天音2
カズマは風呂に入った後、涼風荘の欄干で風に当たっていた。
「高校か……」
カズマは通信制の高校に通うことについて考えていた。
天音が資料の請求までしてくれるという。
カズマには学歴での劣等感がある。
不登校、そして引きこもりとして過ごしたカズマに学歴は輝いて見えた。
自分はいったいどうすべきなのか。
カズマの中にはまた挫折するかもしれないという恐れと、高卒資格を取るという可能性で悩みがあった。
そんな時である。
「カズマ君?」
「? 天音さん!」
そこに天音がやって来た。
天音の部屋は2-3つまり、カズマの隣である。
「どうしたんですか、天音さん?」
「私は売店で買い物をね。カズマ君こそどうしたの?」
「俺は考えていたんです。進学するか、このままでいいか」
「隣、いいかな?」
「いいですよ」
「カズマ君は涼風荘での生活はどう?」
「ええ、満足していますよ。ここには食堂も、売店もありますし、生活するのに不便はありません」
「そう、よかった。最近仕事はどう?」
「まあ、ジャンといっしょが多いですけど、退魔師として自信をつけてきました」
「それならよかったわ。カズマ君はここで生活していけそうね」
「天音さんはいつから涼風荘に?」
「私は高校生の時からよ。私もジャンからスカウトされたの。最初は怖かったけど、今ではそうでもないわ」
「天音さんはどうして高校に行ったんですか?」
「私? それは簡単よ。みんな行ったからただ進学しただけ。自分の意思なんで関係なかったわ」
「そんなものですか……」
「だから、カズマ君には自分の意思で決めてほしい。君は恵まれた立場にいるのよ?」
「俺が、恵まれた立場に?」
「そう、本来なら進学は自分の意思で決めるべきね。私はジャンと出会ってから変わったの。ジャンに会う前は集合的な人間だった。ジャンは私に新しい生き方を教えてくれた。だから、ジャンには感謝しているわ。ジャンは私にとっても父なのよ」
その時、風が吹いた。
風は天音の髪を揺らした。
そんな天音にカズマはドキッとしてしまう。
「高校の件、ありがとうございます。自分だけでは決められなかったでしょうから」
「まあ、そんなものよ。結局は自分で決めて学校に行く人より、周囲の人間がどうするかで決める人が多いのよ。カズマ君は高校に通いたくない?」
「正直、わからないんですよ。俺は進学したいのか? それともできないと思っているのか?」
「安心しなさい、私がサポートしてあげるから。それにね、カズマ君は普通でいいのよ」
「普通でいい?」
「そう、そんな高度な成績を取らなくちゃいけないんじゃなくて、無理して勉強しなくてもいいってこと。そもそも勉強にも適性はあるもの」
「そんなものですか……」
「だから、そんなに難しく考えなくていいの。ただ自分の心が向いているか、そうじゃないか、それを決めるのはカズマ君の意思よ」
「俺は自分で決めたことって、人生であまりないんです」
「それはカズマ君がそんな家庭で育ったからね。自分で決めるような家庭じゃなかったのね。だから、カズマ君が今度は決めていいの。私はカズマ君を嫌わないわ」
「あの、一般論として、天音さんは学歴をどう考えますか? もちろん、深い意味はないんですけど……」
これはカズマが天音の好みを聞こうとした質問だった。
「うーん、まあ、私は学歴はあった方がいいと思うけど。やっぱり頭がパーじゃ残念だしね」
「そう、ですか」
この答えでカズマは進学を決めたのだった。
「あ、そうそう、カズマ君」
「はい?」
「チケットがあるんだ。私は使わないから、あげるわ。誰かといっしょに楽しんできて」
「ええ?」
「カズマ君は誰か気になる人はいないの?」
「いえ、そうでは……」
ほんとは目の前の天音が気になっていたのだが、カズマは恥ずかしくて、答えを濁す。
「じゃあ、その人といっしょに遊びに行くといいわ。単調すぎる毎日じゃ飽きてくるでしょ?」
「は、はあ……」
天音はとまあカズマの純情な気持ちには気づかないのだった。
「そうそう、カズマ君、もう私が渡した本は読んだ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、新しい本を貸してあげる。私の部屋に来て」
「え? いいんですか!?」
「お隣さんだもの、気を使わなくていいわ」
天音は自分の部屋の扉を開けた。
「じゃあ、いらっしゃい」
「はい! 失礼しまーす!」
カズマは天音の部屋に足を踏み入れた。
そこは大きな本棚が二つあった。
本棚はぎっしり本で埋まっている。
それに天音の部屋からは天音の匂いがした。
カズマは照れる。
「カズマ君はどんな本が好み?」
「そうですね。自己啓発されるような本が好きです」
「自己啓発?」
「そうです。生き方を変えるような、そんな本がいいです」
「そうなの……それじゃあ、こんな本はどうかしら?」
天音は一冊の本を取り出した。
「これは?」
「『ヒエロソフィア入門』っていうの」
「ヒエロソフィア?」
「霊性の本よ」
「天音さんは宗教の本が好きなんですか?」
「まあ、ね。大学でも宗教について学んでいるし、それに退魔師と宗教性って言うのは切り離せないから」
よく見ると、天音の部屋の棚には宗教書がぎっしり詰まっている。
天音は宗教が好きなんだろうか。
「ヒエロソフィアって何ですか?」
「ふふっ、実のところ、もうカズマ君はすでにヒエロソフィアを知っているのよ」
「ええ!? どうしてですか?」
「ジャンの霊性がヒエロソフィアなのよ」
「そうなんですか?」
「ヒエロソフィアって言うのはギリシア語で『聖なる知恵』っていう意味なの」
「ギリシア語……なんだか難しそうですね」
「欧米の学問はヘブライ語、ギリシア語、ラテン語の三つの影響を受けているわ。ヘブライ語はヘブライ聖書の言語、ギリシア語は新約聖書の言語、ラテン語は当時の宗教言語だったの。まあ、それはおいておいて、とりあえずその本を貸してあげるから読んでみて」
「はい、ありがとうございます」
カズマは本を借りて天音の部屋を出た。




