告白した日
戦が始まってから半日が経とうとしていた。その頃、城壁の外ではあまりの大群に劣勢を強いられていた。いくらこちらが有利な籠城戦といえど、これでは一気に決着が着いてしまう。それほどまでに切羽詰まっていた。
「オディオン隊長! 南壁がもう……! 立っている者がほとんどいません!」
「くっ……!」
南壁だけではない。魔獣の群れに城中をぐるりと囲まれて、もはやどこから崩れてもおかしくなかった。オディオンは悔しさにギリッと奥歯を食いしばる。しかし今回の戦いでオディオンは総指揮を任されていたためここで諦めるわけにはいかない。
「諦めるな! 予備隊から何人か南壁へ兵を送れ!」
オディオンは城壁の内側に予備隊を待機させている。指揮を執る傍ら、人が足りなくなった場所へ兵を移動させて崩されないようバランスを取っていたのだが……。
「もうほとんど予備兵が残っていません!! このままでは城門を破られます! そうなればここはもう……!」
「くっ……! くそっ! もう、打つ手なしか……」
怪我人も多いがそれを上回るほどに死者が多い。それに加え、軍の3分の1は徴兵した民間兵であった。戦力に不安があるのは最初から拭えなかったが、ここまで魔獣が強いとはオディオンも予想出来なかった。
普通の魔獣でも1匹だけなら1人の騎士で倒せるが、今回の魔獣は普通ではなかった。オディオンは自分の考えの甘さを呪った。
兵士たちをなぎ倒した魔獣の群勢が、どっと城門へ殺到する。兵士たちが頑丈に造られた扉を内側から必死に押さえるが、魔獣の勢いには勝てなかった。
「城門が突破されます!!」
「くそっ……!!」
ダンっと勢いよく机を叩いた。城門が突破されれば王都は崩壊する。項垂れる隊長を見てほかの兵たちも死を覚悟した。
もう、ダメだ……。
これでおしまいなんだ……。
兵士たちの手から剣が落ちていく。絶望が城を覆いつくそうとしていた。
その瞬間、一筋の魔法がどこからともなく放たれ魔獣たちが一斉になぎ払われた。魔獣が断末魔を上げながら死んでいく。
「おい! あ、あれは……!?」
「天の助けだ……!!」
ボロボロの兵士たちが見上げる先には、ひとりの美しい少年がいた。宙に浮いているその少年は手を前に出してなにかを唱えると、先程と同じ魔法がまた放たれ城門に群がる魔獣たちを一掃したのだった。
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時を遡ること数分前。少女たちを抱きしめていたリーシェナは、ふと懐かしい気配を感じて顔を上げた。そして驚きに目を見開く。
「フィオ、リア……?」
幻覚だろうか。目の前にフィオリアが立っている。連れて行かれたあの日よりもちょっと背が伸びて髪の毛も背中まである。
「リーシャ、会いたかった」
フィオリアは天使のような微笑みをリーシェナに向けた。少女たちは急に現れた少年に驚き、その美しい容姿に頬を赤らめる。
「な、んで……?」
「それよりも、ここは危険だ。一緒に逃げよう」
そう言ってフィオリアが差し伸べて来た手をリーシェナは思わず掴もうとしたが、途中でぐっと留めた。きょとんとするフィオリアに、リーシェナは言う。
「やる、ことが……あるの」
「ここにいたら死んじゃうよ」
「どう、しても……」
「どうしても?」
「………」
ぐっと唇を引き締めるリーシェナを見て、フィオリアは息を吐いた。
「分かったよ。でもここは危ない。僕が食い止めるから、リーシャはここに結界を張っていて」
「………」
食い止める……?
