ふたりの物語り
魔獣と兵士たちの激しいぶつかり合いが城の中まで響いてきていた。それに加え、フィオリアの強力な魔法が衝撃と共に何度も城を震わせている。
ガタガタと揺れる城の中で、リーシェナは集中力を切らさず城の周りに結界を張っていた。
そんな中、次々に運び込まれてくる怪我人を見てリーシェナは心を痛める。
もっと……城壁まで結界を広げたい。そうすればもっと守れるのに。
リーシェナは決意すると魔力の限界まで結界を広げた。昨日に引き続き結界を手伝っていたルリシラは真っ先にそれに気付いて驚愕する。
「ダメだ! そんなところまで広げたら……! お主の魔力が持たないぞ!」
ルリシラはなんとか止めさせようと魔法を使おうとするが、小さな部屋に始終閉じ込められており、それに加えて護衛が常に側にいるためおいそれと魔法を使うことは出来なかった。
「くっ……!」
ここで私が魔法を使って少しでも魔女の疑いを持たれたら……。私の願望が終わってしまう……!!
だが、このままではリーシェナは自滅してしまうだろう。魔法にはいくつか犯してはならない禁忌があり、そのうちの一つに保有している魔力以上の魔法を使ってはならないというものがあった。なぜならその代償が身体に跳ね返ってくるため大抵は自滅し、死んでしまうとされていたからだ。
「ええい! こうするしかない……!」
ルリシラは洗面所に向かうと護衛にバレないようにトイレの個室で魔法を使った。
「シャウラ・ウィート(鳥よ飛んでいけ)!」
魔法で作り上げた小鳥をトイレの窓へ放つ。小鳥は目にも止まらぬスピードでリーシェナの元へ向かって飛んで行った。
「これで小鳥がリーシェナに触れればあの子は気絶するはず」
リーシェナはぼんやりしているように見えて意外と頑固なところがある。なにを考えてそんなことをしてるか知らないが、注意したところで止めるとは思えないので多少は手荒なことをする必要があった。
ルリシラは間に合いますようにと祈るように目を瞑った。
異変に気付いたのはルリシラだけではなかった。城壁にいた魔術師たちと魔術師長のノヴァーラ、総指揮管のオディオン、そしてフィオリアがそのことに早く気付いたのだった。
フィオリアはすぐに瞬間移動でリーシェナの元へ移動した。
「リーシャ!!」
「……! フィオ、リア?」
「リーシャ! やめるんだ!」
突然目の前に現れたフィオリアの叫びに、リーシェナはハッと我に返った。あわてて結界の大きさを元に戻す。それを感じてフィオリアはほっと安堵の表情を浮かべた。
「リーシャ、一体なぜそんなことをしたの?」
「……っ、人を……助けたくて」
自分の魔力以上の魔法を使うことは禁止されている。そのことはリーシェナも知っていたが、つい守り切れないものにまで手を伸ばしてしまったのだ。
フィオリアは顔をしかめると、とたんにリーシェナに向かって高速で飛んできた小鳥をパッと掴んで握りつぶした。
「……!?」
その魔力の残骸にルリシラの魔力を感じてリーシェナは驚く。
もしかして自分を止めようとしてくれた……?
ルリシラが結界のサポートをしてくれていたことをリーシェナは感じ取っていたため、きっとルリシラもいち早く気付いて私を止めようとしてくれたのだろうと思う。
「気に入らないな。こいつ、リーシャを攻撃してきた」
底冷えするようなフィオリアの声にリーシェナはすぐ口を開いた。
「ルリシラ……。私の、友達なの……」
「友達?」
フィオリアは眉をひそめる。
「たぶん、私を……止めようと……」
「……分かったよ。でも、リーシャはさっきみたいに絶対に無理しないでよ?」
フィオリアの怒気迫る物言いにリーシェナはこくこくと何度もうなずいた。
彼が居なくなったあとリーシェナはまた結界に集中しはじめたのだった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「グオオオオオオ!!」
「か、勝った……。勝ったぞおおおおっ!!」
夕方にさしかかったころ、最後の一匹が倒されて、魔獣の大群はみごと全滅した。生き残った兵士たちは歓喜で震え、命があることに涙を流して感謝していた。城で治療を受けていた兵士たちも、勝ったことを知って声にならない雄叫びを上げたのだった。
「勝っ、た……?」
リーシェナはポカンとなったが、とたんに嬉しさが込み上げてきて涙が出そうになった。
フィオリアはどこだろう……?
