3話
「う……ここは……?」
カイは目を覚ました。鼻をつく木の香りと、静まり返った空気。軋む音と共に体を起こすと、目に映ったのは見知らぬ天井と粗末な木造の室内だった。
「ここは……どこ……?」
頭はぼんやりとしていて、全身が鉛のように重い。だが、次第に脳裏に浮かび上がる記憶が、心を締め付けた。
——村の炎。異形の襲撃。リナの血。吹き飛ばされ、そして……
「リナっ!」
思わず声を張り上げていた。ベッドから飛び起きようとして、全身に激痛が走る。
「おいおい、起き抜けにそれは無茶ってもんだ」
その声に振り返ると、入り口には見知らぬ男が立っていた。無造作な黒髪に無精髭。粗末な服を着ているが、がっしりとした体格で、どこか只者ではない雰囲気を放っていた。
「まさか人間が川から流れてくるとはな。しかも生きてる。奇跡だよ」
男はニヤリと笑って言う。
「……あなたが助けてくれたんですか?」
「ああ。名前はクレイグ。山で静かに暮らしてる世捨て人ってとこさ。お前さんの名前は?」
「……カイです。」
「カイか。で、聞きたいことがあるんだろ?」
カイは一瞬息を呑み、すぐに言葉を吐き出した。
「俺と一緒にいた女の子……リナは、どうなりましたか?」
クレイグの表情がわずかに曇る。
「すまねえ。見つけたのはお前だけだった」
その言葉に、心臓を冷たい手で掴まれたような感覚が走る。
「そんな……リナが……」
「死んだとは限らねぇ。あの流れだ、下流に流されたって可能性はある。俺の小屋の周辺には来てなかっただけだ」
「……そう、ですよね……」
薄く笑おうとして、うまくいかなかった。
「話してくれ。何があった?」
クレイグに促されるまま、カイはあの日のことを語り始めた。村を襲った異形、呻き声、炎。リナの異様な強さ。逃げる途中での攻撃、そして崖から落ちて——
「……気がついたら、ここでした」
クレイグは腕を組んでしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「なるほど。異形……あいつが関係してるな」
「知ってるんですか?」
「ああ。あの手合いは、この国じゃまだ馴染みが薄いが、裏の世界じゃ名が通ってる連中が関わってる。異形も、異能もな」
「異能……」
「リナって子、変な力を使ったろ?」
「はい。あの時、いつもと全然違う……何かが爆発するような拳を打ち込んでました。俺、何が起きたのか分からなかった」
「それが異能だ。限られた人間だけが持つ力。生まれつき持ってるか、過酷な体験を経て目覚めるか……だ」
「じゃあ、リナは……」
「生きてる可能性は十分ある。だが——」
クレイグは真っ直ぐな目でカイを見据えた。
「今のままじゃ、探しに行ったって何もできねぇ。力がなきゃ、何も守れねぇ」
カイは唇を噛み締め、震える拳を見つめながら、それでもはっきりと答えた。
「分かってます……。でも、俺は行きたい。たとえ根拠がなくても、生きてるって……信じたいから」
その言葉に、クレイグの表情がわずかに和らぐ。
「ふっ……根性はあるじゃねえか」
そして、ぽりぽりと頭をかいた。
「山を下りるだけでも命がけだ。街に出ても、コネも情報もねえ。そんな奴が人探し? 笑わせんなって話だが——」
クレイグはカイの瞳を真正面から見据えた。
「……だから、俺が鍛えてやる」
その言葉に、カイの目が見開かれた。
「えっ……でも、なんで……そこまで……?」
川で拾われただけの、自分に。命の恩人とはいえ、そこまでしてくれる理由なんてどこにもないはずだった。
しかしクレイグは、にやりと笑って言った。
「……子供を助けるのに、理由がいるか?」
その一言が、すとんとカイの心に落ちた。
この男のことは何も知らない。
けれど、信じてみたい。
——一度、助けた相手に裏切られたとしても。
カイは拳を握り、頭を下げた。
「お願いします! 俺を、強くしてください!」
「おう! 任せとけ!」
そうして、絶望の中にいた少年に——初めての“師”ができた。
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