王都へ着いた日
魔族にフィオリアを連れ去られた。いや、彼は帰っていったのだ。家族の元に。
リーシェナはそう思おうとした。けれども、フィオリアの別れ際の苦しそうな顔がリーシェナの胸を締め付けていく。
魔族の攻撃で半壊した小屋はもうダメだった。温室も見る影もない。魔族の魔力は膨大だと聞いていたがリーシェナもここまでとは思っていなかった。
魔族たちはフィオリアを探していたのだろう。そして、連れ戻しにきたのだ。だが、魔族たちがフィオリアを様付けで呼んでいたことが引っかかった。もしかすると、フィオリアはただの魔族の子どもではないのかも知れない。
でも、もうその事を知ることは出来ないけれど……。
リーシェナは破壊された小屋と温室の前で泣いた。
心がぽっかりと穴があいたような、大切なものを失った気持ちだった。ナノもフィオリアが居なくなりクーンと悲しそうに鳴いている。
数時間後、リーシェナは瓦礫の中から無事だった薬草の種や鉢植えをまとめると、風呂敷に包んでかついだ。半壊した小屋では厳しい冬を越せないので別の場所へ移動しようと思ったのだ。
確か、この森を東へ抜けた先に村があったはず。そこで冬の間だけ人間のふりをして身を置かせてもらうしか無い。だが、ただでさえ食べ物の少ない時期によそ者を迎え入れる余裕が村にあるのだろうか。
俯きがちに森の中を歩いていると、魔法の鳥が空から舞い降りてきた。リーシェナは目を見開く。それは、紛れもなくリーシェナが魔女に送った手紙の返信だった。
リーシェナは手紙に目を通すと、こうなったら仲間の魔女の家に身を置かせてもらおうと思った。
手紙鳥の痕跡を辿り、旅をする。その途中でいくつかの人間の町にぶつかった。リーシェナは物資を調達するために久しぶりに街中に入ったが、誰もリーシェナが魔女だとは気付いていないようだった。
「………」
ほっと息をつく。この町の様子だと、手紙に書いてあったこともあながち間違いじゃないのかもと思う。
それは、魔女が長い間身を隠していたおかげで魔女を知る人間が少なくなったというものだった。魔女を知らなければ迫害もされない。現に、手紙の送り主も数年前から人間たちの中で暮らしているという。
「……ぁ、っ、う」
フィオリアが連れ去られたあの日から、ちょっとずつ声が出るようになってきた。何度も練習しているがまだまだ上手くいかない。
手紙では声が出なくなった理由は、迫害されたときのトラウマのせいではないかと書かれていた。
何度か荷馬車に拾ってもらいつつ1か月ほどかけてようやく着いた場所は王都だった。手紙鳥によるとどうやらここに漆黒の魔女ルリシラがいるらしい。
他の魔女に会うのは本当に何百年ぶりだろうか。
リーシェナは勘を頼りに魔女がいそうな場所を探した。するとよく当たる占い師の噂を聞き、リーシェナはそこへ向かう。ルリシラは昔から占いが得意なのだ。
「おやあ、これはリーシェナではないか。よくここまで来られたな」
「………」
リーシェナの目線の先には、路上で占い道具をいじっている美しい黒髪の女性がいた。黒いローブに黒いレースの手袋。黒い大きなイヤリングがキラリと光を反射している。
長くウェーブがかった艶やかな黒髪は腰まであり、その美しい容姿は人間を魅了する。黒いルージュがにいっと釣り上がった。
相変わらず胸が大きいな……。
リーシェナは自分の胸を見下ろす。ルリシラのボンキュッボンな身体と比べるとかなり貧相に見えた。本当の姿に戻ればそれなりにあるのだが、それでもルリシラには及ばない。
「相変わらずの無口だなあ。喋ることを面倒くさがるから、いざと言うときに言葉が出ないのだ」
「……ぐっ」
ルリシラは妖艶な見た目に反して言葉遣いが男っぽいところがある。リーシェナは仏頂面で道中書いた手紙をルリシラに手渡した。そこには冬の間だけ居候させて欲しい旨が書いてあった。
