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薬毒の魔女 リーシェナ  作者: ゆあさ
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少年を拾った日

6年前に書き上げた物語です。HPに載せていたのですが、こちらにも投稿させて頂こうと思います。



 とある奥深い針葉樹の森に“薬毒の魔女”と呼ばれる魔女がいた。


 その魔女は名をリーシェナという。10歳くらいの幼い姿をしていたが、実年齢ははるかに高かった。魔女は、魔力がある限り永遠に生きるとされており、彼女もまたその運命に囚われていた。


 かつては人間たちと暮らしていたが、今はたった一人でこの森の奥で薬草を何種類か育てている。薬草と触れ合うことがリーシェナにとって唯一の癒しであり、生きがいだった。


 そんな寒い冬のある夜。強烈な寒波が森を襲った。小さな魔女の小さな屋は猛吹雪によりガタガタときしみ、いまにも吹き飛びそうだった。窓も開けられないほどの吹雪に、リーシェナは小屋の隣に建てた温室が無事か気が気ではなかった。その温室には、長年大切に育てている貴重な薬草たちがぬくぬくと根を張っているのだ。


 不安に押しつぶされそうになりながら一晩明けた。猛吹雪は去り、雲の間から輝くばかりの青空が見える。リーシェナは吹雪が止んだ瞬間に背丈ほど高く積もった雪をかき分けながら急いで温室へ向かった。


 大量の雪のせいで半球状の温室は雪に埋もれてしまっていたが、なんとか持ち堪えていた。リーシェナは使い魔である土狐のナノと一緒に1時間かけて雪を掘り返すと、なんとか温室の扉を開くことが出来たのだった。


 温室の中は雪に埋もれていたせいで薄暗かったが薬草は無事だった。寒さで少し弱っていたため、すぐに温室の中にあるランプに魔力を込めるとランプはぼーっと光を発した。


 光が温室を照らしたとき、使い魔のナノがキュイ!と驚いた声を出したのだった。


 リーシェナが見ると、なんと温室の土に埋もれるようにして見知らぬ男の子が倒れていたのだった。


 男の子は防寒具を着ていたが、吹雪の中この温室に迷い込んだのかあちこち濡れており、ブルブルと寒さに震えていた。


「……!?」


 リーシェナは驚きすぎてしばらく呆気にとられていたが、ナノに突っつかれて我に返ると急いで男の子を暖かい小屋へ運んだ。そして体温を逆に奪っている防寒具を無理やり脱がせると、急いで湯船にお湯を沸かしたのだった。男の子の肌は寒さで赤くなっており、ブルブルとひどく震えていた。


 湯の中に手を入れて熱すぎない温度になっているか確認するとリーシェナは魔法で男の子を運び、ゆっくりと湯船の中に入れた。


「――!!」


 その瞬間、痛みが走ったのか男の子は叫び声を上げ、あまりの激痛にまた気絶したのだった。


 リーシェナは男の子にお湯をかけて必死に暖めた。


 リーシェナは薬毒の魔女と呼ばれるだけあって薬草に強かった。人間たちと仲良く暮らしていたときは病を治す手助けをしていたため、リーシェナには少し医学の知識もあった。


 人間たちと暮らしていたときに得た医学の知識が役に立った……。よかった。


 幸いなことに男の子は軽い凍傷で済んだ。凍傷は酷くなると組織が壊死してしまうのだ。


 男の子を湯船で暖めながら、リーシェナは男の子の顔をまじまじと見つめた。慌てていたのでじっくり顔を見ている暇がなかったのだ。男の子はサラサラの黒髪を肩まで伸ばしており、肌は白い陶器のようにシミひとつなかった。伏せられた長いまつ毛とその整った容姿に女の子と言われても納得してしまいそうだ。


「キュイ?」


 ナノが男の子を見て首を傾げる。リーシェナも首を傾げた。男の子の耳がすこし尖っていたからだ。リーシェナの知る限り尖った耳と黒い髪は魔族の特徴である。


 なぜこの森に魔族の子どもが……?


