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第二十八話:夜明け前の決断

 気絶させたままだった協力者の男を、倉庫にあった手頃な縄で拘束した。抵抗の意思を見せない男を担ぎ上げ、秘密のエレベーターで地上階へと戻る。

 

 健志郎は、男を商業施設の警備員室の前に、そっと横たえた。そして、少し離れた場所から、警察に「不審者情報」として匿名の通報を入れた。

 

「ええ、セントラルモールの地下駐車場近くの警備員室で、男が一人、倒れていまして……。何やら、ブツブツと恐ろしいことを呟いています。ええ、はい、よろしくお願いします」


 通話を終えると、健志郎は自宅には戻らなかった。

 

 借りっぱなしのクラシックカーに乗り込むと、エンジンを始動させる。向かう先は、一つしかない。

 夜明け前の人気のない街を、古びた車が走っていく。健志郎はハンドルを握りながら、不安に胸が押しつぶされそうになっている。


 車は裏路地のアンティークショップの前に停まった。

 健志郎は、店のドアを、叩きつけるようにノックした。

 

「店主!俺だ!開けてくれ!」


 数回のノックの後、中から、不機嫌そうな声と共に、鍵が開けられる音がした。

 

「……何の騒ぎだ、こんな夜更けに。なんだ、お前さん。暗い顔して」


 眠たそうな目で現れた店主は、健志郎の表情から、わずかに眠気を消した。


 健志郎は店の中へ転がり込むように入ると、事の次第を一気にまくし立てた。

 地下に広がっていた巨大な食糧庫。モンスターに協力する、人間たちや『預言者』の存在。そして、彼が口にした、恐るべき計画。

 

「近く、ギルドの手に負えない規模のモンスターが、地上に溢れ出る、と。奴はそう言っていた」


 その報告を聞いた店主の表情から、完全に眠気が消え失せた。

 店主は、「ついに、その時が来たか」と、静かに呟いた。

 

 店の奥から、健志郎が以前手に入れた、あのゴブリンの地図を持ってくると広げる。そして、自分の持っていた、より詳細な地下図とそれを重ね合わせた。


「奴らの狙いは、食糧庫だけではない。この地図に記された×印は、全てが地上侵攻のための、重要拠点だ」


 店主の節くれだった指が、地図の上をなぞる。

 

「ここか……」


 店主の指が、止まった。

 その先は健志郎にとって、関係のある場所。

 彼の娘、凛が通う高校の名前だった。


「兵器工場と食糧庫という、二つの大きな拠点を失ったモンスターたちが次にどう動くか。答えは一つだ」


 店主の声は、いつになく冷徹だった。

 

「混乱を引き起こし、計画を無理やりにでも強行する。そのために奴らは最も手薄で、最も効果的に、この街の市民を恐怖に陥れることができる場所を狙う。学校、という場所をな」


 健志郎は、戦慄した。

 これまで漠然と「街を守る」と考えていた戦いが、鮮明な、あまりにも個人的な脅威となって、彼の目の前に突きつけらる。


 最も大切なものが、最大の危機に瀕している。


「軍勢とまともに戦うな」

 店主が健志郎の目を見て助言する。

 

「〝将を射んと欲すれば、まず馬を射よ〟。奴らの狙いは、おそらく高校そのものではない。そこにいる『誰か』、もしくは、そこを起点とした『何か』のはずだ」


 店主の言っていることは、わかるようでわからない。しかし、高校がターゲットであることは間違いなさそうだ。そうなると、凛は……


 彼は、店主に短く、しかし深く、頭を下げた。

 

「……感謝する」


 それだけを言うと夜明け前の、白み始めた街へと飛び出す。

 これはもう、こちらから動くしかない。


 

 夜明け前の、冷たいアスファルトを走り抜けたクラシックカーは、住宅街の片隅にある駐車場で止まる。彼は、健志郎は誰にも見つからないよう、自宅の裏口からそっと家の中へと滑り込む。


 そして一時間後、何事もなかったかのように、リビングの食卓についた。


「パパ、すごい顔色悪いよ。昨日、ちゃんと寝た?」

 向かいに座る娘の凛が、トーストをかじりながら心配そうに顔を覗き込んでくる。

 

「ああ、大丈夫だ。ちょっと、大きなプレゼンの準備で、夜更かししちまってな」

 健志郎は作り笑顔で答えた。その頭の中は、娘の「学校」をどう守るか、その一点で埋め尽くされていた。

 

「あなた、本当に無理しないでよ。倒れられたら、こっちが迷惑なんだから」

 妻の友里がコーヒーを淹れながら、呆れたように、しかしその声には愛情を滲ませて言った。

 

 この、当たり前の日常。この会話。この温もり。守らねばならない。


 健志郎は朝食後すぐに、「今日も、そのプレゼンの準備で、少し早めに出社する」という口実で家を出た。しかし、彼が向かったのはもちろん会社ではない。会社へは有給休暇の連絡をし、市役所の薄暗い資料閲覧室へと向かった。


 健志郎は、サラリーマンとして培った情報収集能力を、フルに活用していた。高校の設立当時の設計図、周辺地域のインフラ設備図、そして、忘れ去られた古い地下道の記録。それらの膨大な資料の山を、驚異的な集中力で読み解き分析していく。


 そして、数時間後。彼は、ついに一つの結論にたどり着いた。

 


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