社会性
カズマはその日、買い物をして涼風荘に帰った。
今のカズマは退魔師として給料をもらっている。
退魔師の給料は一般の職業よりも高い。
それは退魔師が命をかけた仕事だからだ。
カズマは経済的には独立していた。
「あら、カズマさん」
「? カトリーナさん?」
「カズマさんは最近はどうですか?」
「最近ですか、最近は仕事にも慣れてきましたし、順調ですよ」
「それは良いことです。カズマさんは対人関係の悩みはありませんか?」
「そうですね、特別親しい友人がいないということが今の悩みですかね」
「まあ、そればかりはいっしょの時間を過ごさないと難しいのではないでしょうか」
「はい、俺もそう思います。天音さんは帰ってきていますか?」
「ええ、帰ってきていますよ。あらあら、カズマさんは天音さんのことをお慕いしているのですか?」
「え!? そ、それは……」
カズマは押し黙る。
それは本心を喝破されたことの照れであった。
「まあまあ、良き事ですね。ただ、天音さんは学歴を気にしますから、もしお眼鏡にかなうようになりたいなら、カズマさんも学歴を取得した方がいいですよ。少なくとも、霊智大学を卒業するくらいでないと……逆に言えば、霊智大学を卒業できたなら、天音さんをゲットできるかもしれませんね」
「そ、そうなんですか……?」
カズマは心を動かされる。
実際、天音は自分のことをどう思っているのだろうか?
天音から学業のことを振られた。
今はまだ、かわいい弟のような感じなんだろうか。
「おーい、カズマくーん!」
「あ、天音さん!」
そこに天音から声をかけられた。
天音は自転車を持っていた。
「どうしたんですか、天音さん?」
「カズマ君に自転車の乗り方を教えてあげようと思って」
「俺に自転車を?」
「そう。だってカズマ君、自転車の乗れないでしょ?」
「うぐっ!? まあ、そうですが……」
「これから通信制の学校に通うとなると、自転車くらい乗れないとね。私が車で送るわけにもいかないでしょ?」
「は、はあ……」
「それで、自転車の乗り方を教えてあげる♪ そうそう、何度も転ぶと思うから、汚れてもいい服に着替えてきてね」
「はい、わかりました」
カズマと天音は近くの公園にやって来た。
公園にはこどもが遊具で遊んでいた。
ガッシャーんと大きな音が出る。
「いてて……」
カズマが自転車で転んだのだ。
「ほら、カズマ君! ファイト!」
「は、はい……」
カズマは立ち上がる。
なかなか自転車のバランスを保てない。
周囲の大人たちがカズマを見て笑った。
だが、こればかりはカズマが現実適応を怠ってきたつけなので仕方がない。
カズマはなかなか自転車の乗り方に難儀していた。
当然だ。
最初から自転車にうまく乗れる人はいない。
人は何度も倒して、それから乗れるようになる。
「カズマ君、もう一回やってみよう!」
「は、はい!」
カズマは正面の天音に向かって、ふらふらしながら、自転車をこいでいく。
まずはまっすぐに走れる訓練を二人はしていた。
何とかふらつきながらもカズマは天音の前まで到達した。
「はあ、はあ……」
「よくできたね、カズマ君! ほら、水分を補給して!」
「は、はい……」
カズマは天音から水筒をもらうと、その中の水を飲んだ。
中身は麦茶だった。
カズマの体が潤っていく。
「やっぱり、カズマ君は運動のセンスもあるね」
「そうですか?」
「そうだよ。自転車の乗り方のコツもつかむのはうまいし、これなら三日も練習すれば、乗りこなせるようになるよ。少し、休憩しよ?」
「あ、はい……」
カズマと天音はベンチに座った。
カズマは天音の隣でドキドキする。
「天音さん……俺、相談があるんですが……」
「何?」
「俺はダメな人間なんでしょうか?」
「? どうして?」
「俺は……社会にうまく適応できません。普通の人は社会に適応できるじゃないですか。ですが、俺はだめなんです。適応しようと思っても、うまくいかない。うまくできない……だから劣等感があるんですよ」
そんなカズマの言葉を天音は真剣に聞いてくれた。
「カズマ君、普通の人が正常だって、考えてない?」
「え? だってそうじゃないですか? 普通の人はできるんですよ? 普通と同じことができない俺はおかしいじゃないですか?」
「違うよ、カズマ君。それじゃあ、どうして普通の人たちが作っている文明に病気が存在するのかな?」
「それは……病気になった方に問題があったんじゃ……」
「そうかな? おおもとの集合的価値の方にこそ問題があったとは考えない?」
「それは……」
それは重大なことだった。
天音はこう言っているのだ。
つまり、普通の人たちが築いた文明の方に病理があると……。
「カズマ君が引きこもりになったのも、親だけのせいじゃないの。日本の文明自体が病んでいるからよ。そもそも、日本人はうつ病質だしね」
天音は話を続ける。
「公の文明はカズマ君のような人を拒絶するでしょうね。カズマ君が悪いって思うでしょうね。そんな人たちは表の価値を疑うことなく生きているから」
「……」
カズマには何も言い返せなかった。
ただ、どこかカズマの心は深く納得しているようだった。
カズマはずっとうまく社会適応ができなかったのは自分のせいだと思っていた。
自分が悪かったと。
だが、そうではないのだ。
天音はカズマの劣等感を少し、やわらげてくれた。
「ただね、どんな社会であれ、私たちはこの社会で生きていくほかないのは確かよ。私が退魔師になったのは日本社会とは別の理で動いていたから。それが魅力的だったのよ。カズマ君も退魔師である限り、日本の集合的価値からは自由でいられるわ。きっとカズマ君は新しい価値観の前にいるのね」
「新しい価値観、ですか?」
「そうよ。今の価値観がずうっと続くことはないわ。歴史では二度と同じ時代は来なかった。それに適応されようとしている価値ってそんなにいいものかしら?」
「それは……」
「だから、カズマ君が悩むことはないのよ。それじゃあ、練習を再開しましょうか」