「冬の間だけならいい。しかしタダ働きは許さん」
リーシェナは素直にうなずいた。ルリシラは占い道具を片付けると家まで案内してくれた。美しい石畳を登っていくと、高台にそびえ立つ大きな屋敷が見える 。レンガ造りのオシャレな屋敷だ。リーシェナはド肝を抜かれた。
なぜこんな立派な屋敷に住んでるのか……。私なんて小屋だったのに。
リーシェナがじとっと半目で訴えると、ルリシラはふんと笑った。
「引きこもって草しかいじってなかったお主と違ってな、ここ数年でかなり金儲けしたのだ」
占いはそんなに儲かるのか……。
リーシェナは自分も占いをやってやろうかと考えたが、喋るのが苦手な自分に向いてるとは思えなかったので却下した。
屋敷の内装もまた豪華だった。巨大なガラスのシャンデリアがいくつもあり、部屋数も10以上あるのだという。
侍女たちがバタバタと動き回り、お茶とお菓子を用意してくれた。リーシェナが侍女のひとりをチラリと見る。普通の人間に見えるが、魔女のリーシェナにはルリシラの使い魔が侍女に化けているのが分かった。
「一体どうして急に手紙を寄越したのか謎だったがな。無口無表情で無愛想なお主にもようやく大切なものが出来たか?」
紅茶を優雅に飲みながらルリシラは訊ねてきた。
「………」
リーシェナはこくんとうなずく。
「男か? どんな男だ?」
「……っ!?」
ニヤニヤと嫌らしい目付きで見下ろしてくるルリシラにリーシェナは口をへの字にした。
「子……ど……も」
「ほう? お主、そのなりでもしやと思っていたが……」
「……!?」
確かにリーシェナは幼い姿をしている。これはリーシェナ自身が気に入っているためであって、決して子どもを性的に見ているとかそういう理由ではない。
「冗談だ。で、何があった?」
「………」
リーシェナは魔法文字でフィオリアを拾った日から話し始めた。ルリシラは足を組んでじっと文字を読んでいる。
「なるほどな。魔族の少年か……」
ルリシラは考える素振りを見せた。首を傾げるリーシェナに、ルリシラは話した。
「実はな、王都に住み始めてすぐ魔族の噂を聞いたのだ。なんでも、魔族はいま転換期に来ているらしい」
「……?」
「魔族の王が死んだのだ。そのせいでシュトガレオンの山脈では次の王を決める継承戦が行われているという。そのフィオリアという魔族の少年も、継承戦に巻き込まれたのかもな」
「………」
死王が死んだ?
リーシェナには信じられなかった。魔族も魔女と同じように長く生きる。それこそ、1000年以上も。そして、魔族の王だった死王はこの世界ではかなり有名な王だった。魔族に認められ頂点に君臨するだけでもすごいのだが、死王は亡霊を従わせることが出来たとされている。だからこそ死の王と呼ばれたのだ。
巻き込まれたとしても、なぜフィオリアは山脈から遠く離れた森の中にひとりで居たのだろうか。
「リーシェナよ、その少年はもう二度と戻ってはこないぞ」
はっとリーシェナは顔を上げた。ルリシラが悲しそうな目で見下ろしている。
「……」
リーシェナはこくんとうなずいた。もうフィオリアの笑顔を見ることは出来ないだろう。
けれど……。
魔族が来たあの日、フィオリアの苦痛に満ちた表情が頭から離れなかった。
しかし、リーシェナが魔族に介入することは出来ない。魔族と魔女は似ているが、お互い距離を置く相容れない存在だからだ。特に、魔族は人間と仲良くする魔女を嫌悪している。
夜、ルリシラに宛てがわれた部屋でリーシェナはフィオリアのことを想った。純粋で心優しい天使のような男の子。
リーシェナはどうかフィオリアがこれ以上辛い目に遭いませんようにと祈るしか出来なかった。