城を出てそびえ立つ城壁を見上げる。キョロキョロしていると、
「リーシャ」
フィオリアの声がしてリーシェナは振り返った。ふわっと隣に降り立った少年にリーシェナは目が離せなくなる。
「フィオ、リア……!」
リーシェナはフィオリアが無事なのが嬉しくてフィオリアにぎゅっと抱きついた。
「ありがとう……! あり、がとう……!」
「リーシャ……」
顔を上げるとフィオリアは優しく微笑んでいた。
「リーシャに、いっぱい話したいことがあるんだ」
「私も……」
フィオリアはリーシェナを連れて瞬間移動すると、ふたりは見慣れた場所に立っていた。
そこは、リーシェナが長年いた針葉樹の森。驚いたリーシェナは後ろを振り返ってさらに目を見開いた。
「小屋が……!」
半分吹き飛んだ小屋と温室が元に戻っていたのだ。リーシェナは驚きすぎて思わず叫んでいた。
「直したんだ。僕が壊しちゃったようなものだから……」
フィオリアは申し訳なさそうに目を伏せた。
リーシェナはそんなフィオリアの手を掴むと無言で微笑んだ。
ふたりで一緒に小屋へ入っていく。完璧に元通りになっていることにリーシェナはとても驚いた。使っていた家具も食器もそのまま。3年前にここで暮していたことがとても懐かしく感じる。
「フィオ、リア……ありがとう」
ふたりで一通り部屋を見たあとリーシェナはいった。フィオリアを連れて行かれ、小屋も温室もすべてなくしてしまったあの日のことを思い出す。だが、あれはもう過去のことなのだ。
リーシェナとフィオリアは小さなテーブルに座ると、少しの間見つめ合った。そして、フィオリアは自らのことを語り出した。
「……僕がここへたどり着いたあの日、僕は魔族の一派に追われていたんだ」
「………?」
「リーシャには知っていてほしい。僕たちの王が亡くなった数週間後、王位継承者は2人に絞られた。それがジルヴェールと僕だった」
リーシェナはひどく驚いた。死王が亡くなったとルリシラから聞いていたが、まさかフィオリアが次期王候補に選ばれていたなんて。
「魔族は当然、真っ二つに別れたよ。そのうちジルヴェール派だった魔族が僕を捕らえて地下に幽閉しようと計画を立てた。それで、僕を支持してくれた仲間たちの提案でしばらく遠くへ逃げることになったんだ」
「………」
「でも逃げている途中でジルヴェール派に見つかって、なんとかここまで逃げてきた。あまりに寒かったから、なにかの建物に入ったらそこが温室で、それでリーシャに助けてもらったんだよ」
フィオリアは微笑んだ。リーシェナは壮絶なフィオリアの過去に息をのむ。
「そう……だったの」
「うん。いままでずっと本当のことが言えなくてごめんね。言えばリーシャは無関係じゃなくなるから、どうしても言えなかった」
リーシェナは理解してコクンとうなずいた。
排他的な魔族は自分たちのことを滅多に語ろうとはしない。フィオリアがここまで踏み込んだことを話してくれたことは驚くべきことであり、リーシェナにとっては素直に嬉しいことだった。
「僕は、リーシャにどうして温室に倒れていたのか、なぜ一人でこんな森の奥にいるのか訊かれるんじゃないかとビクビクしていた。けれど、リーシャは言葉が上手く言えないようだった。僕はほっとしたよ。そしてそれにずっと甘えていたんだ」
「………」
納得した。フィオリアがなぜリーシェナの口がきけない理由を訊ねてこなかったのか疑問に思っていたからだ。
「そして、仲間が僕を連れ戻しにきた日。僕はシュトガレオンの山脈に戻ってジルヴェールと決着をつけようと思った。それで、その決着がついたから僕は自由になれたんだ」
「決着……?」
フィオリアはにこっと笑った。
「僕は王位継承権を放棄した」
「………!」
リーシェナは目が飛び出でるかと思った。
