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第三十八話:閑話:家族旅行と告白

 ランク昇進試験を数日後に控え、鳴瀬賢志郎は家族サービスという名目で、半ば強引に有給休暇を取得した。向かう先は日光。娘の凛が小学生の時以来、実に五年ぶりとなる一泊二日の家族旅行だった。


 高速道路を走るレンタカーのワゴンの車内は、どこかぎこちない空気に満ちていた。妻の友里は助手席で懸命に観光パンフレットを読み上げ、場の雰囲気を和ませようと努めている。後部座席の凛は、年頃の娘らしく、窓の外の景色に興味を示すでもなく、スマートフォンの画面を指でなぞるばかりだ。


「凛、見てごらん、もうすぐよ。日光って言ったらやっぱり……」

「はいはい、東照宮でしょ。さっきから百回は聞いた」


 素っ気ない返事に、友里は苦笑いを浮かべる。賢志郎はハンドルを握りながら、そんな二人のやり取りを微笑ましく聞いていた。五年前、まだあどけなかった凛が、今ではすっかり大人びてしまった。失われた時間を取り戻すかのように、彼はアクセルをそっと踏み込んだ。


 最初に訪れた華厳の滝は、轟音と共に白い飛沫を上げながら流れ落ちる水の柱に、凛も思わずスマートフォンから顔を上げる。「すごっ……」と漏れた小さな呟きを、賢志郎は聞き逃さなかった。


 東照宮の荘厳な空気は、家族の心を自然と一つにした。きらびやかな陽明門、眠り猫の彫刻、そして徳川家康が眠る奥宮へと続く長い石段。凛が意外にも歴史的建造物に興味を示し、友里に質問を投げかける姿は、賢志郎にとって新鮮な驚きだった。


 商店街では揚げたての湯葉天ぷらを頬張った。サクサクの衣の中から、とろりとした湯葉の旨味が溢れ出す。何気ない食べ歩きが、こんなにも楽しく、幸せなものだったかと思い出す。


 

 旅館に到着し、温泉に浸かると、溜まっていた心身の疲労がじんわりと溶けていくようだった。賢志郎は露天風呂の岩肌に背を預け、夜空を見上げた。満天の星が、まるで彼の決意を後押ししてくれているかのように、強く輝いていた。


 その夜、旅館の個室に用意された夕食は、目にも鮮やかな会席料理だった。湯葉の刺身、鮎の塩焼き、とちぎ和牛の陶板焼き。豪華な料理が次々と運ばれ、家族の会話も弾んでいた。


「やっぱり温泉旅館のご飯は最高ね。凛も、たまにはこういうのもいいでしょ?」

「まあね。ていうか、お父さん、よくこんな良い旅館予約できたね。給料日前なのに」


 凛の無邪気な一言に、賢志郎の心臓が小さく跳ねる。探索者として得た報酬を、この旅行に充てていた。


 一通り食事が進み、デザートの水菓子が運ばれてきたタイミングで、賢志郎は意を決した。すっと息を吸い、背筋を伸ばす。


「友里、凛。二人にご飯が終わったら……いや、今、聞いてほしい。大事な話があるんだ」


 神妙な声色に、友里と凛の動きがぴたりと止まる。楽しかった場の空気が、一瞬にして緊張に変わった。


「パパ……どうしたの、急に」


 友里が不安げな表情を浮かべる。賢志郎は、テーブルの上で固く握りしめていた拳をゆっくりと開き、二人の顔をまっすぐに見つめた。


「俺、実は……探索者なんだ」


 静まり返った部屋に、彼の声だけが響く。

 友里と凛は、言葉の意味が理解できないというように、ただ瞬きを繰り返していた。


「探索者って……あの、ダンジョンとかに出てくるっていう……?」

「ああ。今までずっと、二人に黙ってダンジョンに潜っていた」


 賢志郎は、すべてを話した。数ヶ月前からダイエットの為とダンジョンに潜っていたこと。会社員を続けながら、秘密で活動していたこと。そして、後日受けるランク試験の結果次第で、会社を辞め、本格的に探索者として生きていこうと思っていること。


「一度、酷い目にも遭った……。じつは最近、監禁されたんだ」


 その言葉に、友里が息をのむ。しかし、彼女の反応は、賢志郎が想像していたようなものではなかった。彼女は深く、長いため息をつくと、どこか納得したように、静かに口を開いた。


「……やっぱり、そうだったのね」

「え……?」

「だって、おかしいもの。急に体つきが良くなったり、生傷を作って帰ってくることがあったり」


 妻は、すべてお見通しだった。賢志郎が隠し通せていると思っていたのは、ただの独りよがりに過ぎなかったのだ。


「ママも気づいてたの……?」

 凛が驚きの声を上げる。


()、って……やはり)


 学園祭の日の出来事。

 

「やっぱり……あの時の人が……お父さん?」


 思わず漏れた呟きに、賢志郎は驚き、目を見開いた。

 

「……気づいていたのか」

「だって……うん」


 賢志郎は、静かに頷いた。

 凛の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。いつもだらしないと思っていた父が、実は命がけで自分を守ってくれていたその事実。

 

「……ごめん」


 凛は、小さな声で謝った。


「今まで、お父さんのこと、色々……。ダサいとか、頼りないとか……」

「いいんだ」


 賢志郎は、優しく微笑んだ。

 

 重い秘密が取り払われた食事は、穏やかな空気に包まれていた。


 決戦の地である昇進試験は、明日、始まる。

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