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4話



あれから一ヶ月が経った。

山奥の一軒家での生活にも慣れ、傷を癒やしたカイはすっかりクレイグと打ち解けていた。今では敬語も取れ、互いに素の口調で話し合うほどの仲だ。


「因みに言い忘れてたがお前にも異能はあるぞ」


ふとクレイグがなんてこと無いように重要なことをいい出した


「はぁっ!?俺に異能!?なんでそんな事する分かるんだよ」


カイが目を見開き驚き、信じられないというふうに聞く


「俺にも異能があってな、鑑定って能力だ、こいつは他人に異能があるのか、あるならどんな異能なのか、それらをはっきり教えてくれる力だ」


「俺の異能って、なんなんだよ?」


晴れ渡る青空の下、家の前の広場で木々の枝を掃き集めながら、カイがぽつりと問いかけた。修行の合間の一息。汗を拭いながらの質問だった。


クレイグはそれを聞いて、ニヤリと笑う。


「それは秘密だ」


「ええっ、なんだよ言わねぇのかよ!」


「当然だ。異能に頼りすぎる戦いをする奴は、いざというとき脆い。まずは身体で戦えるようになってからだ。それまでは、黙って俺に従え」


「……くっそ、ケチ」


ふてくされた様子でカイは吐き捨てたが、その顔にはどこか楽しげな色も浮かんでいた。クレイグが本気で教えてくれていることは、言葉の端々から伝わっていたからだ。


クレイグもそれを見て、満足げに頷く。


「異能を扱うには、まず“お前自身”を作り直す必要がある。基礎からな。いいな、これは『力』の話じゃなくて、『芯』の話だ」


「……芯、か」


カイは小さくつぶやき、真剣な顔で頷いた。




「じゃあ、ちょっと見せてみろ。構えてみな」


「……構えって、どんな?」


「お前な……」


クレイグは頭をポリポリと掻いたあと、無言で一本の木の枝を拾い、足を開いて構えてみせた。両腕は自然に、重心は低く、無駄のない動きだった。


「こうだ。とりあえず真似しろ」


「こうか……?見よう見まねだけどな」


カイも枝を手に取り、一磨の真似をしてみる。動きは硬いが、重心の置き方や姿勢に目立った乱れはない。


「……お前、思ったより筋がいいな。動きの軸がぶれてない」


「そうか? 村でよく走り回ってただけだけど」


「いや、そういう“体の使い方”が染みついてる奴は伸びる。力だけじゃなくて、重心や呼吸もな。だが──」


一磨はぴたりと言葉を止め、カイの手元を指さした。


「その構えじゃ、武器を振るう前にバランス崩す。力任せに振り回せば自滅するだけだ」


「ちっ……いちいち厳しいな」


「当たり前だ。これから叩き込むんだからな。お前の体に、“戦える動き”をな」


クレイグの目は真剣だった。カイも、背筋が自然と伸びるのを感じていた。


「まずは型だ」


クレイグははっきりと告げた。


「技なんか教えるのはまだまだ先。まずは基本の動き、型の習得だ。繰り返しで体に刻み込め」


「地味だな……」


カイは思わずぼやいたが、クレイグは気にした様子もなく続ける。


「型は“動きの骨格”だ。どんな技も型が崩れていれば決まらない。力だけで押し切ろうとする奴ほど早く死ぬ」


「……わかったよ。で、どんなのやるんだ?」


「剣を想定した基礎型から始める。まだ実物は握らせん。まずは枝で十分だ」


そう言って、クレイグは再び枝を構え、ゆっくりとした動作で一連の動きを見せる。踏み込み、振り下ろし、引き、構え直す。動きには一切の無駄がなかった。


「これを、百回。……いや、まずは五十回でいい。形だけでも真似してみろ」


「……なるほどね」


カイは息を整え、枝を持って構えた。先ほど教えられた通りに足を開き、重心を落とす。そして、ゆっくりと振り下ろす。


「いっち、に……さんっ……!」


カイの声が山間に響く。陽の光が枝葉の隙間から降り注ぎ、彼の額に光る汗を浮かばせていた。


クレイグの指導どおりに構え、振り下ろし、また戻す。ただそれだけの繰り返し。けれど簡単にはいかない。最初の数回はなんとか形になっていたが、数十回を超えた頃には、腕も脚もぷるぷると震え始めていた。


「手応えは?」


「……地味すぎて死にそう」


「そうか。じゃあ倍に増やすか」


「やめてええええ!」


叫びながらも手は止めずに振り続ける。その姿を見ながら、クレイグは腕を組み、小さく笑う。


(言い訳ばっかりだが、動きは止めない……根性はあるな。やはりこいつ、化けるかもしれん)