だが魔族の彼ならそれが出来るかも知れない。
リーシェナはこくんとうなずいた。結界を張ればここに魔女がいると吐露しているようなものだが、もうそんなことを言っていられなかった。それよりも、まさか魔族であるフィオリアが王都を守るために協力してくれるとは思ってもいなかったため、リーシェナは驚いた。
「いい、の?」
「リーシャが逃げないなら、僕ひとり逃げるわけにはいかないよ」
「あり、がとう……」
行こうとするフィオリアに、リーシェナは思わず駆け寄って袖を掴んだ。
「リーシャ?」
「……っ、今まで、ごめんなさい」
リーシェナは泣きそうな声でいままで胸の内にあった言葉を発した。
「どうして? 僕の方だよ、それを言うのは。話したいことがたくさんあるんだ。戦いが終わったら話そう?」
「………」
リーシェナはこくんとうなずいた。フィオリアは金色の瞳を細めて微笑むと掻き消えるようにその場から姿を消したのだった。
「………」
フィオリアが居なくなった空間をしばらく見つめていると、少女たちが恐る恐るやってきて、
「あの、さっきの人は……?」
「食い止めるって言っていたけれど……」
「……大丈夫」
不安そうな少女たちにリーシェナは安心させるように微笑みかけると、また魔力回復薬をもらいにおばちゃんの元へ歩いていった。
時を戻してここは城壁の外。突然現れた少年に兵士たちは釘付けになった。兵士たちがザワついているのに気付いたオディオンは俯いていた顔を上げると、空に浮いている少年を見て目を見開いた。
「あれは……魔族か!? なぜこんな所に……?」
オディオンは信じられない気持ちだった。人間を嫌う魔族が王都にいること自体ありえないことである。しかも、人間の味方をするだなんて……。
「だが有り難い!! 彼に合わせて攻撃しろ!!」
「はっ!!」
「弓兵の一斉射撃で一気に押し込め! 魔術師たちは5人1組で連唱魔法を放ち敵の戦力を削ぐんだ! とにかくここが正念場だ!!」
「弓矢、構え!! 放てえええっ!」
少年の圧倒的な力に魔獣たちは為す術なく塵になっていく。そのようすを見た兵士たちは消えかけた希望の灯火が再び灯るのを感じた。一気に士気が上がった兵士たちはうおおおっと叫び声をあげながら魔獣に向かって行った。
その勢いは炎のようであり、それまでバラけていた陣形もまとまった。劣勢を極めていた戦況を押し返し始めたのだった。
同じ頃、城でも異変が起きていた。半透明な結界が城を包み込むように展開され、守りが強化されたのだ。それはリーシェナの力だったが、その魔力に気付いたルリシラも協力して共に結界を張っていた。そのため通常では考えられないほどの魔力が結界に注ぎ込まれていた。
「これは……! 一体なにが起こっているのだ!?」
王座から魔法で戦況を見ていた国王が叫び立ち上がった。だが、宰相も大臣も、誰もが説明できずにただ呆然と目の前の出来事を見ていることしかできなかった。
月が満ちる夜に戦は休戦状態に入った。魔獣たちが引いて行ったのだ。半分は減らしたが、まだもう半分が残っている。対して王都の被害は甚大だった。
怪我人のうめき声が響く暗い大広間でリーシェナはランプを手に誰かを待っていた。床に座り込みうつらうつらと船を漕いでいると、ふっと風が吹く。顔を上げたリーシェナの目の前には、少し疲れたようすの美しい少年が立っていたのだった。
「フィオ、リア……」
「隣いい?」
こくんとうなずくと、フィオリアは嬉しそうにリーシェナの隣に座った。
「……近い」
あまりにもピッタリと身体をくっ付けてくるため、リーシェナは戸惑った。当のフィオリアは気にした風もなくにこにこしている。
「ああ、疲れた。こんなに魔法を使ったのはじめてだよ」
「……これ」
リーシェナが残していた魔力回復薬をあげるとフィオリアはそれを受け取って一気に飲み干した。
「うわっ、これすごい味……」
「……」
