第6話
「こっちだ!」
カイはネイの手を引き、複雑に入り組んだ路地裏を走り抜けた。
人目のつかないさらに奥の路地の奥へ滑り込む。
二人して壁に体を預け、息を整える。
ネイは座り込むようにして膝を抱えていた。
カイは少し間を置いてから、口を開いた。
「なあ、お前。どうしてあんな連中に追われてたんだ?」
ネイは一瞬びくりと肩を震わせた。
そして、答えを言おうとするように唇を動かす……が、途中でやめた。
「……わかりません。……というか、あまり……話したくありません」
「そっか……悪い、無理に聞こうとしたな」
カイはその反応に深くは踏み込まず、目を逸らして言った。
けれど、ネイは言葉を選ぶように、ぽつりと続けた。
「……でも、きっと……“これ”のせいです。……僕に、“変な力”があるせい」
「力……?」
ネイはこくりと頷く。
けれど、それ以上は語ろうとせず、腕を強く抱きしめるだけだった。
(異能──か)
カイは口には出さなかったが、その言葉の重みを感じていた。
「……まあ、いいさ。今は逃げ切っただけで充分。命拾いできたんだからな」
そう言って、カイがわざと軽く笑うと、ネイもわずかに唇をゆるめた。
――だが、その静けさは、すぐに破られた。
「……コツ、コツ、コツ……」
硬質な足音が、石畳の路地裏に響く。
ゆっくりと、こちらへ向かってくる。
「……!」
カイは反射的に立ち上がり、剣に手をかけた。
背後から迫る気配。その歩幅、そのリズム──聞き覚えがある。
振り返ると、そこには。
“倒したはず”の痩せた男が、無言で立っていた。
目は虚ろで、口は半開き。
だが確かに、生きて歩いている。いや、“動いている”。
「嘘だろ……殺した……はずだろ……?」
ネイの小さな声が、震えを含みながらも、はっきりと告げる。
「……あれは、“鬼化”です。僕の……力です…」
「……“鬼化”って……お前の異能か?」
カイは剣を抜きながら、後ろのネイに問いかける。
視線の先では、痩せた男がゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
その歩みには、生きた人間の“揺らぎ”がない。
心も思考も削ぎ落とされたような、ただ“目的だけに向かう”動きだった。
「……はい。僕の力です。……一度だけ、死者を……“鬼”として呼び戻すんです」
ネイの声は小さいが、はっきりしていた。
「それって……蘇生ってことか?」
「違います……“命”じゃなくて、“動き”を戻すだけです。
心も、理性も、声も……もう、戻らない。……だから、あれはもう人間じゃないんです」
カイはその言葉を噛み締めた。
確かに、目の前にいる男は何かがおかしい。
さっき斬り捨てたときにはなかった、異様な“重み”が、その気配にある。
「……怖いんです。……僕が何をしてるのか、本当は……わかってなくて……
もし、次に呼び戻した誰かが……もっと酷いことをしたら……止められないかもしれない……」
その言葉に、カイは少しだけ目を細めた。
同情ではない。共感でもない。ただ、理解だった。
「……わかった。なら、お前はそこで見てろ」
カイは剣を構え直し、痩せた男へ一歩踏み出す。
「その代わり──俺はこいつに全力でぶつかる。
お前が作った鬼だろうが、過去に殺した奴だろうが……関係ねぇ。
今、俺の前に立ってるなら、ぶっ倒すだけだ」
闇の中で、カイの目が静かに光った。
次の瞬間、“鬼”が動いた。
“それ”は、一歩目から異常だった。
鬼と化した痩せた男が、足を踏み出した瞬間――カイの全身が警鐘を鳴らす。
速い。
さっきの斬り合いとは比べものにならない。
それはもう、ただの人間の動きじゃなかった。
「……っ、はえぇ!」
カイが踏み込む。
鋭く、躊躇なく斬りかかる。
狙いは頸動脈。迷いのない一閃。
だが──
ガキィン!
その刃は、鬼の剣に正確に受け止められた。
無言のまま、鬼は視線も動かさずに反撃の構えをとる。
「なっ──!」
間髪入れずに振るわれる返しの一撃。
剣筋は荒いのに、力が違う。カイは後方へ跳び退り、体勢を立て直す。
(まずい……明らかに“強くなってる”)
無意識のうちに、膝に力が入っていた。
鬼が走る。いや、突進する。
石畳を砕きながら、一直線に。
カイは剣を振り上げ、真正面から受けにいった。
「──うおおおおっ!」
打ち合い。
だが──
ゴガッ!!
次の瞬間、カイの体が宙を舞った。
剣ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「がはっ……!」
肺の空気が一気に抜け、視界が白く染まる。
背中が鈍く痺れ、剣は手から滑り落ちた。
(こんな……まるで、怪物じゃねぇか……!)
鬼は歩いてくる。
無言で、感情もなく、ただ殺すために。
ネイの力。
“鬼化”の現実。
――これが、“異能の世界”か。
カイは、唇を噛みながら、立ち上がった。
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