10.長崎と丸山
活動報告にのせているように、加筆訂正しました。
説明話のくせに長くなりすぎたかな。
2013/05/20 誤字など訂正。
長崎に最初に目を付けたのはポルトガル人だったらしい。
そのころの長崎は、漁業で細々と生活を営む寒村に過ぎなかった。
だが、今では禁止されている耶蘇教(キリスト教)をこの国に広めるためにやってきたポルトガル人たちは、この複雑な入り江が天然の良港であることに気づいた。彼らは勤勉さと純朴さを持つこの国の住民にえらく好意をもち、説教と洗礼を繰り返しながら、この土地に様々な恩恵をもたらした。
やがて長崎は彼らの目論見通り港町として栄え、対外貿易の中心となった。
同時に、キリシタンたちもこの土地で信望を得て、大きな力を握ってゆく。
だが、最終的に訪れたのは禁教と鎖国だった。
耶蘇教が禁止されると同時にそれを信仰するポルトガル人たちは、この国から追い出された。布教のためにこの国に残り、隠れた神父たちも、次々と狩られていった。
今は日本人だけのこの町も、かつては異国の人間が自由に往来を行き来していたらしい。
もちろん、そんな時代のことは話に聞くだけで、恋歌は知らない。恋歌に話してくれた蕎麦屋の常連であるオヤジも、そんな時代を自分で見てきたわけじゃない。
「なのに、よく知ってるよね」
「耳も目も大きく開けて、知識も意見も、ぜーんぶ取り込むことだ。お前みたいにべらべら話すだけじゃ、中身は外に出るだけで、ちっともたまらないぞ」
そのオヤジは、遊女仲間で「おしゃべり」だと噂される恋歌の痛いところをついてみせた。
なんにしても、うまくやったのはオランダ人だという話だ。
もともとキリスト教徒であった彼らは、そんなことはおくびにも出さず、カトリックとプロテスタントとは違うという主張を行い、純粋に貿易だけを望み、ひたすら恭順の姿勢をとった。活動拠点を狭い商館内に限定されても、平戸にあった商館から長崎の出島への移動を突然命じられても、彼らは決して逆らわなかった。
こうして貿易の窓口は長崎に限定され、相手国は、キリスト教とは無関係の唐人(中国人)と、無関係を装うオランダ人だけになった。唐人は唐人屋敷と呼ばれる塀に囲まれた敷地内に、オランダ人は出島という人工島内に住まわされ、特殊な行事でもない限りは一切外出は許されなかった。
鎖国によって、他の都市が異国との貿易を失った結果、それを唯一許された長崎は栄えた。貿易高は次第に減少していたが、それでも「御老中でも手の出せないのは、大奥と長崎、金銀座」とまで言われる独占状態によって、江戸や大阪とは異なる賑わいを見せていた。
豊かな都市の例に漏れず、やがてこの土地にも盛り場が形成される。寛永の時代、市中に散在していた遊女屋を管理しやすくする、という名目で、盛り場が一箇所に集められると、ここ長崎北部に大規模な遊郭ができあがった。
南北に走る直線的な丸山町の南端に直角に接する寄合町。L字形に交わるこの二つの町を総称して丸山という。江戸の吉原、大阪の新町そして京の島原などに続き四大遊郭に数えられることもある大規模な遊郭だった。長崎の男たちはこの色街へ女遊びに行くことを「山へ行く」という言い方をした。
吉原などに比べると、丸山は地域性の強い遊郭である。つまり客も遊女も長崎近辺の住民が多いのだ。そのせいもあって、丸山遊女に対する制約は他の遊郭の遊女に比較するとかなり緩い、のだと言う。
それを恋歌に教えてくれるのは、江戸や大阪から来た旅人だ。
