25.手紙2
短いです。
前の話に合わせてしまっても良かったかも。
カムロはまっすぐ一階へと降りていた。
階段を下りたところで、きょろきょろと周囲を見渡している。少女は誰かを捜していた。恋歌はそっと彼女に忍び寄り、その肩に手を置いた。
「ひっ」
「よしよし」
びくりと震えるカムロに、恋歌はにっこりと微笑みかけた。
「どうした?誰を捜してるの?」
カムロは答えない。何も言わずに首を振った。
「楼主なら、さっき出かけたよ」
カムロの顔色が変わる。何故わかるのか、という顔で恋歌の顔をまじまじと見た。
「ま、座りなよ」
恋歌はまず自分が階段に腰掛けた。半分空けて、カムロに座るように促す。少女はそれでも座らなかった。だから、恋歌は少女の膝の裏を軽く押した。小さな悲鳴をあげて、体勢を崩す。倒れるその身体を受け止めて、恋歌は階段に座らせた。
「楼主にどんな用なの」
「なんでもありません」
必死で首を振るカムロに、恋歌は笑って見せた。
「なんでもない、か。なんだか。さっきの美雪みたいだね」
「……」
「美雪は黙っててって、あんたに頼んだよね」
「…………」
「もし、美雪を裏切ったら、あたしがただじゃおかないよ」
それほど表情を引き締めたわけじゃない。鬼のような顔なんてしていない。それでもカムロは引きつけを起こしそうな顔で息を吸い込み、がたがたと震えだした。
あたし、ここまで怖れられるようなことした?
カムロの怯えように、恋歌は少し傷ついた。気を取り直して喋り出すまでに、少し時間がかかった。
「美雪は優しいね。もし、あたしがもう一度カムロになるなら、ああいう子に付きたいと思うよ」
「……でも」
「でも?」
「怖いです」
「美雪が?」
「いいえ」
慌てたようにカムロは首を振る。
恋歌には少女が何を怖れているのかわかっていた。姉女郎が何事か公にできないようなことを企み、それが楼主や役人に知れれば、カムロも厳しい追及を受ける。カムロはまだ子供だからそれほど厳しい罰が下されることはないが、とばっちりを受ける身にはやはり怖ろしいことに違いない。
「美雪は優しいよ」
恋歌はもう一度言った。
「あの子が何を隠しているのかわからないけど、例え何があっても、あの子はあんたを巻き込むようなことはしない。例えあの子が罪を犯して罰を受けるとしても、あの子はあんたを巻き込まない」
恋歌は、心から断言できた。
「あんたもそう思わない?」
思います。
カムロは小さな声で答えた。
「あんたは間違ってないよ」
恋歌はそう言って立ち上がった。これ以上言っても、逆効果だと思った。まだ階段に座り込んでいるカムロを置いて部屋に戻ろうときびすを返したとき、階段の上に美雪が立っているのが見えた。
美雪は恋歌を見ていた。
不意に動きを止めた恋歌を訝しく思ったのだろう。美雪のカムロが恋歌の顔を見上げ、その視線を追って、美雪に気づいた。
「あ……」
カムロは顔色を変える。
恋歌はその肩に手を置きながら、一段上がった。そうして怯える少女を自分の背に隠した。
美雪は黙って降りてきた。
いつからいたのだろう。
たぶん、最初からだ。
恋歌と自分付きのカムロが話す一部始終を見て、聞いていたのだろう。だが、彼女は何も言わなかった。何かを言おうと口を開きかけたが、それでも、何も言わなかった。彼女は恋歌から目を逸らし、階下を見渡して誰かを探し、そいつがいないことに安堵した。
恋歌や自分付きのカムロとすれ違ったときも、美雪は何も言わなかった。恋歌は美雪の吐息さえ聞き逃すまいと耳をそばだてていたが、美雪の口からはついに何の説明も言い訳も聞けなかった。彼女の表情は硬く、唇は引き締められていた。思い詰めたような光が目の底に沈み、いつもの優しさを消し去っていた。
美雪は階下に降りると、そのまま草履を履き、桜泉楼の暖簾を潜って出ていった。
あの子は何かを隠したがっている。
では、あたしはどうしたらいい?
美雪は何を望んでいるだろう。黙って見て見ぬ振りをすること?
そうかもしれない、と思った。
というより、おそらくそうなのだろう。彼女が何を隠しているにせよ、彼女は恋歌に何も言わなかったのだ。恋歌に知っていて欲しいことなら、美雪が言葉にするのを躊躇うはずもない。
黙っていて。何もしないでいて欲しい。
それが美雪の望みなのだろう。
それはわかる。でも、恋歌にそれができるだろうか。
できないはずはない、と恋歌は思った。
しかし、廓を出てゆく美雪の後ろ姿を見送った後、恋歌の中で強い衝動が膨れ上がった。
自制心と少し重い好奇心。
長い戦いではなかった。
結局、恋歌はカムロに仕事に戻るように言うと、そのまま階段を駆け下りた。




