俺と麦茶とチョコレート
「誰かを○○に例えると~」というたとえ話は、友人関係の間では少なからず一度は耳にすることだろう。何に例えるかというのも、その友人関係ならではの個性が表れたりする。それは時に“有名人”であったり“動物”であったり。
俺たちの場合も、どうやらその話をするらしい。
「なぁなぁ、俺らのクラスの女子を“飲み物”に例えると、何だと思う?」
冬が過ぎ、そろそろ暖かくなり始めてもいいんじゃないかと思う2月の中旬。暖房が利いているという理由から教室から出る気にはなれず、昼休憩になっても大半の生徒は教室内で弁当を食べていた。
俺たちもその一角なわけで、暖房の近くに陣取って弁当を食べていた。
「どうした、突然?」
「いや、何となくの思い付きだけどさ。例え話ってやつだよ」
いつもの様に集団で弁当を食べている時、ふとそんな話題が投下された。こういう場面での話題投下は結構効果的で、瞬く間にその話で場が埋め尽くされる。俺たちはいつも5人ほどで集まって弁当を食べている。そういった話題が大好きなメンバーだからこそなのだろう、結構みんな乗り気だった。
「飲み物ねぇ……なんだろうなぁ」
「美奈月は絶対“ワイン”だな。清楚で可憐で大人びていて、それでいてお嬢様ときたもんだ。それ以外に考えつかねぇだろ」
「あぁ、確かに」
「それは激しく同意だな」
美奈月玲、我がクラスのマドンナ的存在でその容姿はさっき説明された通りだ。腰に届くほど長い黒髪は癖など全くなく、CMでしか見たことないほどにサラサラとしている。端正な顔立ちは確かに綺麗で大人びており、清楚かつ可憐という組み合わせがしっくりくる。さらに彼女の家は本当にお金持ちらしく、豪邸に住んでいるらしい。
まぁ確かに、美奈月にはワインが一番妥当だろう。
「じゃあ……水野は?」
「あいつか、あいつは……」
「“スポーツ飲料”だろ、それ以外思いつかない」
「「「なるほど」」」
「ピッタリすぎて何も言えねぇよ」
「だな」
水野愛美、陸上部所属で1年生ながら“期待の新星”と言われているらしい。薄い茶色の髪をボブカットにしており、いつも水色のヘアピンをつけている。背は小さめでよく中学生に間違われるらしく、本人は結構気にしているようだ。
学業や女の子らしい趣味に一切興味を示さず部活に魂を捧げていることから、こちらも確かにスポーツ飲料しか当てはまらないような気がした。
「やっぱ狙い目はそこだよな」
「なんだよ、結局そんな話になるのかよ」
「いや、実際そうじゃね? この二人が断トツだろ」
「確かにな。他の奴も悪くはないんだが、見劣りしちまうからな」
失礼な事を言っているようだがこいつらの言うことも最もで、このクラスだけではなく学年全体を通してこの二人は人気がある。美奈月の場合はファンクラブが結成されているらしいし、水野の場合は陸上の試合にわざわざ応援に行く奴もいるらしい。
よくそこまで熱中できるなと、ひそかに感心する。
「ってか萩原、お前もなんか喋れよ」
「ん?」
突然話しかけられたので、ついキョトンとしてしまう。萩原というのは俺の名前で、他のメンバーの視線が俺に集中する。
「ん、じゃねぇよ。一人で黙々と弁当食べやがって」
確かに何も喋ってはいなかったが、今さらそこを言うのか。
「いや、特に話すこともなかったろ。俺はそういうの興味ないしな」
「ウソつけ、このむっつり野郎」
「そうだ、このむっつり野郎」
「このむっつり野郎」
「むっつり乙」
「誰がむっつりだ」
心外な事を言われたのでとりあえず反射的に突っ込みを入れるが、本当に興味がないのだからしょうがない。美奈月も水野も綺麗だし可愛いとは思うが、そこまで盛り上がれるほど二人に入れ込んでるわけでもない。
だけど、それがこいつらには納得いかないらしい。
「だったら誰か例えてみやがれ、飲み物に」
「難題だなぁおい」
苦笑しながらそう返すが、実際思いつかないのだから仕方ない。
「色々あるだろ、オレンジジュースだのコーラだの」
そりゃ飲み物自体はいくらでもあるだろう、と言いかけてやめた。こいつらが今欲しがってるのはそういう答えじゃない。かといって適当に答えようにも思いつかない。
さて、どうしたものか。
(……あ)
その時ふと、一人の女子の顔が浮かんだ。
そいつは同じクラスではなく隣のクラスだが、話したことがある。同じ部活に所属している間柄それは当然だろうけど。
「思いついたか?」
表情に出ていたのだろうか、正面の奴が満面の笑みでそう言った。
さて、どう言ったものか。美奈月や水野のように決定的な要素があるわけでもないし、雰囲気的にいえばおとなしめの奴だからジュースって雰囲気じゃない。