彼らによれば、廓というのは大抵の場合、遊女の逃亡を防ぐために遊郭全体が塀で囲われているらしい。吉原の場合、一旦遊女として大門をくぐれば、年季明け、遊女自身の死亡、そして廓が火事になった場合以外には外へ出ることはできないという。
だが、無事に年期を明けられない遊女というのは決して少なくない。遊女には休日がなく、体調不良などにより休みたければ、その間の給金を前借りする形を取るのだ。前借りした分は働いて返さねばならない。こうして年季は次第に遠ざかる。吉原の大火の多くは遊女自身の放火によるものだったのはそのせいだろう。遊郭での生活は苦痛に満ちており、彼女たちは廓を苦界と呼んだ。
丸山も塀には囲われている。だが、丸山遊郭は特殊だった。
遊女たちは塀を比較的自由に出入りしていた。
だから、江戸などから来た客は自由に郭の外へ出る遊女を見て驚いていた。恋歌にしてみれば、これが普通なのだから、今更驚くようなことではないのだが。
*
恋歌は二重門をくぐって、丸山の外へ出た。
良くないこととされているし、かつては禁令が出たこともあるが、実際には丸山遊女が廓の外へ出るのを制止するものはいない。あまり町中をうろついていると注意を受けたり、妙な噂をたてられたりもするが、乙名宅に向かう分には問題もないだろう。
今朝の楼主の機嫌はよくなかった。
控えめに言っても、胸糞悪そうな顔をしていた。
丸山中の注目を集めていた太夫の突き出しが失敗したのだから、それは理解できないでもなかった。
実際には、恋歌はまだ「お手つき」になる前だったのだし、その際に見せた切符のよさからも周囲には好印象を与えていた。だから、恋歌の価値は下がってはおらず、楼主には特に不利益はなかったはずなのだが、それでも楼主には気に入らなかったらしい。
やはり「丸山一番」を謳っていた太夫には、順風満帆な門出を迎えて欲しかったのか。
あるいは、太夫になることが失敗したことでここ数日間の恋歌の稼ぎが減ることが気に入らなかったのかもしれない。恋歌はこちらの方がありえる理由だと思っている。
廓内で騒動を起こした高村晋輔は、大人しく乙名に引き取られた。
昨夜は遅くまで、何度も何度も同じ話を繰り返させられた。
高村晋輔は、仇討ちだと叫びながら善次郎を追っている途中で波路を人質に取られた。恋歌は彼女の身を案じ、高村晋輔とともに廓の地下へと降りていった。ここまでは他の連中も見ていたし、誰も疑ってはいない。問題はその後だ。
晋輔も恋歌も波路も、暗闇から現れた鬼に善次郎が襲われたのだと主張した。そして鬼とともに彼の死体も消えてしまったのだ、と。話の内容は一致していたが、誰も納得はしなかった。
無理もない。
誰だって、そんな話は信じない。だが、善次郎の死体が消えてしまったのは事実だったし、地下と地上とを結ぶ唯一の階段から善次郎があがってきたのを見たものはいない。だから、何かはあったらしいが、善次郎が死んだとは言えない。となれば、奉行所に突き出すわけにも行かないということで、とりあえず丸山の乙名に預けることになった。
高村晋輔の評判は、決して悪くない。
それは彼自身の人徳というより、時期がよかったということにつきる。
昨年の暮れ、ここ長崎で仇討ちが行われた。
九年前に母親を殺された男が、仇を見つけたのだ。
そいつは長い間逃亡生活を送っていたが、ほとぼりも冷めたと思って長崎へと帰ってきたところを、運悪く殺した女の息子に見つかった。更に運が悪いことに、そいつは自分が見つかったことに気づかなかった。
仇を見つけた息子は、兄を呼んだ。そして二人して母親を殺した男に襲いかかり、逃げる男を海岸まで追いつめて殺したのだ。
