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薬毒の魔女 リーシェナ  作者: ゆあさ
5/8

魔獣がきた日



 リーシェナが王都で店を出してから3年の月日が経った。


 相変わらずほのぼのとした日々が続いている。リーシェナはだいぶ喋れるようになったと胸を張って言うが、ルリシラからは呆れた口調でまだまだだと言われていた。


 そんなある日。増え続けている魔獣が大群をなして王都へ向かっているとルリシラから聞き、リーシェナは驚いた。占いでそう出たらしい。ルリシラは浮かない表情をしている。


「王都の3分の2が壊滅的な被害を受けるかも知れないぞ」

「……やばい?」


 ルリシラは神妙にうなずくと、すぐに城へ出向いた。この3年間でルリシラの占いとしての力は上層部の者にまで認められており、たまに貴族や王族から占いの依頼を受けるまでになっていた。


 しかし、ルリシラが目立つことで今度は敵が増えてしまった。王都の聖修院という組織に目を付けられたのだ。


 リーシェナたち魔女はこの聖修院が大嫌いだった。何故なら神に仕える身でありながら、魔獣と魔女が手を組んでいるという(デマ)を流したのが聖修院だったからだ。


 彼ら神官の力では増え続ける魔獣を抑えることが出来なかったため、自分たちの権力が弱くなるのを恐れた上層部の者たちが魔女に冤罪を着せたのだ。


 それが迫害に繋がったので、リーシェナたちは聖修院を毛嫌いしている。そんな連中にもしルリシラが魔女だとバレればルリシラの身が危ない。その時は徹底的に戦ってやろうとリーシェナは密かに思っていた。



 とりあえず、今のうちに傷を治す薬草をたくさん育てておこう。それと、魔力回復薬の薬草も……。


 リーシェナは黙々と温室で作業を始めた。薬草に付きっきりになるため、お店をしばらく臨時休業にする。


 ちなみに常連のお客さんやかなり親しくなった人にはあらかじめ温室にいることは知らせてある。緊急の要件があればお店を開くつもりだからだ。


 ルリシラによってもたらされた凶報に、国王が真っ先に偵察の第一隊を放った。これにより魔獣の大群を発見し、直ちに王都も魔獣を迎え撃つ準備をしはじめたのだった。大群が到着するのは恐らく1-2ヶ月後だという。それまでに王都の住民を避難させ、軍の拡張と強化を行うらしい。



 リーシェナにも避難命令が出たが、医療支援に回りたいと志願したところ許可が下りた。3年間の薬屋での実績が認められたらしい。


 魔獣の大群の存在を占い、見事的中させたルリシラは城から出られなくなっていた。未来がどう動いていくのか、それ如何で王都の命運が決まるため占い師の力は欠かせず、またルリシラの強力な力を聞きつけて他国に奪われる恐れがあったからだ。


 大群が王都へ到着するまでリーシェナは黙々と薬を作り続けた。1ヶ月後、大量に作った薬を騎士に頼んで城まで運んでもらう。


 今回は籠城戦になるため、怪我人は全てお城に集められることになっていた。そのため、後方支援であるリーシェナは城から出ることはないだろう。



       ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



 地響きと共にそれはやってきた。ナノはこれから何が起こるのか分かるのか数日前から影に隠れて出てこない。城の大広間を見渡して、恐らくどこも地獄になるだろうとリーシェナは察していた。


 ここにはリーシェナ以外にも一般人の女性が数多くいる。戦えないが少しでも力になりたいと志願してきた人たちである。彼女たちに薬の使い方を説明していると、背後から騎士に声をかけられた。