そうなると―――
「……麦茶、かな」
「「「「麦茶?」」」」
「ハモるなよ、気色悪い」
俺が口に出した途端、全員が聞き返してきた。
「何で麦茶?」
「いやそもそも、誰が麦茶?」
「それは言わない」
「「「「言えよ!」」」」
「喧しい、言わねぇよ」
そう言って俺は食べ終わった弁当を片付けて席を立つ。後ろから非難の声が聞こえるが全部無視して教室を出た。さすがに廊下は寒くて凍えそうだったが、あいつらの元へ戻るのは癪だったし、戻るつもりもなかった。俺はいつものように部室へ行こうと階段へと向かう。
「おっ、萩原ーっ!」
廊下を歩いていると、激しい足音と同時に名前を呼ばれた。振り返ると、先ほどまで話題に出ていた“スポーツ飲料”水野愛美がそこにいた。
「どうした?」
どうしたのか聞くと、水野はニヤニヤと笑っていた。
「今日が何の日か、萩原だって知ってるでしょー?」
「……あぁ、なるほど」
「そういうことです。じゃあこれ、萩原の分ね!」
そういって差し出されたのは、水野にしては可愛らしくピンク色の小包だった。
「ん、サンキュー」
「どういたしまして! じゃ、わたし行くねーっ!」
「おう、転ぶなよー」
「転ぶかよーっ!」
笑いながらそんな言葉を残して、水野は廊下の向こうへ走っていった。
俺は仕方なく教室へと戻り、渡された小包を鞄の中へとしまう。弁当を食べていた場所と自分の席が離れていたのは幸いだった。もし見られでもしたら、それこそ問答は必至だろう。だからこそ、用事を済ませてすぐに教室を出て部室へと向かう。
さっき水野からもらった小包は、それくらいの意味があった。
今日の日付は2月14日、バレンタインデー。女子が男子にチョコレートをあげるイベントの日である。
とはいえ、俺はこのイベントに対して何の感慨もない。俺のことを好きになる奴なんていないだろうし、水野にしても仲が良いからくれたに過ぎないだろう。所謂、義理チョコである。
俺がこう思うのには、ちゃんとした理由がある。
俺、萩原健太は極めて普通の男子学生だ。成績も運動神経も平凡、何か特技があるわけでもない。趣味は読書で、文芸部に所属している。容姿も平凡らしく、姉からは「健太って“一般人オーディション”とかあったら断トツで優勝よね」と言われるくらいだ。
そんな俺が、好きになられるわけがない。
そんなことを考えていると、目的地に着いた。部室は教室よりも上の会にあるため、階段を上らなければならない。しかし、階段を上ってきたというのに体は一向に温まる気配がない。むしろ高度が増したせいか先ほどよりも寒い気がする。
とはいえ佇んでいるわけにもいかないので、中に入ることにした。
―コン、コン
『……どうぞ』
冷え切った廊下に響くノックの音。そしてその音に勝っているとは到底思えないほどの、か細い声。
だけど何故だか、後者のほうがはっきりと聞こえた気がする。まぁ気のせいだろうと考え、俺はドアノブを握り、回す。
そこにいたのは “麦茶”だった。
「あ、萩原くん……」
どこか所在なさげな視線を漂わせている彼女の名前は夕凪彩乃。こげ茶色の髪を後ろで束ねる、いわゆるポニーテールにしている。身長は低めで眼鏡をかけており、俯き気味なために光が反射している。パイプ椅子に座って、読んでいたのであろう本を両手で握りしめている。俺と夕凪は文芸部唯一の1年生で、休憩時間や放課後などはここで本を読んでいる。
「あれ、先輩は?」
「あ、えと……今日は、用事があるから、って……」
「ふーん、そっか」
先輩は2年、3年合わせても5人ほどしかいないが、基本的にはここにいる。だから先輩が一人もいないというのは、結構珍しい場面ではある。
「……萩原くん」
「ん?」
「……あ、えと……」
夕凪は結構な口下手で、自分から切り出したわりに口ごもるという事が多々ある。そういう時は大抵少ししたら決心して話し出すので、俺は静かに夕凪の方を見て待つ。
そうしてどれくらい経っただろう。ようやく意を決したのか、夕凪が顔をあげてこちらを見る。その際に目が合い、夕凪は少し俯きながら話を始めた。目線だけはちらちらと上げるので、上目遣いになっている。
「その……甘いものって、好き……?」
「へ?あ、あぁ、好きだよ」
どんな質問が来るかと思いきや、拍子抜けしてしまった。
「あ、そうなの? 良かった……」
心底安心したといわんばかりに夕凪は胸をなでおろす。質問の意味がわからず呆然としていると、夕凪は傍らに置いていた鞄の中から小さな箱を取り出した。それは白い包装紙で包まれており、上部にはリボンの着いたシールが付けられていた。