奉行所は彼らの孝心を讃え、褒美として米俵をいくつか与えた。討たれた仇にも家族がいたが、遺族となった彼らは奉行所に問われ、討手である兄弟を恨まないと答えた。長崎市民はこの話を美談として歓び、讃えた。
仇討ちは、武士道の発露である。
親への孝心や主君への忠誠心に基づく仇討ちは、確かに体制にとってはある意味好都合であったかも知れない。司法能力に限界があり、殺人犯人を必ず罰する自信が体制にない場合にはなおさらだ。
だから、徳川幕府が開かれた当初は、仇討ちといえば華やかなものだった。
親や上位者を殺された者が仇討ちの旅を申し出ると、旅のための準備金が支払われ、その心意気を讃えられた。もちろん、残された家族の生活は保障された。
だが、徳川家が江戸に幕府を開いてから既に百年が経過している。太平は永きに渡り、戦いによって権力を得た支配階級にも、当然世代交代は繰り返されてきた。もはや戦乱は生者にとっては記憶の中にさえなく、戦闘員であった支配階級は先祖の戦功によって扶持を得るようになった。やがて、行政機関となった支配者たちにとっては、戦わぬ兵士たちは無用な存在となり、重荷になったが、馘首にはできなかった。自らの血に連なる者に栄ありと信じて、いにしえの兵士たちは戦ってきたのだ。遺族への補償を信ずればこそ、何の憂いもなく死を受け入れることもできるのではないか。事実、支配者たちはそう約束することで忠誠を得てきたのだ。
だが、いくら仇討ちが武士道の発露であろうと、無い袖は振れない。
今や、仇を討とうとしても、家族の生活は保障されない。それどころか、務めを放棄して旅立つと言うことで、暇を出される(休職扱いにされる)有様だ。もちろん、一旦旅立てば仇を討たねば家には戻れない。
旅の終わりは、仇を討つか、討手が死ぬかだ。返り討ちにでもあえればまだましで、多くの場合、討手は仇を見つけることもできずに、無為に人生を終えることがほとんどだった。
だからこそ、大業を成し遂げたものに対しては無責任な賞賛が送られる。
あるいはその途中にあるものに対しても、自分に損さえなければ無責任に賞賛することは出来る。
高村晋輔は幕府の発行する仇討ちの証書をもっていた。彼に対する態度は比較的穏やかではあったはずだ。だが、彼の立場はひたすら厄介なものになった。死体が見つからない以上、善次郎の死を証明することはできない。そして仇の死が証明されない以上、討手はどこまでも仇を探し、追い続けなければならない。
恋歌は高村晋輔の生真面目な顔を思い出し、彼の行く末を思ってため息をついた。
一方、彼の仇討ちが不首尾になったことで、自分への評価がどうなるかと恋歌は心配していたが、若衆が流した噂を聞く限りは、それほどひどいことにはならないようだ。客さえ来てくれれば、自分の経験を面白可笑しく話してやる自信はあった。当分は、話の種に困ることもないだろう。
ちょっとした騒動に巻き込まれただけだ。ただ、そう言って忘れてしまうには、高村晋輔が少し可哀想な気がした。だから、乙名の家に行って少し話を聞いてみる。それが面白い話なら、またひとつ話の種が増える。
高村晋輔の人気も、無責任で一時的なものであることは明らかだった。
それでも、その彼に手を貸したということで、恋歌の株は多少上がった。
それでいい。
それで十分だ。恋歌はそう思い、一人でうなずいた。
だって。
それだけのことなのだから。
そう。
それだけのこと。
昨夜起きたことが何であれ、それはもう終わったこと。
恋歌や美雪はそれに巻き込まれずに済んだ。恋歌も美雪も無事で朝を迎え、そしてそれは終わった。
だから。
それだけのことなんだ。
怖くない?