 リーシェナはさらに首を傾げた。


 魔族といえば高い魔力を持ち、高潔かつ傲慢なことで有名である。非常にプライドが高いため、人間を下等種族と見下しており人間が近寄れないシュトガレオンの山脈で暮らしている。


 この世界ではよく魔女と比較されるが、大きな違いとして魔女は人間と暮らし、魔族は人間を毛嫌いしているということ。


 どうしてこの子がここにいるのか分からないけれど、体力をかなり消耗しているようだし、しばらく目を覚まさないかも知れない。


 リーシェナはそう思った。


 シュトガレオンの山脈はこの森からかなり遠いところにあるのだ。また、彼らは子が出来にくいため子どもをとても大切にすると聞いたことがあった。長く生きてきたリーシェナでも魔族の子どもを見るのは初めてである。だからこそ疑問は深まるばかりだが、考えても分からないことに時間を費やす場合ではないとリーシェナは頭を切り替えた。


 十分身体が温まったところで身体を丁寧に拭き、リーシェナの暖かい寝巻きを着せてあげるとベッドに運んだ。毛布をかけて身体の隙間に押仕込む。こうすると熱が逃げないのだ。


 ナノが枕元にちょこんと座り、心配そうに男の子を見下ろした。リーシェナも同じ気持ちだった。ナノのふんわりとした茶色の毛並みを撫でてあげると、気持ちよさそうにスリスリと鼻を寄せてくる。


「………」


 リーシェナは顔にかかった男の子の長い前髪をそっとよけてあげると、朝食を食べるためにヤカンのお湯を沸かした。



 男の子は何日も目を覚まさなかった。


 時折、悪夢にうなされるように苦悶の表情を浮かべて汗をびっしょりかくのでリーシェナは夜中、男の子の呻き声が聞こえる度に汗を拭いてあげた。そして何度も声をかけようとするのだが、リーシェナの口からは空気しか出なかった。


「……っ」


 そこでリーシェナはハッとする。あまりに長い間ひとりでいたせいで声の出し方を忘れてしまったということを。口をパクパクさせて何か言おうとしても舌が上手く回らない。


 どうして?


 リーシェナは原因を考えた。


 リーシェナは魔女だが、時代が変われば魔女の扱いも変わる。かつては人間と過ごしていたが、いまは魔獣が増えたせいで魔女の肩身は狭く、それ故にリーシェナは身を隠すためひっそりと森の中で暮らしていた。魔獣が増え人々に疫病や災害がもたらされると、人間たちは魔女が魔獣と手を組んでいるという(デマ)を流したからだ。


 そのためリーシェナたち魔女は人々から迫害を受け、多くの魔女が意味のない裁判にかけられた。


 元々、無口だったリーシェナは人里から逃げてひとりで暮らすうちに段々と言葉を話さなくなっていた。そして、いま気付くことになる。すっかり声の出し方を忘れてしまったのだと。


 リーシェナは話しかけることを諦めると男の子が少しでも悪夢にうなされないように、眠り草のお香を焚いてみたがあまり効果はなかった。逆にリーシェナに効きすぎてしまい朝に目が覚めると汗びっしょりになった男の子が寒さで震えていることがあり止めたのだった。



 男の子を温室で発見してから一週間が経った。その頃には雪もだいぶ解けていたため、リーシェナは温室の周りの雪をどかした。その際、雪の重みに耐えられず壊れた箇所を発見して修理したりもした。そうこうしていると、寒さですっかり手が真っ赤になり、リーシェナの小さな鼻も赤く染まった。手に息をふきかけながら小屋の扉を開いた瞬間リーシェナは目を見開く。男の子がベッドから起き上がっていたのだ。


