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第十七話:新たな狩場と、力の片鱗

 日曜日の夕暮れ――

 健志郎は、裏路地に佇むアンティークショップの、錆びた天秤の看板を再び見上げていた。

 公園で感じた、得体の知れないプレッシャーと悪意が、まだ肌にまとわりついているようだ。

 意を決して店のドアを開けると、カランコロン――と乾いたベルの音が、埃っぽい空気に響く。


「……ほう。随分と切羽詰まった顔をしてるじゃないか、おっさん」

「じいさんに、おっさんとは言われたくないんだけどな。はは」

 

 店の奥、ロッキングチェアに座った店主が、古書から顔を上げずに言った。まるで、健志郎がここに来ることを、最初から分かっていたかのような口ぶりだ。

 

 健志郎は、カウンター代わりのテーブルまで進むと、単刀直入に切り出した。

 

「話を聞いてほしい。とんでもないことになっている」


 健志郎は、これまでの経緯を、かいつまんで話した。リーダーゴブリンが落とした地図のこと。その地図に示されていた、公園の地下の秘密の拠点。そして、『影の音響探知(シャドー・ソナー)』で感知した、ゴブリンとは比較にならない、狡猾で強力なモンスターの気配。


 健志郎の話が進むにつれて、店主の眠たそうな目が、徐々に鋭い光を帯びていく。そして、「ゴブリンとは異なる、狡猾で強力な気配」という言葉を聞いた瞬間、その表情は険しいものへと一変した。

 

「……間違いない。そいつは、ホブゴブリンだ」

 

 店主は、忌々しげに吐き捨てた。

 

「ゴブリンの上位種で、奴らを統率する司令塔だ。知能も身体能力も、ただのゴブリンとは比べ物にならん。奴らが複数体、地下に潜んでいるだと……? あの桜ヶ丘ダンジョンに?」


 店主は、ゆっくりと立ち上がると、店の奥から一枚の古い地図を広げた。それは、健志郎が持っているものよりも、さらに詳細な街の地下構造図だった。

 

「奴らは、ただ隠れているんじゃない。街の地下に、本格的な『巣』を築こうとしているんだろうな。下水道を拠点に、地上へ侵攻するためのな。公園の拠点は、その第一歩に過ぎん。いずれ、商業施設や、お嬢ちゃんの通う高校の地下にも、奴らの手が伸びるだろう」


 その言葉に、健志郎は血の気が引くのを感じた。


「今のままのお前の力では、奴らには勝てんだろうな」

 店主は、断言した。

 

「奴らを、ただのチンピラと思ったら大間違い。訓練された兵隊だ。お前が土壇場でひねり出すような、その場しのぎのクラフトでは、いずれ押し切られるだろうな」


 店主はそこで言葉を切ると、少し面白そうな目で健志郎を見た。

 

「だが、お前さんもただ指をくわえていたわけじゃあるまい。そのガントレットで、何か面白いことができるようになったんじゃないのか? 見せてみろ」


 店主の試すような視線。健志郎は、ゴクリと唾を飲むと、静かに左腕を掲げた。

 まず、彼は『影の偽装皮膚シャドウ・スキン』を発動した。ごく自然な、中年男性の左腕が、次の瞬間には、黒光りする金属のガントレットへと変貌する。

 

「ほう……」

 

 店主が、感心したように声を漏らす。

「自分の『影』をテンプレートに、皮膚を擬態させるか。面白いことを考える。その発想は、並の使用者にはなかったな」


 健志郎は、さらに続けた。

 

「これだけじゃない」

 

 彼は、足元に意識を集中し、『影の探査ソナー』を発動した。目に見えない影の波が、店の床下へと浸透していく。

 

「この店の床下……地下二メートルに、水道管が一本。その手前、この床下にネズミの巣が一つ。数は……七匹だ」

「……なんだと?」

 

 店主は、驚きに目を見開いた。そして、床の一点を強く踏みつける。すると、床下から、チチッと慌てたようなネズミの鳴き声が、確かに聞こえてきた。


 店主は、しばらく呆気にとられたように健志郎の顔を見つめていたが、やがて、腹の底から笑い出した。

 

「ククク……ハッハッハ!面白い!実に面白いぞ、おっさん!」

 

 彼は、涙を拭いながら言った。

 

「戦闘能力はからっきしだが、その応用力と発想力は、そこらのAランク探索者よりよほどタチが悪い! 危機管理能力、情報収集能力、そして、既存の能力を組み合わせで全く新しい価値スキルを生み出す……。まさしく、優秀なサラリーマンのやり口だ!」


 店主からの、予期せぬ賛辞だった。健志郎は、少しだけ誇らしい気持ちになった。

 

 しかし、店主はすぐに真顔に戻る。

 

「褒めてはやるが、これだけでは足りん。お前さんに必要なのは、敵の攻撃を防ぎ、確実に息の根を止めるための、強固な『武具』だ」


 店主は、健志郎のガントレットを指差した。

 

「『影喰らい』は、生命の『影』だけを喰らうわけじゃないのを教えてやろう。金属や鉱物、ありとあらゆる無機物の『影』も吸収できる。そして、より強固な武具をクラフトするためには、そういった硬質な素材の『影』が必要不可欠だ」


 店主は、店の隅にあった、錆びた鉄パイプを健志郎に投げ渡した。

 

「ほれ、喰らってみろ」


 健志郎は、言われるがままに、鉄パイプにガントレットを触れさせ、『影の吸収』を発動した。すると、鉄パイプは、まるで砂のように、サラサラと崩れ落ちていく。同時に、彼の脳内に、『鉄の硬度』『重量』『錆の概念』といった、無機質な情報が流れ込んできた。


「その調子で、もっと硬く、もっと強い『影』を喰らうんだな」


 店主は、健志郎に新たな「狩り場」を指し示す。

 

「街外れに、十年前に閉鎖された古い工場がある。そこには、お前さんの武具の素材となる、頑丈な鉄骨や特殊合金のスクラップが、山ほど眠っているはずだ。倉庫のネズミよりは、いくらか手強い『獲物』もいる()()な」


 新たな目的。

 健志郎は、店主に深々と頭を下げて店を出た。

 

 地下に潜むホブゴブリンとの決戦に備え、自らの装備をアップデートする。

 やるべきことは、明確だ。


 平凡なサラリーマンの、誰にも知られてはならない〝秘密の残業〟が、今始まる。

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