涼風荘
涼風荘それが、カズマの連れてこられた場所であった。
郊外にこんな場所があるとはカズマは知らないかった。
いや、カズマの行動半径など自宅、学校、塾、くらいしかなかったのだから、これほど移動したのは初めてだ。
今思えば小さいころ、遊んで探検したのが唯一の思いでだろうか。
「ここは?」
「ここは退魔師たちが暮らしている寮だ。涼風荘という」
「涼風荘……」
「これからおまえはここで暮らすんだ」
「ここで……」
「私たちはある組織に属している」
「組織?」
「イル・チエーロ(Il Cielo)という。退魔師の組織だ」
「イル・チエーロ……」
「まずは寮長のところに行こう。おまえの部屋を用意してある」
「あ、ああ」
「あら、その子が新しい退魔師候補ですか?」
そこに一人の女性が現れた。
髪は長く、伸ばしてしてまとめられている。
服はブラウスにひざ丈までのスカートだ。
年齢はカズマよりも年上だろう。
カズマは一瞬でこの女性に引き込まれた。
「ああ、そうだ。天音、あいさつしなさい」
「こんにちは、私は天音っていうの。あなたの名前は?」
「あ、ええと俺は結城 カズマです」
カズマの声は明らかに緊張していた。
カズマには両親以外とはほとんど会話したことなどない。
年上の女性などと会話など絶無である。
「カズマ君ね、私のことは天音でいいわ」
「え? でも?」
「イル・チエーロの規則では下の名前で呼び合う原則だ。だから、おまえも天音と呼んでいい」
ジャンがフォローしてくる。
それなら下の名前で呼んでもいいだろう。
カズマはものすごい緊張感と共に天音の名前を呼んだ。
「そ、それじゃあよろしくお願いします、天音、さん」
「ことらこそ、よろしくね、カズマ君」
「あ、あの……」
「? どうかしたの?」
「あ、天音さんも退魔師なんですか?」
「そうよ。私は霊智大学生だけど、退魔師としても活動しているわ。ふうん……」
「な、なんですか?」
カズマの声が裏返った。
カズマの女性との会話経験はまったくと言っていいほどない。
「君からは強い霊力を感じるわね。なるほど、ジャンがあなたを気に入るわけだわ」
「そ、そうですか?」
「私も涼風荘に住んでいるから、何か用があったら私のところに来て。それに相談があるなら聞くわよ?」
「え? いいんですか?」
「もちろん、仲間だもの。そのくらいは当然よ。でも、君はまずほかの人と話せるようにならないとね! それじゃあ!」
天音はそう言うと去っていった。
カズマは呆然と彼女の後姿を眺めていた。
「彼女は彼氏はいないぞ?」
「は?」
ジャンがニヤニヤしながら声をかけてくる。
「ははは、彼女に惚れたか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「そうか? ずいぶん、のろけていたように見えたがな?」
「いや、その、女の人と話をしたことがほとんどなくて……」
「そういうことか。これから会う寮長も女性だ。今のうちに女性とのコミュニケーションに慣れておけ」
「そう言われても……」
「いいか、自分をよく見せようとすればすれ程、うまく会話はできなくなっていく。焦るな、最も重要なことはできないとは思わないことだ。できないとは思考停止だ。まあ、今すぐにうまくできる必要はない。徐々にできるように慣れていけ。おまえはただ対人関係のスキルにとぼしいだけだ。いきなりできるやつはそうはいない。だから、できないからと言って自分を貶めるな」
「あ、ああ、わかった」
「それと、私のことはジャンと呼べ。これもイル・チエーロの規則だ。ファーストネームで呼び合うのが我らが組織の規則だからな」
「わかったよ、ジャ、ジャン」
カズマにはこのような文化はものすごく新鮮に感じた。
カズマがわずかに知っている文化は上下関係を設定するものだったからだ。
イル・チエーロの文化は縦ではなく横に広がっていくような気がした。
「それでは寮長のもとに向かおう」
ジャンは寮の一階の一室にやって来た。
「カトリーナ(Catrina)、いるか?」
「はい、少しお待ちください」
ドアが開いた。
そこにいたのは銀髪の髪にメガネをかけた、桃色の衣の女性。
「カトリーナ、期待の新人を連れてきた」
「まあ、それではあなたがカズマさんなのですね? 初めまして、カトリーナと申します」
「は、はい、カズマです。よろしく」
カズマは再び緊張した。
まだ、女性と話すのはなかなか難しい。
「フフフ、緊張していらっしゃるのですか? まあ、無理もないですね。まだまだ初めてのことで戸惑うと思いますが、おいおいと慣れて行ってください」
「わ、わかりました」
「おや? カズマさんは女性は苦手ですか?」
「!? どうしてそれを!? あ!」
「うふふふふ……なんとなくそう思ったもので、ごめんなさいね」
「い、いえ、本当のことですから……」
「カトリーナ、彼をからかうんじゃない。それよりも、涼風荘を案内してやってくれ」
ジャンがカズマのフォローをする。
「それではカズマさん、あなたの部屋に案内しますね。あなたの部屋は2-4になります」
「2-4?」
「二階の四号室という意味ですよ。カズマさんにはまずゆっくりとしていただきましょう。私は1-1に住んでいますので、何かあったら私のところに来てください」
「それではカズマ、私は用があるからここで別れる。カトリーナに後のことは聞け。それでは」
ジャンは身をひるがえして去っていった。
後にはカズマとカトリーナが残される。
気まずい……。
女性と二人だけというのもカズマにはなかなかなかった経験だ。
「それではカズマさん、案内しますね」
「は、はい!」
カズマはカトリーナの後について寮の階段を登る。
階段から四番目の部屋がカズマの部屋だ。
カトリーナが鍵を取り出して、部屋を開ける。
「ここがカズマさんの部屋になります。しばらくはこちらでくつろいでください。ベッドなどはすでにありますよ。あとはカズマさんの私物でしょうか?」
「いえ、私物はほとんどないので……」
「そうですか……来たばかりで疲れてはいませんか? しばらくはこの部屋でゆっくりしていただいて結構ですよ? 昼食は食堂で食べられますので、十二時になったら私のところに来てください。その時までここで休んでください」
そう言うとカトリーナは自分の部屋に戻った。
カズマは一人部屋に残された。
カズマの私物は服くらいである。
カズマはとりあえず、部屋の中に入った。
「はあ……緊張した……」
カズマにとって女性との会話は負担が大きかった。
カズマにはこれからの新生活より、女性との会話の方が疲れた。
ベッドもあることだし、しばらくはここで寝るとしよう。