その目には、ほんの少しだけ期待の光が宿っていた。


カイは汗と共に、何かを刻み込むように枝を振り続ける。

地味で、退屈で、誰にも見られない修行。

けれどその日から、少年の歩みは確かに始まっていた。

それからいくつかの時が過ぎた。

冬が訪れ、春が過ぎ、夏を乗り越え、秋が実りをもたらし、また冬が来る。

この月日の流れを繰り返すこと3度。


三年。

それは決して短くない歳月だった。

そして、決して楽ではない日々だった。


「……よし。そこで止めろ。姿勢を崩すな」


木漏れ日の射す庭先に、一振りの剣が音を立てて振り下ろされる。

剣の動きは鋭く、無駄がなく、止まった瞬間には空気が張り詰めたようだった。


「型、百本。剣。完了」


カイは短く呟き、木剣を納めるように肩へ担いだ。

すっかり筋肉のついた腕。動きに淀みはない。かつての、ひ弱な少年の姿はもうどこにもなかった。


この三年間、クレイグは徹底的に叩き込んだ。


剣の扱い。槍の間合い。棒の応用。

臨機応変に動けるようにと、弓矢も触らせた。

どんな状況でも戦えるように、地形ごとの戦い方も教えた。


崖を駆ける。林を抜ける。川を渡る。

そして、素手でも戦えるようにと投げ技、締め技、打撃も一通り指導された。


クレイグはほとんど感情を見せなかったが、稽古のたびにカイの変化に目を細めていた。


「少しは戦士の顔になってきたじゃねえか」


いつだったか、ぽつりと漏らしたその一言だけで、カイは何日も嬉しかった。


彼はもう、あの日の少年ではなかった。

この山で過ごした時間は、確かな力と、生きる覚悟を彼に与えていた。



ある晩、焚き火の前で湯を沸かしていた時のことだった。

木のはぜる音と虫の声が交じり合う静けさのなか、一磨がぽつりと切り出した。


「……そろそろ、教えておくか」


「ん? 何を?」


「お前の異能だ」


カイは一瞬目を見開いた。

何度尋ねても「秘密だ」の一点張りだったクレイグが、自ら切り出すなんて。


「“遅延化”。それが、お前の力の名だ」


「ちえんか……?」


「簡単に言えば、対象に“遅れ”を与える異能。斬撃、銃弾、動作、思考──どんな動きでも、一定時間だけ遅らせることができる」


「……なんだそれ、めちゃくちゃ強くないか?」


「強い。だが、代償もでかい」


クレイグはマグカップに湯を注ぎながら、真剣な眼差しを向けてきた。


「脳に負荷がかかる。時間をずらす処理は無理を強いる行為だ。最悪、意識を飛ばすこともある。身体もその後で動かなくなる可能性がある」


「……」


「異能に頼れば勝てる。だが、異能に頼りすぎれば死ぬ。だから三年、何も言わず鍛えた」


湯気の立ち上る中で、クレイグの言葉が重く響く。

カイは静かに頷いた。


「──わかった。異能は最後の手段ってことだな」


「そういうこった」


焚き火の火が弾けた音に、どちらともなく笑みがこぼれた


翌朝、クレイグはぽつりと呟いた。


「……そろそろ、お前も出ていく頃だな」


唐突すぎて、カイは手にしていた水筒を落としかけた。


「は? どういう意味だよ。急に追い出すのか?」


「違ぇよ。三年も叩き込んで、もう基礎は出来上がった。あとは、お前自身が外に出て、己で戦ってこそ完成する」


「……けど、どこに行けばいい?」


焚き火に薪をくべながら、カイが問う。


クレイグは懐から一枚の地図を取り出した。

雑に折りたたまれたそれには、南方の広大な領地が赤鉛筆で囲まれている。


「このあたりに、妙な奴がいるらしい。“素手で戦う赤毛の女”だとよ、

闘技場で連戦連勝中の期待の若手だそうだ」


「……!」


一瞬で、頭の中に焼き付いていた面影が蘇る。

リナ──自分をいつも振り回して、守ってくれて、そしてあの濁流の中に消えていった少女。


カイの手が、地図を震えるように握った。


「生きてる……かもしれないってことか?」


「確証はねぇ。だが、お前が探す価値はあると思った。それだけだ」


カイは地図をじっと見つめる。

燃え残った薪が崩れ、ぱち、と火の粉が舞った。


「……行くよ。俺が、確かめなきゃならねぇから」


その目には、かつてないほどの決意が宿っていた。


朝靄が山の中腹をゆっくりと満たしていた。

空気は冷たく澄んでいて、鳥の鳴き声がかすかに聞こえる。

カイは、背中に旅装束を背負い、玄関先に立っていた。


「……三年間、お世話になりました」


「礼なんていらん。俺が好きでやったことだ」


クレイグは相変わらずの調子で、薪を割っていた。


カイは少し迷ってから、手を伸ばし、道具置き場の片隅にあった鉄剣を手に取る。


「これ、持っていっていいか?」


「壊すなよ。お前の初めての剣だ」


その言葉に、カイは少しだけ目を細めた。


「なあ……俺、ちゃんと戦えると思うか?」


その問いに、クレイグは斧を振り上げる手を止めることなく答えた。


「……当たり前だろ、俺の修行についてこれたんだ。

お前は十分強い」


カイは一瞬、息を飲んだ。

それは、信頼でも激励でもなく、ただ事実として語られた一言だった。


だからこそ、重かった。


「じゃあ、行ってくる」


「行け。振り返るな。今さら“元の場所”なんて、どこにもねえんだからな」


カイはゆっくりとうなずき、山道を下りはじめた。

背中に、陽光が差し始める。


その光の中で、少年は歩き出した。

過去のすべてを背負って、ただ一つの答えを探す旅へと。








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