怖くないはずはない。
昨夜、確かに鬼が現れた。
鬼は恋歌の客を殺した。恋歌も殺されていてもおかしくなかった。
でも。
それは終わった。終わって、恋歌は生き延びた。
だから、朝の光の中、恋歌は笑っていられる。
だから、それはそれだけのこと。
それだけのことだと笑うことができる。
恋歌が自分の考えに、自分で頷いたとき、不意に女の声が聞こえた。
声。
悲鳴だ。
一瞬、これ以上余計なことに巻き込まれたくないと思い、恋歌は少しの間躊躇った。しかし、聞かなかったことにするわけにもいかない。恋歌は声のほうへと走り出した。
周囲の何人かが走り出して行くのを見て、好奇心に屈服したとも言えるかもしれなかったが。
角を曲がると、何が起きているのかすぐにわかった。
若い町娘が、複数の男たちに囲まれている。そばには手際よく駕篭が用意してあり、彼らは彼女をそこへ押し込もうとしていた。彼女はいや、いや、いや、と言いながら手足を振り回して抵抗し、何とか男たちの腕の中から逃れようとしていた。
恋歌は……何もしなかった。
なあんだ。
と、口の中で呟く。
これが他の土地なら、白昼の誘拐として大騒ぎになるだろう。もちろん、長崎でだって誘拐は犯罪だ。何と言っても、ここは幕府の天領(直轄地)なのだ。
だが、こういった光景は、長崎では必ずしも珍しいものではないし。お咎めがあるような犯罪でもない場合もある。
いや、いや、と叫ぶ娘だが、何故か周囲の人々に助けは求めない。そしてきゃあきゃあ喚く娘の目は、実は笑っているのだ。男たちも奇妙な言葉を叫び、それが悪意のない行動であることをはっきりと周囲の野次馬たちに示している。
彼らは言う。
「よめごぬすみ」
嫁御盗み。
他の地方から来た旅人に言わせれば、奇習と言うことになるのだろう。
どこかの男の依頼を受けた仲間たちが、目的の女が町を歩いているところを捕らえ、嫁御盗み、嫁御盗みと叫びながらかごに押し込め、さらってゆく。見た目にははっきりと犯罪だが、実際には女も同意の上であることがほとんどだった。結婚はしたいが、親の反対を受けていたり、あるいは親としても嫁に出したいが、きちんとした式をする金がない場合になど、略奪の形を取って嫁にする。
もっとも中には女の了解も得ず、本当に女を略奪しようとするような場合も間々あり、奉行所は眉をしかめているが、相も変わらず行われているというわけだ。
女は強引に連れ去られるという自分の役を楽しんでいるようだ。笑顔で悲鳴をあげながら振り回す爪に引っかかれ、男の一人の頬が赤く滲んだ。引っかかれた男は顔をしかめ、うんざりした顔になったが、情けなさそうに娘の手を押さえつけた。男は涙目になっていた。
野次馬が笑った。
笑い、囃し、中には手伝ってやろうという気を起こす奴まで出てくる。
恋歌は背を向けた。
遊女には関係のないお遊びだ。
遊女は、結局楼主の物なのだから、嫁御盗みであろうと、略奪することはできない。意中の遊女を自分だけのものにしたければ、金を払って身請けするしかない。
善次郎が消えて、恋歌の野望はいきなり頓挫した。
恋歌が乙名から話を聞いた後会おうとしている男は、善次郎さえいなければ昨夜恋歌を抱いていたはずの男だった。当然、長崎でも裕福な商人だ。まだ脈があるようなら今度こそ捕まえてやる、と恋歌は思った。
自分が目をつけていた遊女が訪ねてきたら、どんな顔をするだろう。
さぞ喜ぶことだろう。その時の彼の喜ぶ顔と、彼の中での自分の評価が急上昇する様を想像して、恋歌はひとりにやにやと笑った。
問題は彼が妻帯者だということだったが、その辺はまあ上手くやれるだろう。
いずれにせよ、妾の座で我慢するしかないよね、と恋歌は考えた。それだって廓で過ごす生涯に比べれば遙かにマシなはずだ、と。
もうしばらく昼間の日常が入ります。
吸血鬼ですので昼間はお休みです。
どうかお付き合いください。




