2. 目覚めるもの
目を閉じている。
ずっと。
眠っている。
それでも、苦しみは消えない。
飢えは消えない。
渇きは消えない。
いつでも。
眠りの中でさえ、飢えにうなされる。
飢えに苛まれ、渇きに追い詰められ、更に深く眠りに落ちる。
逃げるように。
深く。深く。
そのまま、二度と目が覚めなくなりそうなほど。
そしてそれを望んでしまいそうになるほど。
目が覚めることを望む。
目が覚めることを思う。
そして、目が覚めることを恐れる。
悪夢を越える悪夢。
なんのことはない。
それがつまり、現実だった。
それを知ったのはいつごろだろう。
三年前。
それとも十年前。
あるいは百年前。
わからない。
ただ。
長い渇きが間にあった。
長い長い飢えがあり、その彼方の記憶ははっきりと残ってはいない。
それでも、自分は「まし」なのだと知っている。
夜に目覚める。
夜に立ち上がる。
夜に狩る。
屠る。
飢えを満たす……ための行為をする。
飢えは満たされないとしても。
そう。
ましだ。
少なくとも、目覚めを意識できる。
それだけでも、ましなのだと知っていた。
日が沈むのを感じる。
月が昇るのを見る。
日付が変わる。
それらに、何の意味をも見いだせないとしても、それでも、それを意識できるだけでましなのだ。
今は。
今はいつだろう。
生まれてからどれだけ経つのだろう。
そして。
死んでからどれだけ経つのだろう。
体は腐っていない。
心がどれだけ腐っているのだとしても。
夜が始まる。
寝台の上で伸ばした四肢に力が戻る。
悪夢が終わり、悪夢のような現実が始まる。
悪夢のような飢えが死んだ体に蘇る。
死を受け入れぬ体を支配する。
だから、上体を起こす。
寝ていた姿勢から上体だけを起こす。
反動は使わなかった。
足を曲げる必要もなかった。
どうせ死んでいる体だ。
生者の体が必要とする動作を、この体は必要とはしなかった。
扉が開くように関節を軸に腰が折れる。そうして上体は起きる。
誰もいない部屋で、力が戻ってくるのを静かに待つ。
生者のような寝起きとは呼べないだろう。
本当に眠っていたわけではない。
目覚めたわけでもない。
目覚めたままの眠り。眠ったままの目覚めだ。
寝台の上に立ち上がる。
膝は曲がらない。
曲げる必要はない。
ただ、上体だけ重みを失ったように腰が寝台から浮き上がる。
踵が寝台に微かに沈み込み、足が立ち上がる。腰が伸び、上体を支える。
そうして寝台の上に直立する。
目を開く。
そのこと自体に意味はない。
死んでいる目だ。
機能などしているはずもない。
それでも周囲を把握することは可能だった。
もはや暗闇はこの部屋の外にもあり、この町のすべてを覆っている。
暗闇は澄み、どこまでも見渡すことができた。
暗闇の満ちたところ、どこへでも行くことができる。
狩りの時間だ。
この前獲物を屠ったのは、どれくらい前のことだろう。
もう一年になるのか。
あるいは昨晩のことかもしれない。
時間の感覚はある。
本当はすべてがわかっている。
ただ、その意味を感じられないだけだ。
昨晩と一年前の差に意味を見いだせない。
時を重ねることに、何の意味も感じられない。
それでも、堪えようもなく空腹だけは全身に満ちていた。体の中心に穴でも開いているかのように。
だから、つま先に少し力を込める。
寝台から降り、床の上に体を立たせる。
吐息にはほんの少し、血の匂いが残っていた。