客観視の始まり
ツイキャスの配信第一弾で朗読した作品になります。
別にその気があってそうしたんじゃなかった。
僕は罪を繰り返すの?
外はぼんやりとして、太陽の光が世界を白くそめている。僕の部屋とは対称的に。
そんな日はじっと外を見てると目が焼ける。でも、あまり室内には目を向けたい気分じゃなかった。とりわけ我慢のできないくらい嫌なものがあるってわけではないけど。
僕はしばらくじっと外を注視してたけど、堪らなくなって室内へと視線を戻した。
それと同時に扉の僅かな隙間が閉じる。腕に出ていた鳥肌が消えるのが、よくわかった。
毎日こそこそ人の部屋を覗くなんて……ストーカーとかじゃあるまいし、実の親があれなんてね。
嘆息する。いくら嘆息しても、きっとつきることはないってくらいの溜息。
半そでのシャツからむき出しの腕をさする。自分の手の感触さえ気持ち悪い。また鳥肌が立っている。
僕はある事故によって、体に障害を抱える人間だ。特に大したものではないにしろ、健常者から見れば何でも可哀想になるわけで。ああやって親が僕を盗み見てるのもその所為だ。
それでも初めからああいう行動を取っていたわけではなかった。あの二人が僕の障害を哀れんで、いろいろと優しく接してきたから鬱陶しくて暴れてみたのが原因だ。
それ以来両親たちは哀れみの目を僕に向けながら距離を置くようになった。僕には幸いだった。
けれど、この哀れみからくる優しさは彼らだけには留まらなかった。先生や友人までもが僕をそんな優しさで包み込んで、押しつぶす。
そんなある日、僕はやってしまった。
彼女が僕を初めて訪ねてくれた日、丁度今から一年前の夏に――。
彼女は果物の入った大きな籠を持って現れて、林檎をむいてくれた。林檎は結構好きだったから、それがとても嬉しかった。
でも、僕の愛していた彼女でさえも、あの優しさを保有していたのだ。
彼女の話は好きだったし、ずっと続けていたいとは思ったけれど、それでもその優しさだけは受け入れがたかった。ずっとずっと長い時間、耐えられなかった。僕にとって彼女といた数時間は生き地獄と同じだった。筆談をやめさせることもできず、相手を追い返すこともできず。ただ僕は、その時彼女の腕を止めることだけしかできなかった。彼女が本当の意味で優しいのを知っていたから、僕には彼女を不快にさせるような選択肢は選べなかったんだ。
暫くして飲み物を運んできた母親によって、僕は自分が一体何をしてしまったのかを悟った。
彼女は腹部を包丁で切り裂かれて死んでしまっていた。他にも腕に同様の刃物で何回も切られた跡も見つかったようだ。そして僕は、そんな彼女を抱いて眠っていた。
その後の母の対応は早かった。
まず僕の汚れた着替えを替えさせ、死んだ彼女の遺体は細かく切って人気のない森の奥深くに埋めたのだ。
僕はそれから外出を禁じられ、ずっと一人ぼっちで外を眺める日々が続いている。唯一許された携帯電話だけを残して――。
そして今。
僕は身の回りから受ける精神的苦痛を無視し、他人の立場に立ってそれを見られるようになった。
それは僕にとってかなりすごいことで、今までに一度もなかったことだ。
何故そうなったかについて、少し前の僕の生活パターンの変化が原因なんだと思う。
それは、僕が常連であるなりきりチャットのサイトで出会った女の子と付き合うことになったということだ。
彼女は幼い女の子になりきることが多くて、すごく話も面白かった。
そのときはただ、この人の性格というか、おちゃらけたように見えてもきちんと他の子に気配りをしているところにただ感心しているだけだった。
それから暫くして、僕達はお互いに話し相手が見つからなくなると呼び出し用のアドレスにメールを送るようになった。初めは敬語で話し合っていた僕たちも、回数を重ねる事にいつも通りの口調になっていた。
チャットの時のなりきって話すのとは違い、メールでキャラクターというフィルターを通さずに喋るというのは新鮮味があって、いいもんだ。
僕はすぐそれにのめり込んだ。
毎週定時に開かれる談話会に出席することも放り出して、一日中メールのやり取りをした。朝は早くから夜は眠くなるまで話したり、何回もメールの途中で寝てしまったことだってあった。あの頃の僕はきっと、今までの中で一番幸せだったんじゃないかな……。
でも転機が訪れた。
あの日は分厚い積乱雲が空を覆って、バケツをさかさまにしたように雨が降っていた。退屈で他に何もできなかったから、彼女とメールをしようと思って携帯を見た。すると、そこには既に彼女からのメールが届いていた。
着信時間を見ると、まだメールを見つけてから一分も経っていない。
僕の携帯は光と振動で知らせるタイプだったから、それを身につけていない今、気付けたのは本当に偶然だと思った。
だけど。
なぜだか今回は何か嫌な予感がした。でも。それでも彼女の送ってくれたメールの内容が気になる。
僕は迷いに迷って、やっぱりメールを見ることにした。どちらにしたところでやっぱり見ないわけにはいかない。返信がなかなか来なかったら、彼女が心配してしまう。
僕は決心して新着メールボタンを押した。
画面が気持ちに関係なく瞬く間に開く。
すると、僕の視界におびただしい量の文字が飛び込んできた。
それをどきどきしながら読んでいく。
僕の頭から血の気がなくなり、冷や汗が流れていった。
携帯を持つ手が震え、電源を切ると同時にそれは僕の足元へ落ちた。
もう恋なんかしたくないのに。
こんなこと、もう一生しないって誓ったのに。
恋人殺人者の僕は、どうしても手が包丁へと伸びることを止めようがなかった。
耳の聞こえない僕の、何度目かの殺人。
音が聞こえない僕に、まとわりつく優しさ。
それを断ち切りたくて僕は、包丁で携帯(未来)を砕いた。
画面が崩れて、最後に、彼女から届いた最新メールが映し出されて消えた。
『あなたのことが好きです。どうか、付き合ってください』
それ以来、僕は自分を他人としてしか見られなくなった。
そうすることでしか、僕には自分の中に湧き上がる衝動に、歯止めをかけることができなかったのだ。
無音世界で僕は僕を監視し続ける。
客観視の始まり。