎の目的は、あたしだしね」
恋歌は自嘲する。
そう。高村真輔が仇を討つことは、恋歌の損得勘定にも直結している。
それに、もうひとつの理由もある。
「あいつ、美雪を助けてくれたでしょ?」
「……え?」
美雪は目を見開く。
唖然とした目で、恋歌を見つめる。
他の遊女なら「恩に着せている」と感じたかもしれない。自分の損得勘定で関わる恋歌が、「美雪のために」と理由をかこつけているだけだ、と反発するかもしれない。
だが、美雪はそうは思っていなかった。彼女は恋歌を信じていた。
それがわかったから、恋歌は美雪の目を見つめ返した。
「あいつは、他の侍なら見捨てたあんたを助けてくれた。本当はお侍にとって、敵討ってそのくらい大切なことなんだよ。他の侍なら、仇がとった人質なんて後回しにしたと思う」
まあ、そんなことしたら、あたしがただじゃおかなかったけどね。
恋歌の呟きに美雪も苦笑いを浮かべる。
「だから、あいつを助けるの?」
「助けても……いい、と思ってる」
「怖いもの知らず」
「そんなことないよ」
「強情っぱり」
「あんたには言われたくない」
恋歌は返し、美雪は吹き出した。
そんな恋歌と美雪のやりとりは高村晋輔にも聞こえていたはずだ。だが、彼は何も聞こえなかったかのように頓着しなかった。
危ないなあ。
恋歌は、高村晋輔の様子を眺めて思う。
彼は目が据わっていた。周りが見えていないのだろう。自分がどれほど面倒なことに首を突っ込もうとしているのかわかっているのだろうか。
実際、敵討ちに必死になっている彼は、ただの「危ない男」にしか見えない。それでも、自分の損得勘定より初対面の遊女の命を優先してくれたのだ。そう思えば、その必死さも恋歌には好ましく思えた。
ある程度は。
そうしてぼんやりと眺める恋歌は事態の重要性を理解していない、と感じたのかもしれない。美雪は恋歌を押しやり、高村晋輔に言い募る。
「いいですか?出島に乗り込むなんて、問題外なんですよ」
美雪は表情を強張らせて、晋輔を説得しようとしている。
自分が切支丹として生きてきたからこそ、その苛酷さがわかるのだろう。切支丹と関わるということは、幕府を敵に回すということなのだ。
「放っておけば、この国そのものが消えてしまうかもしれないぞ」
「……それが理由?あなたはこの国を守るために戦うの?」
「君はそう考えればいい。俺はただ、奴を殺したいだけだ」
美雪の問いかけに、晋輔は素っ気なく答える。
相手を説得したいのならもう少し愛想良くしてもいいのに、と接待の玄人である恋歌は思う。同時に恋歌は高村晋輔の考え方を少し理解していた。
高村晋輔は、正しい意見に愛想なんて必要ないと信じているのだ。正しい者、正しい考えが勝ち、悪は必ず滅びると。
媚びを売るなんて、彼は考えたこともないのだろう。
嫌な奴、と恋歌は思った。
彼に対して協力しようと思う気持ちは消えていない。
だが。
恋歌の中で、彼に対する反発心が湧き上がる。
恋歌たちがいつも必死でしていることに、彼は何の価値も認めない。遊女が嫌な思いをして媚びを売り、嫌な客の機嫌をとっているのを、彼はどう思うのだろう。
くだらないこと?
嫌な奴。
「そんなにあいつが憎いんですか?」
「わしの務めだから。それだけだ」
美雪の問いかけに、彼は再び無愛想に答えた。
本当に嫌な奴。
そう思って、恋歌は高村晋輔に言った。
考えは決まった。
「ねえ、晋輔」
恋歌が若い侍にそう呼びかけたとき、美雪はぎくりとして恋歌を見た。晋輔の表情はいつものように乏しかった。しかし、彼の考えていることは恋歌の驚きと同じはずだ。
遊女風情が侍に向かって、なんという口のききかただ。 しかし、恋歌は二人の咎める視線に口元を歪めながらもう一度若い侍の名前を呼び捨てにした。
「ねえ、晋輔。あんた、あたしに頭を下げてみてよ」
高村晋輔は眉をひそめた。
恋歌の言っている意味が、彼にはわからないのだ。江戸の者にはそうかもしれない。だが、長崎に住む者なら知らぬ者のないことだった。
実際、美雪は頭を抱えている。
「出島に行ったことある?」
「前を通ったことなら」
「高札は見た?」
「いや」
「じゃあ、見てきなさい」
今すぐに。走って。
恋歌は、高圧的に言った。
「あたしは廓に戻ってる。あたしの言っている意味が分かったら、廓に来て」
あたしに丁寧にお願いするのよ、と恋歌は言った。




