決戦の日
「昨日の奮闘により敵の戦力は半減している!今日が最終決戦だと思え!」
「はっ!!」
「隊長!」
「なんだ?」
「あの例の少年は誰なのでしょうか?」
兵士たちが注目する。それはオディオンも知りたいことだったが、普通の兵士たちは魔族の知識がないため、オディオンや上層部だけが少年が魔族ということを知っていた。
「それが私にも分からない。だがいずれは分かることだ。彼に負けぬよう我々も騎士としてのプライドをかけて戦い抜くぞ!」
「はっ!!」
兵士たちは今日もあの少年が参戦するのかどうかが気がかりだった。だが、それを知るものはここにはいない。
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「リーシャは今日も結界を張ってて」
翌朝、目覚めるとフィオリアはそう言って立ち上がった。
「……わかっ、た。……でも、勝てる……かな?」
大広間に並べられている怪我人や死人の多さにリーシェナは危機感を募らせた。フィオリアもちらっと大広間のようすを見ると、
「このままだと負けるだろうね」
と冷静に言ったのだった。
「………」
リーシェナは王都での生活が気に入っていたため、ここを魔獣に滅されるのはイヤだった。
昨日はフィオリアに甘えてしまったが、こうなったら私も戦場に出ようか…。攻撃魔法は苦手だけど、サポートくらいは出来るだろう。
「……もしかして戦おうとしてる?」
決意が顔に出たらしく、フィオリアに指摘されてしまった。こくんとうなずくリーシェナに、フィオリアはしょうがないなあという顔になる。
「リーシャはここにいて、僕が行くよ。大丈夫だよ守るから」
「……っ」
魔女よりも魔族のほうが攻撃魔法に長けているため、フィオリアが戦ってくれるのは本当にありがたい。だが、同時にこれ以上巻き込んでしまっていいのかという気持ちになる。
悶々とそう思っているとフィオリアは掻き消えるようにすぐに居なくなった。魔法で戦場に転移したのだろう。
「………」
とりあえずいまは自分の出来ることをしないと。あとでフィオリアには謝っておこう……。
リーシェナは自分の頬をパチっと叩いて気持ちを入れ替えると結界を張るために集中しだした。
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「うあああっ!」
魔獣の非情な攻撃に残った兵士たちがやられていく。オディオンは怒号を上げて指揮していた。
「隊長! 西壁がいまにも落ちそうです!」
「ひ、東から巨体の魔獣が迫ってきています! 数は5体!」
「北壁の兵を西に回せ! 巨体のやつなんて昨日はいなかったぞ!? どうなってんだ!!」
あわてて東窓を見ると、遠くに巨大な魔獣のシルエットが確認できた。10mはあるだろう。見ただけで気圧されるほどのオーラを纏っている。
くっ、それだけ魔獣も本気だということか……!
オディオンは冷や汗を流した。
「魔術師たちに攻撃させろ! 巨体に魔法が効かなければ打つ手がないぞ!」
「隊長、あの少年はいつ来るんですか!?」
「知るか! とにかく持ちこたえろ!!」
そのころ、城のてっぺんから戦況を見ていたフィオリアは魔獣たちが合体して巨大な魔獣を生み出していることに気が付いた。
「へえー、あいつらってあんなことも出来るんだ」
フィオリアは興味深げに身を乗り出す。
「面白いなあ」
すると、巨体の魔獣を目掛けて城壁から魔法が放たれた。命中したが巨体はそこまでダメージを受けてないように見える。
「あんな魔法じゃダメだ」
それは攻撃した魔術師たちも痛感していた。
「5人1組になって連唱するんだ!」
魔術師たちを指揮している男性、ノヴァーラが叫ぶ。
「ラウラ・ウィート(光よ飛んでいけ)!」
それぞれ一塊になり連唱する。より大きな魔力が込められ、魔法が放たれた。
「ギャオオオオ!」
「くっ……! ここまでやってようやく1体か……」