「……えっと、ね? 萩原くんに、渡したいものがあって……」
(あぁ、それでか……)
その時やっと、夕凪の質問の意味を知った。おそらく夕凪は、俺がさっきの質問に「No」と言ったら渡すことをしなかったのだろう。だからこそ、あんな風に聞いてきたのだろう。
(夕凪らしいな……)
自分のことよりも相手のことを率先して考える、夕凪はそういう奴だった。自己犠牲とまではいかないが、自分が動いて相手が喜ぶならそうするといった考えの持ち主だ。
その点において、俺は夕凪を尊敬している。
「これ、なんだけど……」
夕凪は鞄から取り出したそれを、俺の方へ差し出す。その時初めて、夕凪が俺の近くに来ていたことを自覚した。
「受け取って……くれるかな……?」
そう言う夕凪の声は、震えていた。白い箱を持つ両手も一緒に。
両手をこちらに差し出した状態で、顔は下を向いているために表情が確認できない。できれば確認したかったけど、この状況でそんな行動をとるほど俺はKYじゃない。
「あぁ。ありがとう、夕凪」
差し出されたチョコを、差し出されたように両手で受け取る。その際に夕凪の手に少し触れた。夕凪がビクッと反応していたが、静電気でも走ったのだろうか。ちょっとだけ罪悪感に苛まれる。
「開けても良いか?」
「ふぇ!?」
「おぉ!? ど、どうした?」
突然に顔を上げて奇声をあげた夕凪に驚き、ついつい変な声を出してしまった。何かいけないことでもしただろうか。
「え、えと……その……」
再び夕凪は何かを言おうとして、口ごもる。ただ先ほどとは違い、何を言えばいいのか分からないのではなく、どう言えばいいのか分からない様子だった。だから俺は、夕凪の考えが固まるまで待つことにする。
「あ、あのね……?」
「あぁ」
「その、できれば……」
―キーン、コーン……
夕凪が何かを言い終える前に、寸断するようにチャイム音が鳴り響く。その音を聞いて、今が昼休憩であることを思い出す。
そして、次の授業が移動教室であることも。
「あ、やっべ。すまん夕凪、先に行くぞ!」
「えと……って、え? は、萩原くん!?」
後ろで夕凪が何かを言っていたような気がするが、俺はそれどころではなかった。次の授業、遅刻したらやばいんだよな。
そうして俺は、廊下を全速力で走る羽目になった。
◇◇◇
「あ、やっべ。すまん夕凪、先に行くぞ!」
「えと……って、え?は、萩原くん!?」
そう言って、萩原くんは大急ぎで部室から出て行ってしまった。私、夕凪彩乃もこの後授業なんだけど。
今はちょっと、それどころじゃない……かな。
「萩原くん……」
私は、ついさっきまで目の前にいた男の子の名前を呼ぶ。
萩原健太くん。私と同じ文芸部員で、隣のクラスの男の子。部活で出会うまで名前も知らなくて、名前を知ったのだって私が入部した4月から2ヶ月も経過してからだった。
『あ、えと……部員の方、ですか?』
彼が初めてこの部室に来た時、確か今日と同じように二人っきりだった。その時先輩たちは各々の都合が重なって出れなくなっていて、放課後に私が一人で小説を読み進めている時だった。
『え、えと……は、はい……』
その時から私は引っ込み思案で、人見知りが激しかった。だからはじめて話す男の子に対して、そんな態度しか取れなかった。
『あ、それ“光が届くその内に”?』
『ぇ……あ、はい。知ってるんですか?』
『あぁ、知ってるよ。面白いよなそれ、俺も好きなんだ』
そんな私の態度なんて歯牙にもかけず、彼は気軽に話しかけてくれた。私の緊張は、彼の楽しそうで穏やかな顔を見るたびほぐれていった。しばらくすると、彼との間に隔たりは無くなった。自分でも驚くほどに、あっさりと。
『夕凪さん、ね。俺は萩原健太。好きに呼んでもらって構わないよ』
『あ、はい』
『それと、丁寧語じゃなくていいからね。同学年だし』
『そうですね……じゃなくて、そうだね』
『俺も文芸部に入ったんだ。これからよろしくね、夕凪さん』
『うん。よろしくね、萩原くん』
クラスが違うからあんまり会うことは無かったけど、昼休憩と放課後はほとんど一緒に部室にいた。先輩たちもいたから二人っきりじゃなかったけど、それでも一緒にいれて……楽しかった。
一緒にいると、安心した。
彼が笑うと、つられて笑った。
彼がいないと、どこか物足りなかった。
いつの間にか、彼のことばかり考えるようになった。
そして、“萩原くんのことが好きなのだ”と気付いた。
(いつから、だったのかな……)
私は元々座っていたパイプ椅子に腰掛けて、ふと考える。
ありきたりな小説のように『いつの間にか好きになっていた』というのはありえないと思っていたけれど、実際にそうなると何とも言えない気持ちになる。
