薬屋を開いた日
リーシェナが王都に来てから数ヶ月が経った。厳しかった冬も物で溢れている王都ならそれほど辛くはなかった。それに、ルリシラは王都で本当に上手くやっているようで、占い師として確実に地位を上げてくのを見てリーシェナも以前のようにまた人間たちと暮らそうかと考えはじめていた。
「お主、ここで薬屋をやらないか?」
春の気配が見えたころ、ルリシラから突然そう提案されてリーシェナは驚いた。
「少し前から考えていたのだ。お主は薬毒の魔女だろう。きっとお主の助けが必要な人間がいる。それに、声を完全に取り戻すにはここは最適だと思うが」
「………」
ルリシラはリーシェナと共に暮らす内に彼女の持つ薬草と毒の知識に感心していた。それは同じ魔女でも漆黒の魔女ルリシラにはない知識だった。
リーシェナは春になればまた森の奥に帰ってしまう。薬の知識は人間たちからすれば喉から手が出るほど欲しいものだ。引きこもるには勿体ないとルリシラは思ったのだった。
「お主が良いというなら、私が店を用意してやる。薬草が育てられる温室もな」
温室と聞いた瞬間、リーシェナの目が輝いたのをルリシラは見逃さなかった。ニヤッと笑うと魔法で契約書を出しリーシェナに羽根ペンを持たせる。
リーシェナはざっと契約書を見た。魔女の契約は絶対である。契約書には店と温室をルリシラが用意する代わりに売上の10%をルリシラに献上することと書かれていた。
リーシェナは拍子抜けした。もっと取り立てられるのかと思ったのだ。そんなリーシェナにルリシラはふふっと笑うと、
「私は善良な魔女だ。悪いことも好きだけど、良いことも好きなのだよ」
と言ったのだった。リーシェナは契約書に期限が書いてなかったので日付のところを指さすと、ルリシラはマニキュアで黒く塗られた指でリーシェナの頭を撫で撫でした。
「売上10%はお店の借金を返済するまで、なんて甘いことを私が許すとでも? お主は一生、ここで私に貢ぐのだ」
やっぱり悪じゃないか。ルリシラをじとっと睨むとリーシェナはため息を吐いた。契約書にサラサラとサインする。その瞬間、契約書は自動的に額へと入り、ルリシラの部屋の壁へ飾られたのだった。
リーシェナはルリシラに与えられた店で薬屋を始めた。前もってルリシラから昔のような怪しい陰気な薬屋ではなく花屋のような可愛らしい雰囲気にしろと口出しされたため、リーシェナは渋々おしゃれな内装にしたのだった。
見かけは可愛らしい子どものリーシェナもお人形さんのように仕立てあげられ、使い魔のナノは看板キツネとしてデビューした。
店頭にはキレイな花が飾られている。もちろんそれも薬草だ。窓にはレースのカーテンがかかっており淡い黄色の壁紙に、カラフルな薬棚が並んでいた。はたから見たら薬屋には見えないくらいかわいくて明るいお店だ。
最初は無口なリーシェナに戸惑う人間が多かったが、リーシェナが少しずつ話す努力をするとだんだんと固定客が付くようになった。
人形のようにかわいいリーシェナや看板キツネのナノを可愛がってくれるお客さんも増え、リーシェナの薬の効能に感動して定期的に大量購入してくれるお客さんも現れた。
お店の売上が上がるにつれてルリシラが不敵な笑いを浮かべるようになったのが気持ち悪かったが、リーシェナは愛しい薬草に囲まれて幸せそのものだった。
「リーシェナちゃんの作る湿布のおかげでこんなに元気になったよ!」
「おすすめしてもらった薬で鼻炎が本当に良くなったんじゃよ。ありがとうなあ」
「リーシェナちゃんこれ! 珍しいお菓子なんだけど、美味しいからよかったら食べて食べて」
「ナノちゃああああん! ぎゃわいいいいよおおおっ!」
穏やかなお客さんの中にひとりだけ発狂しているお客さんがいるが、いつものことなのでスルーしている。この女性は毎日夕方になると必ずお店にやってきてナノを撫でくりまわして勝手に癒されているのだ。他のお客さんによるとこの女性はどうやら王都で書類仕事をしている偉い人らしい。
激務でよほどストレスが溜まっているのかな。
ナノは優しいキツネ魔物だが、さすがに撫でくりまわされるのは嫌らしく、3日に1回はリーシェナの影に隠れている。魔女の使い魔は主人の影に入る能力があるのだ。ナノはよく移動するときや疲れたときに影に入ったりする。
ある日、リーシェナはその女性が目の下にひどいクマを作っていることに気が付き、見かねて安眠効果のあるお香をすすめた。