何体かに当たったが、倒れたのはたった1体だけであった。ノヴァーラは息も絶え絶えの魔術師たちを見る。連唱魔法は強力な反面、魔力を多く必要とするが、あの巨大な魔獣を倒せるのは自分たち魔術師だけだとノヴァーラはわかっていた。
「魔力回復薬を飲め! あと4体を私たちだけで倒すんだ!」
「はいっ!」
しかしその瞬間、怒り狂った魔獣たちが次々に合体し10体以上もの巨大な魔獣が生まれたのだった。その異様な光景に絶望の色を浮かべた魔術師たちは膝をついた。ノヴァーラも言葉を失う。
オディオンもまた敗北という文字が頭から離れなくなった。
「なんだ……あれは……!」
「隊長! 西壁の兵士たちが押されています! どうか指示を!!」
「魔術師長ノヴァーラが指示を求めています!」
「くっ、お前たち俺の警護はいい! 西壁へ行ってくれ! あんなの戦略でどうこうなるレベルじゃないのはノヴァーラも分かっているだろうが!!」
ダンっと机を叩くオディオンに、伝令の兵士たちはビクッと震えた。指揮部屋の兵士たちがほとんど西壁へ行き、ひとりになったオディオンは少し冷静になろうと息を吐いた。
「あの少年はまだか……! いや、魔族の少年に頼っているようではダメだ。生き残れるわけが無い……!! ではどうするのだ……」
悔しさと己の無力さを滲ませながら、それでもオディオンは考えを巡らせた。
その頃、フィオリアは魔獣を観察し続けていた。そもそも、魔獣は群れる生き物ではない。今回の大群は非常に珍しい現象であり、さらに合体するなどフィオリアも聞いたことが無かった。
考えられるのは、魔獣たちが知恵を付けてきているか、もしくは背後に魔獣を操っている者がいるかのどちらかだろう。もしくはその両方か。
「まあ前者かな。後者はそもそも魔獣を操れるなんて聞いたことがないし、いたとしてもこれだけの数を同時に操るのは無理だ」
そう結論づけたフィオリアは城の屋根から立ち上がると、魔法で戦場の真上に瞬間移動した。ぱっと現れたフィオリアに魔獣がいち早く気付く。
「ディテウス(破滅)」
フィオリアは巨大な魔獣の群れに向かって魔法を放った。それは大きな魔力のうねりとなり周囲にいた魔獣を巻き込みながら巨大な魔獣は弾け飛んだのだった。たった一撃で10体以上いた巨大な魔獣が半分まで減っていた。
「グルオオオオオオ!!」
「デノン(絶望)」
怒り狂う魔獣たちへフィオリアは絶えず魔法を打ち続ける。フィオリアがかけた魔法が魔獣の視界を奪い、目の前が真っ暗になって錯乱した魔獣たちが暴れて同士討ちをはじめた。敵の視界を奪い、かつ混乱させる闇の魔法である。
「デオキオス(深淵)」
次の瞬間、魔獣の足元の地面が真っ黒に染まり、そこから5m以上の鋭いトゲが無数に突き上がって大量の魔獣を串刺しにした。
「ギャオオオオ!」
「な、なんだあれは……!?」
オディオンは自分の目が信じられなかった。見るからに強力な魔法で魔獣たちが殺されていく。昨日も一方的だったが、それ以上に今日は容赦ない気がした。
「隊長! 大群の上に昨日の少年らしき人物がいます!」
慌てて駆け込んできた兵士たちの目が輝いていた。
「ああ、私も見ている!」
「彼は私たちの救世主なのでしょうか…!」
涙を拭う兵士までいる。魔族の知識がない兵士たちは知る由もないが、あの少年が魔族であることを知っているオディオンは彼が本当に自分たちの味方なのか図りかねていた。
「オディオン!! あの者は一体なんだ!?」
すると、魔術師ノヴァーラが持ち場を離れて駆け込んできたのだった。かなり急いでやってきたのだろう、肩で息をしてふらつく身体を兵士に支えてもらっている。
「私にも分からない」
少し回復したのか、ノヴァーラはつかつかとオディオンに歩み寄ると耳元でささやいた。
「あれは魔族ではないのか!? なぜ昨日今日と我々に味方する!」
さすがに魔術師長を任されるだけあって魔族の知識があるらしい。ノヴァーラを落ち着かせようと肩に手をやるが、払いのけられてしまった。
「私の質問に答えろ!」
「激高するな! ノヴァーラ。私もそれが分かれば悩む必要はない! いまは彼が救世主だと祈るしかないだろう」