「リーシェナ、なぜこんな所にいる?」


 振り返れば、いまや常連になったあの王都騎士だった。名前をオディオンという。いつもは着ていない銀の立派な鎧を身にまとっていた。


「後方支援……志願、した」

「……そうか。ありがとう」


 オディオンの顔がくしゃりと歪まる。リーシェナの頭を撫でてきたため、彼はいまだにリーシェナのことを子どもだと思っているらしい。


 まあ、子どもの姿なのだから仕方ないのだが。彼も前線で戦うのだろうか。


「…………」


 黙ったままじーっと見上げていると、オディオンはリーシェナの言いたいことが分かったようだった。


「心配するな、死にはしない。もし俺が怪我したらよろしくな」


 安心させるようにふっと微笑んでオディオンは騎士たちの元へ戻って行った。リーシェナを見かけてわざわざ声をかけに来てくれたのだろう。


 リーシェナは思わず追いかけた。銀の鎧をトントンと叩いて、驚いて振り向いたオディオンに護りのネックレスを押し付ける。


 さっき、オディオンが去っていく姿を見て、彼が二度と戻ってこない気がしたのだ。


「お護り……」

「……ありがとう」


 オディオンは素直に受け取ってくれた。戦いへと向かっていくオディオンの後ろ姿を見ながら、リーシェナは己の無力さを痛感した。


 彼に渡したのは護りの魔法を込めたネックレスだが、大量の魔獣が一気に襲ってきたらきっと気休め程度にしかならない。それでも、彼にまた薬屋へ来て欲しかった。


 城の砦に登ったオディオンは高台から地面を覆い尽くすほどの黒い大群を見て覚悟を決める。リーシェナのネックレスが、首元で光りを反射していた。




 戦がはじまった。城壁の外側から恐ろしい轟音が響き、救護室になっている城の大広間もビリビリと震えるほどだった。


「キューン……」


 リーシェナの影からナノの脅えた声がする。リーシェナは大丈夫よと声をかけた。


 ルリシラはいま一体どこにいるのだろう。城にいるのは間違いないだろうけど……。


 リーシェナはそれが気になったが、どっと怪我人が運び込まれてきたため意識を切りかえた。


 救護室ではみんなそれぞれ役割が決められており、間仕切りはないが部屋も4つに分けられていた。軽傷者、重症者、助かる見込みの無い者、そして遺体安置場所である。


 リーシェナは重症者の部屋に配属されており、神官たちのサポート役として立ち回ることになっていた。リーシェナは神官が大嫌いだが今回ばかりは彼らの治癒魔法が必要になるため私情を挟んでいられなかった。


「これは……」

「ひ、ひどい」


 故に地獄絵図になるのだが、長い時を生きてきたリーシェナでも魔獣にやられた人間を診るのはかなり心にくる。普通の傷とは違い、魔獣に付けられた傷は闇に身体を侵されるのだ。傷口からじわじわと黒い痣が侵食し、真っ黒になると壊死する。


 魔獣が忌み嫌われる理由のひとつである。


「魔法を展開! はやくしろ!」

「はい!」


 重症者を1箇所に集めると神官たちの一声に合わせて魔法を唱えはじめる。リーシェナも一緒に唱えた。魔法は連唱することで威力が増すため、唱える人が多ければ多いほど効果が上がる。


「暗闇に光と奇跡を!」


 神官が叫ぶとぱあっと光が放たれ、重症者たちに降り注がれた。すると魔獣にやられた傷口から黒い痣が消えていき、同時に傷口も塞がっていった。


「はあはあ……」


 みんな息を整えている。この魔法はかなりの魔力を使うためそう頻繁に唱えることが出来ない。しかし、ひっきりなしに怪我人が運び込まれてくるので、みんな魔力回復薬を浴びるように飲みながら絶えず魔法を使うしかなかった。



「はあ……はあ……」


 昼頃になるとさすがにリーシェナも息が上がってきた。魔女は人間よりも魔力が多いとされているが、早朝からずっと魔法を使い続けているのでさすがに限界を迎えそうだった。フラフラと持ち場を離れて魔力回復薬をもらいに行った。


「ひとつ……」

「はいよ! お疲れさん!」


 食堂にいそうなおばちゃんから1本もらうと腰に手を当ててグビグビと飲み干す。自分が作った魔法回復薬はすごい味がした。身体のスミからスミまで薬が沁み込んでいく感じがする。魔力がじんわり回復する感覚を感じていると、すすり泣く声が聞こえてきてリーシェナは目を向ける。


「私、私もうムリ……! こんなの耐えられない!」

「サーシャ、外で戦ってる人たちはもっと悲惨なのよ、私たちがしっかりしなくちゃ……!」


 休憩室から少女たちの声が聞こえてくる。休憩室へ行ってみると、床に座って泣いている少女を別の少女が必死に励ましていたのだった。


 リーシェナはおもむろに2人に近付いて、泣いている少女の傍に座って頭を撫でた。


「うっうっ、もう人が死ぬのはいや……」

「……うん」

「ぐすっ、そんなのあたしだって……!」


 励ましていた少女も泣き出す。あんな地獄を見れば精神に限界がくるのも仕方がない。リーシェナは二人の気持ちが良く分かった。


「……そんなに、無理しなくて……いいんだよ。ふたりとも、頑張った……ね」


 リーシェナが寄り添うように言うと2人とも堰が切れたようにわあわあ泣き出したのだった。


「よしよし……」


 リーシェナはしばらくの間、少女たちを抱きしめていたのだった。


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