幸子とルチフェール
宗教法人『幸せの会』。
その代表は『月夜幸子』――。
彼女は『ラ・ノーチェ・スクオーラ(La Noce Scuora)』という妖魔組織の代表でもある。
彼女は宗教法人のトップとして活発に活動していた。
彼女はぎっしりと信者が詰めかけたホールの前で演説する。
男性より、女性が多いようだ。
「みなさん、今日は信じることについて話そうと思います。現代は宗教にとって受難の時です。現在の日本では宗教は迫害されていると言えるでしょう。なぜこれほど私たちが迫害されねばならないのでしょうか? それは本質的に恐れがあるからでしょう。一般の日本人は特定の宗教を信じていません。宗教は何かうさん臭いもの、怪しいもの、理解できないものだとされています。あなたがたは宗教を信じています。もちろん、私も信じています。私は神を信じています。神はこの世界を生成なさいました。それから人間を男と女に生成されました。ゆえに被造物には神の性質が入り込んでいます。私たちは自然を信仰しています。この自然こそ神です。神は自然の化身です。私たちはこの信仰を持たねばなりません。神は母であり、生成者であり、女性です」
幸子が一度、満員の信者から拍手を浴びる。
この宗教団体は母なる神を信仰していた。
それが女性が多い理由である。
「神は母性の化身です。神は私たちをまるで幼子のように愛してくださいます。ここには分け隔てがありません。皆さんは母を信じなさい。母なる神はあなたがたを心から愛してくださいます。このように考える人が一人でも多くなれば、この国はもっと違った世界になるでしょう。ですが、今は受難の時です。この真理を認識できない哀れな日本人は私たちを迫害します。およそ宗教というものがこの国では理解されていません。彼らにとって宗教とは嫌悪の対象なのでしょう。およそ宗教こそ文明・文化にとって必要なものはありません。私たちの宗教は母の愛に満ちています。それなのになぜ、私たちは迫害されるのでしょうか? それは男性が優位の思想に対して私たちが否と唱えるからです。世界の多くの宗教は男性の神を信じています。世界全体がそうなのです。私たちの宗教では母性の神、母なる神を信じています。世界の起源は私たち女性から始まったのです。これほど女性の優位を現すものはありません。男性優位主義者には私たちの考えは目障りなのでしょう。ですが、私たちは迫害されるほど強くなります。この宗教が砂漠の中にあるような国の中で、私たちの同志を一人でも多く獲得していきましょう。希望はあります。あなたがたの存在こそ希望です。母なる神モリガン様を信じなさい。そうすれば必ずモリガン様はあなたがたを救ってくださいます。救いは私たちの信仰にあるのです。日本人女性のみなさん、皆さんこそ私たちの母が期待してくださる存在です。女性の、女性による、女性のための宗教を信じて行こうではありませんか。ただ永遠の真理というものは、神は女性で、母だということにあるのですから!」
幸子は力強く、演説を終えた。
会場は拍手の嵐に包まれた。
すべての人間が母なる神を讃えている。
後は形式的なことが行われるにすぎない。
幸子は演壇から降りて、去っていった。
その様子をルチフェールが見守っていた。
ルチフェールは爆笑を抑えきれないようであった。
「よう、よくもまああんなことが言えるものだな? くくくく……あーっはっはっはっはっは!」
「ルチフェール……」
ルチフェールはついに笑い出した。
「母なる神……そんなものが存在するのか?」
「ええ、存在しますよ。彼女たちの心の中に。彼女たちが信じている限り、母なる神は私たちを愛してくださるでしょう」
「ククク、なるほどな。詭弁だ。しかし、よくもまあそんな宗教を思いついたものだな。ただ、論理的一貫性はある。信じている人間には強烈に作用するだろうな。おまえの言うところによれば、神は自然だという。母性主義者には有効だろうな」
「何を言いたいのですか、ルチフェール?」
「ははは、ここまでくればもう隠すこともないだろ? つまり支配の道具(instrumentum regni)と言いうことだろう? よくもまあ言えるものだ。結局は資金集めが目的か?」
幸子はルチフェールを非難するかのようなまなざしを向けた。
「あなたは神を信じていないのですか?」
「ああ、もちろん。神など人間が頭から、つまり脳からひねり出したものだ。この世界にそんなものはいない。『力』はあるがな」
「あなたが言うその『力』とは神の別名ではないのですか?」
「それは俺にもわからん。そうそう、あの三人組だが……」
「ルキウス、マルクス、セクストゥスの三人がどうかしたのですか?」
ルチフェールは会心の笑みを浮かべて。
「どうやら、イル・チエーロで返り討ちにあったらしい。全滅だ。残念だったな」
「そうですか」
「おっ? 気にならないのか?」
「彼らは無能だった、それだけでしょう?」
幸子は平然と言った。
幸子にとってあの三人は使い捨てにすぎない。
ラ・ノーチェ・スクオーラ――『暗い夜』はこのモリガン教の宗教団体『幸せの会』の暗部だ。
主に、組織の暗い部分を担ってきた。
そしてラ・ノーチェ・スクオーラ=NSはイル・チエーロを敵視している。
今のところは水面下での対立だが、いずれそれは地表部分に出てくるだろう。
「かわいそうに……次は誰を送るんだ? もっとも返り討ちに遭わなければいいがな?」
ルチフェールはニヤリと笑う。
ルチフェールも恐ろしく人命を軽視していた。
ルチフェールもNSのメンバーは使い捨てだと思っている。
「考えておきます。スパイの報告では、カズマという人物が将来の脅威となりそうだということです」
「そのスパイは信用できるのか?」
「もちろん。まだ私たちのことは知られていません」
「カズマ、ね。話によれば、もと引きこもりだそうだ。そんな奴のどこが危険なんだ?」
「霊気のセンスがずば抜けて高いとか。今のうちに篭絡しておくべきでしょう。それでは」
幸子は一人で去っていった。
それをルチフェールが眺めていた。