「これ……眠れ……る」
「ほんと!?」
するとかなり効果があったらしく次の日に大量に購入していった。女性は涙を流してお礼を言ってくれ、しかも高価そうな羽根ペンまでプレゼントしてくれたのだった。
そんなある日。のんびりと薬屋を営んでいたリーシェナの元になぜか王都騎士がやってきた。
王都騎士とは、王族に仕える高貴な騎士のことである。
子どもたちが成りたい職業ランキング1位が一体この薬屋になんの用なのだろうか。
リーシェナが不思議そうな顔をしていると、王都騎士が近付いてきて、
「天国のように安らかに眠れるお香があると聞いてきたんだが」
「……?」
と言ってきた。リーシェナは首を傾げた。騎士も首を傾げる。そして先日、女性にすすめた安眠効果のお香のことを思い出したのだった。
リーシェナは合点した。そうだ、確かあの女性は城で働いていたはず。どうやら知人(この騎士)にすすめてくれたらしい。
「これ……」
リーシェナがカウンターにお香を置くと、騎士はまじまじと手に取ってみた。
「これが天国のように安らかに眠れるお香……?」
リーシェナは困った顔をした。効くか効かないかは個人差があるのだ。
「人に……よる」
「なるほど。試しにこいつを2つくれないか」
騎士がお香をカウンターに戻したのでリーシェナは引き出しからもう1つ取り出すと、2つを袋に入れて渡した。
「……150シェル」
「釣りはいらない」
王都騎士はお金を多めに払うとさっさとお店を去っていったのだった。
それから数日後、お店で昼食のサンドイッチを食べているとまた王都騎士がやってきた。前回と同じ騎士である。
お店を一通り見渡したあと、王都騎士はカウンターに近付いて巾着を置いた。その瞬間ジャラっと大量の硬貨の音が店に響く。
「あのお香をあるだけくれ」
リーシェナは食べかけのサンドイッチを置いて立ち上がった。
「………」
お香の入っている引き出しを開けると頑張って作った安眠のお香が100個ほどある。だが、リーシェナはそのうち50個しか出さなかった。
このお香の原料になっている眠り草は成長が遅いため、そんなに頻繁に採れないのだ。それに他にも顧客がいるので全てを売ることは出来なかった。
「3750シェル……。でも、3700で……いい」
まとめ買いしてくれたのでちょっと安めにした。騎士はカウンターに置いた巾着から金貨を取り出すと、
「これでいいか」
とお金を渡してきた。数えると少し多かったので返してやると王都騎士は驚いた顔をした。
「いいのか?」
「……?」
「普通は余分に払うと喜ぶんだがな。まあいい」
もらってもルリシラが儲かるだけだからとリーシェナは思う。それに金儲けのために店を開いているわけではないのだ。
お香が50個入った大きめの紙袋を渡すとき、リーシェナはじーっと騎士の顔を見つめた。整った男らしい野性味のある顔つきである。いかにも生真面目な性格が滲み出ており年は恐らく30代前半だろう。あの女性に比べると目の下にクマもなく、肌もつやつやで健康そのものだ。
この人は眠れてる人だ。ではなぜこんなにも大量に必要なのか。
リーシェナに疑いのある目で見上げられて騎士はなにかを察したのか困った顔をした。
「あー……。これは私が使うのではない。私の上司が使うんだ。誤解しないでくれ」
「……そう」
リーシェナはそれを聞いて素直にうなずく。
「……ここは他にも色んな薬を売っているんだな」
気まずくなったのか、騎士は店を見渡して訊ねてきた。リーシェナはコクンとまたうなずいた。
「……その、女の子にこんなことを聞くのは間違っているとは思うが……」
「……?」
急に視線をさまよわせて挙動不審になった騎士にリーシェナは怪訝な目を向ける。
「その、私の部下が性病になったらしいんだ。性病に効く薬はないだろうか」
「……ある」
リーシェナはなんだそんなことか、と思うと後ろの戸棚から小さな小瓶を取り出した。コトンとカウンターに置いた小瓶には、緑色の透明な液体が入っている。
「症状……にも、よる。……けど、大抵は……これで、いい」
「いくらだろうか」
「……5000シェル」
お金持ちなのか、部下想いなのか。王都騎士は表情を崩さずにポンッとお金を払うと店を去っていったのだった。
王都騎士は部下の性病の面倒も見るのかとリーシェナは驚いたが、後日その薬が大量注文されたためリーシェナは道行く王都騎士を見る目が変わったのだった。