リーシェナは足をもじもじさせていた。なにを話せばいいのか考えあぐねていたからだ。フィオリアはそんなリーシェナを見て少し考え込むとふっと目を伏せる。
「あの時、守れなくてごめん」
リーシェナはパッと顔を上げた。フィオリアは床を見つめたままひどく苦しそうに言った。
「僕が弱かったから……。リーシャを傷付けた」
「………っ」
それは、私も同じ。
リーシェナは泣きそうになった。手を伸ばしてフィオリアの頬に触れる。
「私……っ、練習した、の。あなたと……話したくてっ」
フィオリアの金色の瞳が見開かれる。とたんに泣きそうな顔でくしゃりと微笑むと、リーシェナの手に自分の手を重ねた。
「リーシャの声が聞けて嬉しい。僕、この3年間ずっと言いたかったことがあるんだ」
不思議そうにするリーシェナに、フィオリアは顔を近づけて唇を合わせた。唇に感じる、柔らかい感触にリーシェナはハッと目を見開く。
「リーシェナ僕とつがいになって欲しい」
「………!!」
リーシェナは息を呑んだ。魔族のつがいは永遠の誓いの証。死ぬまで一緒にいる約束の誓いだ。
「………」
フィオリアのあどけない幼い顔を見つめる。
まさかそんな風に想われていたなんて……。
リーシェナも見た目はフィオリアと同じ子どもだが、生きてきた年数はリーシェナのほうが遥かに上だ。そもそも、フィオリアはリーシェナが魔女だと知っているのだろうか。
リーシェナはあまりに驚きすぎてすぐに返事を返すことが出来なかった。少しの沈黙のあと、フィオリアは口を開いた。
「リーシャ、僕はリーシャが好きだ。でも、人間は嫌い。僕はリーシャが望むから守るために戦うけど、人間なんて本当は僕にとっては死のうが生きようがどうでもいいんだよ」
フィオリアは静かにそう言って天使のような微笑みを浮かべた。その優しい笑みを見てリーシェナは思う。
やっぱり、フィオリアは冷淡な魔族なのだ、と。
彼はとても優しいから普通の魔族とは違うとおろかにも錯覚していたのだとリーシェナは気が付いた。
「フィオリア、聞い……て」
「うん、聞くよ。リーシャの声はずっと聞いていたいくらい心地いいから」
恥ずかしげもなくさらりと言うフィオリアにリーシェナは顔を赤くしたが、決心して声に出した。
「私……魔女、なの」
どんな反応が返ってくるか分からなかったのでリーシェナは恐る恐る顔を伺った。するとフィオリアはきょとんとした顔をして、
「え? 知ってるよ」
「え」
と、あまりにもあっけらかんとして言ったのでリーシェナは拍子抜けした。
あれ、魔族は魔女も嫌いじゃなかったっけ?
「リーシャ?」
首をこてんと傾げるフィオリアがあまりにかわいくてリーシェナはうっとなる。
「魔女、好き?」
「リーシャ以外はどうでもいいよ」
満面の笑みで即答してくるフィオリアに、リーシェナはすこし顔を引き攣らせる。
「僕はリーシャが幸せならそれでいい。でも、君を傷付けようものなら王でも許さない」
ごくっとリーシェナは唾を飲み込んだ。冷や汗が背中に流れる。
魔族が王と呼ぶのはたった一人しかいない。魔族の王である。つまり、フィオリアはリーシェナのためなら魔族をも裏切ると言ったのだ。
「王が、生まれた……のね」
リーシェナは話を変えようと思った。
「ん? ああ、リーシャも知ってたんだ。そうだよ。といっても決まったのはつい最近なんだけどね」
「えっ……」
「リーシェナに会いたくて会いたくて、継承戦が終わったらすぐに飛んできちゃった。これからずっと一緒にいれるからね」
本当に嬉しそうにいうフィオリアに、リーシェナは頭の中で疑問に思いながらも肩の力を抜いた。
フィオリアの手に触れる。
「……フィオリア……会いた……かった」
「……僕も」
ふたりは微笑むと手を握って見つめ合った。もっと話したいことがあったが、深い闇と疲労がふたりを眠りの谷へと誘った。そして、互いにもたれ掛かるようにして眠る、かわいらしい少女と少年を邪魔する者はどこにもいなかった。