いつからと言われても、自覚したのは最近になってのことだし、正確に分かっていたらもっと早くに行動を起こしていただろう。
もし、もっと早くに分かっていたなら―――
「あんなに……恥ずかしいこと、しなかったのに……」
そう呟いて、私は思わずうなだれる。
恥ずかしいこととは、先ほどの出来事。彼に渡した、白い包装紙に包まれた箱のこと。
実はあれは、ただ単にチョコレートを入れてあるだけではない。
それと一緒にもう一つ、小さな紙片が入っている。その紙片は、私が夜通し考えて書いたもので、私の彼への思いが綴られている。
俗に言う“ラブレター”という奴だ。
「萩原くん、どう思うかなぁ……」
それだけが、本当に心配だった。私の思いを伝えて終わりならまだいいのだけど、拒絶でもされようものなら本当に落ち込んでしまう。下手をしたら、不登校になってしまいそうなほど。
「答えはYesじゃなくても良い。別にNoでも良い。このまま友達のままでも良い。でも……」
―できれば、拒絶だけは……それだけは、やめて欲しい
天井を向いて、私は声にならない声で呟いた。
そしてその言葉は、部室内で拡散して、消えた。
◇◇◇
「……あの時止めたのは、こういう事か」
昼休憩直後の授業になんとか間に合った俺は、一番後ろの席を確保し夕凪からもらった箱を開けていた。幸いこの位置なら先生からも見えないし、少し小腹も空いたからだったのだが。
(……ラブレター)
チョコレートの上に乗っていたそれは、紙片だった。それにはご丁寧に『ラブレター』と書かれており、それが何なのか考える手間を省いてくれた。
とはいえ、動揺は消し去れなかった。
どうして、夕凪が。
どうして、俺に。
どうして、俺なんかに。
(こういうのって、中に理由とか書いてるものだよな……多分)
小説での知識でしかないが、こういうのは大抵『○○という理由で好き』みたいな形式で書かれているはずだ。
あまりにも気になってしまい、俺は授業中であるということも忘れてラブレターを読んだ。
内容は、簡単なものだった。
紙片自体が大きいものだということもあり、1分程度で読み終えることができた。そして理解した。
(あぁ、そうか……)
―俺と夕凪は、似てるんだな
内容は以下の通りだった。
『萩原くんへ
文章でごめんね。直接伝えるよりもこのような形の方が本心が伝えられるかなと思って、この形にしました。
私は、萩原くんの事が好きです。
萩原くんは、私にとって“麦茶”みたいな存在なんだ。悪い意味は一切無くて、もちろん良い意味でだよ?
麦茶って、特別美味しいわけでもないし、香りが特別いいわけでもない。でもね、喉がすっごく乾いた時に麦茶があったら、すっごく安心するでしょ? そんな感じなんだよ、萩原くんって。
特別何かをしてくれるわけじゃないけど、いつもそこにいてくれる。一緒にいて安心させてくれる。だから、かな。
返事はいつでもいいから、待ってるから。
それじゃあ、また部活で会おうね。 夕凪彩乃』
(俺が麦茶、ね……)
そこに書かれていたことは、何の因果か俺が昼休憩に思ったこととまるで同じだった。
(それはお前もだよ、夕凪……)
そして思い出した。文芸部の部室にはじめて入ったときの事を。
あの時俺は余り友達もおらず、少し学校をつまらなく思い始めていた。だからこそ部活に入ろうと思った、何か変わるかもしれないと思ったから。それで何も変わらなかったら、学校を辞めることすらも念頭に入れていた。
だけど、それは無かった。
(お前がいたから、俺は今ここにいるんだ……)
あの時夕凪と話して、もうちょっとここにいてもいいかもしれないと思えた。夕凪と、もっと本について話がしたいと思えた。
そこまで考えて気付いた。
(なんだ、俺も……そうだったのか)
ラブレターへの答えは決まった。夕凪がどんな顔をするかは気になるが、それは放課後までお預けだ。
今は、そうだな。
“麦茶のくれたチョコレート”で、我慢するとしよう。
どうも、検体番号10032です。
この度はご一読いただき、ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
今回はテーマを募集した結果「麦茶」と「チョコレート」という意見が出ましたので、それを題材に書いてみました。かなり無茶苦茶なところがあったとは思いますが、ご了承ください。
感想・ご意見は随時お待ちしております。メッセージでもかまいませんので、何とぞよろしくお願いします。
それでは。
※4月29日、大幅改定しました。