「救世主だと!? はっ、あの冷酷な魔族がか? そうでなくても、仮にあの子どもが怪我でもしてみろ! 今度こそ王都は消し炭になるぞ!」
「遅かれ早かれそうなっていた! 彼が来てくれなかったら私たちは魔獣に勝っていたか!?」
「くっ……!!」
「絶対にあの少年の邪魔をするなと魔術師たちに伝えろ。間違えても攻撃するな、とな」
「……っ!! そんなことは分かっている!」
ノヴァーラは怒りを滲ませて叫ぶと、バンっと扉を乱暴に閉めて出ていった。
「隊長、大丈夫ですか?」
一部始終を見ていた伝令係の兵士が恐る恐る声をかける。
「ああ。だからこんな指揮官などやりたくなかったんだ……」
ボソッとつぶやかれたオディオンの言葉に兵士は苦笑いするしかなかった。
「デライ(奈落)。あー疲れてきた」
朝から昼までずっと連発して魔法を打っていたフィオリアだったが、さすがに魔力が枯渇してきた。それも無理はない。一発一発の魔法が桁違いに強力な魔法だからだ。むしろよくここまで連発できたとフィオリアは自分を褒めたい気持ちだった。
「ちょっと休憩しよう」
フィオリアが攻撃していた一帯は魔獣の死骸の海になっている。ちらりと城壁を見ると、だいぶ数が減ったおかげか人間たちも奮闘していた。
フィオリアはぱっと魔法で瞬間移動すると、城壁の中にある魔術師の部屋に現れたのだった。突然現れたフィオリアに魔術師たちはぎょっと後ずさりする。
それもそうだ、先程まで戦場で強力な魔法をぶっぱなしていた正体不明の少年が急に現れたのだから。
フィオリアは魔術師たちに目もくれず、部屋の後方に山積みになっていた魔力回復薬に近付くと手に取ってごくごく飲みまくった。床にカランカランと空になった薬瓶が何本も転がる。
「あ、あのー……」
フィオリアが何本目かを開けていると、魔術師のひとりが恐る恐る声をかけてきた。
「あの、あなたは何者なんですか?」
ほかの魔術師も固唾を飲んで見守っている。フィオリアは面倒臭いなと思った。ここへは魔力を回復するためだけに来ているだけでぶっちゃけ人間に用はない。
魔術師のうちのひとりがフィオリアの尖った耳と金色の瞳を見て息を呑んだ。魔族だと気付いたのだろう。
「あなたは味方なのですか?」
「いまのところはね」
そう答えると魔術師たちは安堵の表情を浮かべた。フィオリアはもう人間とお喋りをする気はなかったのでそれ以上は答えなかった。
だが、山積みだった魔力回復薬の半分を飲み干した辺りで部屋の外がバタバタと騒がしくなったのだった。
バンっと扉を開けて入ってきたのは魔術師長ノヴァーラだった。ノヴァーラはフィオリアに目を向けると驚きで言葉を失った。
「なっ……!!」
なぜここにこいつが……!?
わなわなと口を震わせている男をフィオリアは面倒臭そうに一瞥したあとすぐに瞬間移動で姿を消したのだった。さらに面倒臭そうな男がやってきたのでさっさと逃げたのだ。
「人間って面倒臭いな……」
城の屋根に移動したフィオリアはぼそっとつぶやいた。
リーシェナはよく人間たちと一緒に暮らせるなあと思う。この戦いが終わったらリーシェナと共に王都で暮らすのかと思うと、いまからゲンナリしてくる。
「まあ、仕方ないか……。本当はあの森で暮らしたかったけど」
フィオリアはきゅっと唇をきつく結んだ。リーシェナのあの小さな家は魔族の仲間のせいで吹き飛んでしまった。そのことにフィオリアは激しい罪悪感を覚えていた。
「………」
自由の身になったフィオリアが真っ先に向かったのはリーシェナの森だった。だが、そこにあったのは半分吹き飛びボロボロになった小屋と温室だけ。会いたくてたまらなかったリーシェナもナノもそこにはいなかった。
あの時は心臓を鷲掴みにされた気分だった。
フィオリアはその時のことを思い出して顔を伏せた。だが気持ちを切り替えると顔を上げて魔獣の群れを見つめる。
いまはこっちに集中しないと。
先程の補給でだいぶ魔力が戻ったフィオリアは再び戦場に移動したのだった。