 男の子はリーシェナを見てビクッと震えると、怯えたように後ずさりした。リーシェナがバタンと扉を閉じ近付こうとすると、男の子は魔族の言葉を発して手を前に突き出した。


 その瞬間、強い光が放たれリーシェナを攻撃したのだった。リーシェナはとっさに防御の魔法で身体に結界を張ると男の子の攻撃魔法はそれにぶつかって飛散する。


 まさか相手が魔法を使うとは思わなかったのだろう。男の子はびっくりした目でリーシェナを見つめた。魔族特有の金色の瞳だった。


「キューイ!」


 ナノがあわてて男の子とリーシェナの間に入り、仲裁しようとする。すると男の子は起きて早々急に魔力を使ったせいかまた気絶してしまったのだった。


「……」


 リーシェナは男の子が自分を攻撃してきたことにさほどショックを受けていなかった。攻撃的な魔族ならやりかねないと予想していたためだ。


 彼らは高潔だが孤独でもあった。自分たちの仲間以外はすべて敵だと思っているのだ。魔族の子どもならなおさら一族以外の生き物を見るのは初めてで恐ろしかったに違いない。



 少しして男の子は目を覚ました。リーシェナは男の子のために作ったスープを温め、スープ皿に盛って男の子に見せた。何日も寝ていたせいでお腹がすいているだろうと思ったのだ。


 男の子は恐る恐るリーシェナを見上げたが、スープのいい匂いにつられてお腹がグーっと鳴った。一向に食べようとしないのでリーシェナが男の子の口にスプーンを突っ込んだ。


「……むぐっ!?」

「………」


 ナノはふたりの様子をハラハラした目で見ている。


「……おいしい」


 男の子がぽつりとつぶやく。リーシェナは少し微笑むと、男の子の口元に何度もスプーンを運んでやった。男の子は大人しくなり、じっとリーシェナを見つめてきた。すべて食べ切ったので、リーシェナは男の子を休ませるため布団をかけてぽんぽんしてやる。すると布団の隙間からじーっと見つめてきたためリーシェナは居心地が悪かった。


「………」


 昼食を食べている間も視線が気になり、リーシェナは男の子を見た。男の子はさっと布団を被って隠れてしまうがしばらくするとそろそろと隙間から伺うのだ。まるで恥ずかしがり屋の猫を相手にしているようでリーシェナは可笑しくなった。


 クスリと笑うリーシェナに男の子は目を瞬かせた。



 その日の夜。いつもと同じように夢にうなされていると、温かい手が頬に触れた。ぼんやり目を覚ますと涙で霞む視界の向こうに、心配そうに覗き込む女の子がいた。彼女の長く伸びた黒髪がロウソクの光に反射している。女の子は安心させるように何度も頭を撫でながら、汗を拭いてくれた。少しだけ心が温かくなるのを感じた。



「キュイキュイ」


 翌朝、目覚めたリーシェナはナノを撫でている男の子と目が合った。ちなみにリーシェナは男の子を拾ってからずっとソファで寝ている。


 ずいぶんと使い魔が懐いているのを見ると、どうやら魔物は魔族のことが好きだという情報は正しいのだと認識する。ちなみに魔物と魔獣の違いは凶暴かそうでないかだ。


 男の子はおずおずと口を開いて、攻撃したことを謝ったのだった。


「………」


 なにも言わないリーシェナをてっきり怒っているのだと思った男の子は怯えた顔をした。リーシェナは無口でしかも感情表現も苦手なのだ。


 リーシェナは首をフルフルと振ると、少し微笑んだ。男の子はほっとする。


「僕、フィオリア。あなたは?」

「………」


 リーシェナはベッドに腰掛け、男の子に自分の名前を言おうとした。だが、言葉が出てこない。


 パクパクと口が動くだけのリーシェナをフィオリアは不思議そうに見る。リーシェナは仕方なく空中に魔力を漂わせて文字をつくると「Riessena」と名前を表現した。


「リー……シェナ?」

「………」


 リーシェナがこくんとうなずいて見せる。その時、フィオリアは初めて微笑んだのだった。それはまるで天使のような美しく眩しい笑顔だった。



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