「だって、王になったらリーシャと一緒になれないし、シュトガレオンの山脈から出ることも出来なくなるんだよ? まあ、放棄したあと色いろ片付けることがあったからこんなにも時間がかかっちゃったけれどね」
「………」
それだけ、フィオリアは真剣だったということなのだろう。王の座を捨ててまで得たいものがあったのだ。そう考えるとリーシェナは少し顔が赤くなった。
「それとね、僕。もうひとつ隠してたことがあるんだ」
「………?」
「実は隠れるために髪の毛の色を変えてたんだ」
そう言ってフィオリアは短い魔法を唱えた。すると真っ黒だった長い髪が次第に真っ白になっていき、リーシェナはぎょっとする。
そ、その色は……。
この世界で有名だった死王は髪の毛が真っ白で非常に美しい容姿をしている、とリーシェナも聞いたことがあった。魔族は黒髪が圧倒的に多いため白い髪はめったにいないのだ。
リーシェナはフィオリアがなぜ王位継承者に選ばれたのか分かった。なぜなら、フィオリアは――
「僕は先王の子どもなんだ」
「………!」
やっぱり……。
リーシェナは呆然とした。
白い髪のフィオリアは本当に美しかった。ぶっちゃけ黒髪よりも似合っている。
そんな美しいフィオリアから熱い目線で見つめられていることに気付いて、リーシェナは恥ずかしくなって思わず俯いた。
「僕の話しはこれで終わり。次はリーシャの話しを聴きたいな。人間の王都で暮らしていたときの話しとか」
「……っ、わかっ、た」
リーシェナはたどたどしくだが話し始めた。フィオリアと別れたあと、魔女のルリシラを頼って王都へ行ったこと。そこでルリシラと契約を交わし薬屋を開いたこと。色んなお客さんが常連になってくれたこと……。
いまだに上手く言葉が出てこないが、それでもリーシェナは一生懸命に話した。それを、フィオリアは真剣に相槌を打ちながら聴いてくれたのだった。
そして、リーシェナは言葉が出なかった理由について話し始めた。唾を飲み込み、フィオリアの顔を真正面から見つめる。
「私は、怖かった……の。……親しい人に、また裏切られる……ことが」
「………」
リーシェナの顔に影が落ちた。リーシェナは魔女が迫害された時代の話をした。多くの魔女が酷い目に遭ったあの忌まわしい時代は、もう思い出したくもない辛い記憶になっている。そして、いつまでもリーシェナに絡みついて縛っていた。
多くの魔女たちが人間の手によって亡くなっていった。昨日まで笑いながら話していた人が、武器を手に血眼になって魔女を殺す。そんなことが当たり前のようにあったのだ。
リーシェナは元々、喋るのが得意ではなかった。そして迫害を受けてさらに人と話すことが怖くなった。それなら、最初から人と接しなければもう傷付けられることもない。
リーシェナが話さなくなったのは他人と交流することへの”無言の拒絶”だったのだ。
「でも、あなたと……出会って、私は……話したいと、思った……」
「………」
「フィオリアと……会えて、よかった」
リーシェナは涙を目に浮かべながら本当に嬉しそうに微笑んだ。フィオリアも泣きそうな顔で微笑み返す。
フィオリアはリーシェナが何度も口を開いて自分と話そうとしていたことを知っていた。
そして、フィオリアは言葉が話せない理由のひとつに大きなトラウマがあるのではないかとも思っていた。フィオリアが敢えて指摘しなかったのは、単に都合が良かっただけではなくリーシェナが理由を話してくれるまで待つほうがいいと思っていたのもある。
「リーシャ、話してくれてありがとう。僕もリーシャに会えて本当によかった、本当に……」
静かな空間でふたりは見つめ合った。
臆病だった少女と、運命に翻弄された少年は出会い変わることが出来た。
少女は過去のトラウマを乗り越え、少年は運命を自分の力で変えた。
これは、魔女が魔族の少年を拾った物語――。
完




