精神科
カズマの父はサラリーパーソンで、一つの会社に長年勤めてきた男であった。
カズマの母はパート主婦で、仕事をやめる前は教師をしていた。
二人はリビングで会話していた。
カズマはその時、小腹がすいて、リビングの前の扉で二人の会話を聞いてしまった。
「……おい、カズマの教育はどうなっている?」
父があからさまに触れたがらないような話題を持ち出すように母に尋ねた。
実際、触れたくはないのだろう。
父は新聞を読んでいたが、顔は母と合わせなかった。
「あなた、いったい何を言いたいの?」
母が冷たく応じた。
この二人はカズマが学校に行かなくなってから仲が悪くなった。
基本的にはほとんど会話しない。
昔はこうではなかったが……。
すべてはカズマの教育に失敗してからだ。
「カズマももう十八だ。そろそろどうにかすべきじゃないか?」
父は自分にはカズマのことについて責任はないと考えているようだ。
カズマが学校に行かなくなったの母のせいだと思っているのだ。
「あなたこそ、カズマの教育に責任を持ちなさいよ! あなたは父親でしょう?」
「父親はどっしりと構えていればいいんだ。息子の世話は母親の仕事だ。父親の仕事は給料を稼ぎ、家計を養うことだ」
当然とばかりに、父は言った。
それに対して母は違う考えを持っているようだ。
「今は父親でも教育に関与すべきよ。昔とは違うんだから!」
母がヒステリックに言った。
カズマの家ではカズマのことはタブーだった。
息子が引きこもっているなんて世間体に悪い。
「だいたい、おまえの教育がカズマが学校に行けなくなった理由だろう? 私に責任はない」
父は当然とばかりに言い放った。
結城家ではカズマの教育を主に担当したのは母だ。
母はもと教師ということもあって、カズマの教育に大きな影響を与えた。
それは間違いない。
しかし、母には母の言い分があった。
「あなたは私にカズマの教育を任せすぎたのよ! 父親が関与しなかったことがカズマの引きこもりの原因よ!」
それは母の主観だった。
実際に、母はスパルタ教育を強いた。
元教師だけあって、学校の勉強をどうすればできるか、どうすれば、公教育で評価されるか知っていた。
それゆえに母はそれに合致するようにカズマに強いたのだ。
「どうして私が非難されねばならないんだ? 私は父親としての役目は果たしている」
父には自分が非難されることの理由が分からない。
父は旧いタイプの人間だった。
会社人間と言ってもいい。
男児のすべきことは毎日会社に通って仕事をして給料を稼ぎ、家庭を支えることだと本気で思っていた。
したがって、カズマの父には自分が非難される理由は一点もない。
「それに十八になれば仕事をしなければならない。そういう教育はカズマにしているのか?」
「カズマの将来についてあなたももっと真剣に考えてよ! 私にばかりカズマの教育を押し付けないで!」
「精神科の先生はどういっているんだ?」
「仕事を探すように言っているわよ」
「カズマは中卒だ。それも中学校は一年しか通っていない。そんなカズマに仕事なんてあるのか?」
「じゃあ、どうすればいいって言うの!」
父は悲観的なことを言った。
論理的に言えば彼の言っていることは矛盾しているのだが、それに気づいている気配はない。
「選ばなければ仕事はあるんじゃないか? 例えば建設業とか」
「中卒でも入れるところなんて、軍隊くらいしかないわよ!」
カズマは気がめいりそうになった。
父と母はカズマの話題になるとよくケンカした。
カズマのことは一種のタブーと化していた。
だが、カズマも十八歳になる。
今後の進路を決める必要があった。
もっとも、カズマ自身はそれも親が決めるのだと思っていた。
カズマには自分でやりたいことを決めたという経験がない。
カズマはいたたまれなくなって、リビングから去った。
そして一人で閉じこもる。
こんな生活をいつまでしなければならないのだろう?
そもそもこんな自分が生きていていいのだろうか?
カズマにはわからない。
両親はカズマのことでケンカを始めた。
なぜかというと、父も母も自分にはカズマの引きこもりの責任はないと考えているからだ。
当然、話題は相手を非難することにばかり集中する。
明日は精神科医のもとに通う日だ。
カズマは月一で精神科に通院していた。
カズマはそこで話をしているが、成果は芳しくない。
カズマは自分の部屋に戻った。
そして、電気を消して、ベッドに入って寝た。
翌日、カズマが精神科に通う日だ。
カズマは市内の大きな精神科専門病院に通院していた。
もちろん、連れて行くのは母だ。
現代の日本では精神を病んでいる人が多いのか、院内は込み入っていた。
やっとのことで精神科医と診察が始まった。
母が同席した。
話題はカズマの仕事についてだった。
「カズマ君、君は自分の現状について理解しているかい?」
精神科医が尋ねた。
「現状とは?」
「君はもう十八だ。そろそろ働くべきなんじゃないか?」
「いったい何の仕事に着けばいいのかわかりません」
「君の学歴ではつける仕事にも限界があるだろうね。でも、人間は何か仕事をするのが当然なんだよ」
「道路工事でもやれと?」
この精神科医は有能とは思えなかった。
人の感情に関して機敏に疎いところがあった。
デリカシーもない。
医者はなまじ頭がいいのか、そう言うことには理解が乏しいようだ。
それに優秀な医者が優秀な指導者というわけではない。
カズマには自分が何をしていいのか分からない。
そんなことは考えたこともないのだ。
カズマはいったん、席から外されて、医者は母親と話し始めた。
どうせカズマの悪口でも言っているのであろう。
カズマはこれから自分がどうしたらいいか、全く分からないのだ。
カズマが知っているのは学校でどうすれば評価されるかだけだ。
仕事のことなど考えたこともない。
そもそも、『医者』という目標も親から『与えられた』ものだ。
カズマには主体性というものがまるでなかった。
欠落していたと言っていい。
それはカズマの教育にあった。
カズマは徹底して、『操り人形』として生きてきた。
そのため、自分から考えて、どう行動すればいいか分からないのだ。
これが教育の成果だった。
カズマは学校に適応するすべは知っていたが、社会でどうやって生きていくかについてまったく欠如していた。
今の自分の問題は就職だった。
何かの仕事に着けばいいのはわかる。
だが、それも結城家では親が決めるのだった。
確かに、カズマに判断能力はない。
だが、それは教育の弊害であった。
主体的に勉強できても、主体的に生きていくことができないのだ。
そもそも、生き方それ自体が分からなかったと言っていい。
カズマの両親の考えでは、いい学校を卒業し、いい会社の入り、定年まで勤めるというのが彼らの生き方だった。
それ以外の生き方など彼らには考えられなかったし、知らないのだ。
そもそも、そんな生き方に疑問さえ感じないのである。
カズマの状況は絶望的とっもいえた。
これは日本人の限界と言えた。
生き方が単層的なのである。
当の日本人はそういう生き方が良いと思っている。
だが、それ以外の生き方は彼らには考えられないのだろうか?
両親はカズマが引きこもりをやめればいいと思っている。
結局は本気でカズマのことを考えているわけではない。
それにそれがカズマのためになるわけでもない。
カズマは完全に行き詰っていた。
いったい俺は何をすべきなのか?
いったいどう生きればいいのか?
いったい何をすればいいのか?
それらの疑問には誰も答えてくれなかった。




