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【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

青春よりも、日常だった

作者: 津籠睦月
掲載日:2025/03/09

 結局、青春なんて、どこにあったんだろう。

 

 三年間の思い出の中に、それらしき記憶を探(さが)してみても、見つけられずに途方(とほう)に暮(く)れる。

 人生に一度きりしかない、貴重(きちょう)なこの三年間――俺は一体(いったい)、何をやってきたんだ?

 

 もう終わりだなんて実感の無いまま、半(なか)ば呆然(ぼうぜん)と卒業式に臨(のぞ)む。

 小学生の頃(ころ)なら、歌の練習や予行演習(リハーサル)で、嫌でも卒業までのカウントダウンを意識させられた。

 だけど、準備も何もおざなりな今じゃ、巣立(すだ)ちの覚悟(かくご)も何も湧(わ)かない。

 本当にこれでもう、俺の高校生活が終わってしまうのだろうか。

 何だか、変な夢でも見ている気分だ。

 

 思えば入学したての頃(ころ)は、中学より断然(だんぜん)長く遠くなった通学路に辟易(へきえき)して「こんな生活、早く終われ」なんて思っていた気がする。

 そんな登下校にもいつの間にか慣(な)れて、しんどく感じていたことさえ忘れていた。

 もう、あの道を通ることもなくなるんだ。

 

 入ったばかりの頃は新鮮(しんせん)で物珍(ものめず)しかった校舎(こうしゃ)も、気づけば見飽(みあ)きて何の感慨(かんがい)も湧(わ)かない。

 いつの間にか、ここで毎日過ごすのが“当たり前”になっていた。

 思い返して浮かんで来るのは、特別でも、美しくもない、ごくありふれた日々ばかり。

 部活で名を残したわけでもなければ、成績(せいせき)で一目(いちもく)置かれたわけでもない。

 普通にテストに苦労して、普通に授業(じゅぎょう)を退屈(たいくつ)がって、普通に友達と阿呆(あほ)なことばかり言っていた、そんな平凡(へいぼん)な日々たちの記憶(きおく)。

 青春って、もっとこう、キラキラして鮮烈(せんれつ)で、思い返すとハッと胸を衝(つ)かれる記憶(もの)じゃなかったのか?

 

 校長や来賓(らいひん)の長話に飽(あ)きて、何となく二階の窓を見上げる。

 空はそこまで青くもないが、よく晴れていて「いい天気だなー」と思う。

 特別綺麗(きれい)でも、印象的でもない、いつも通りの青空。

 普段(ふだん)とまるで違(ちが)う体育館の内側(なか)とは裏腹(うらはら)に。

 

 思えば“卒業式”って、何だか“やらされてる感”が強い。

 めでたくて有難(ありがた)い“人生の節目(ふしめ)”ってヤツなんだろうけど、正直(しょうじき)、何のためにやっているのか今イチよく分からない。

 体育祭や文化祭のように“楽しむ”って感じのイベントでもないし、ひんやりしたパイプ椅子(いす)に畏(かしこ)まって座(すわ)らされているのなんて、むしろ苦行(くぎょう)でしかない。

 しんみり感傷(かんしょう)に浸(ひた)ろうにも、何だか現実感が無さ過ぎて、そういう気持ちも湧(わ)いて来ない。

 俺がドライ過ぎるだけなんだろうか?

 

 もう、今日が最後だから、目に灼(や)きつけておいた方が良(い)いんだろうな。

 体育館と校舎を繋(つな)ぐ通路の、ナナメに走ったヒビ割(わ)れも。

 校長室の横の、俺とは無関係なトロフィーの数々も。

 黒板の上の、何の特徴(とくちょう)も無い無機質(むきしつ)な掛(か)け時計も。

 手持無沙汰(てもちぶさた)になるたびに眺(なが)めていた、机(つくえ)の木目(もくめ)のぐねっとした模様(もよう)も。

 ちゃんと覚(おぼ)えておかないと、きっと在(あ)ったことすら忘れてしまう。

 何の面白味(おもしろみ)も無い校内風景でも、明日からは目にすることもできなくなるんだ。

 

 学校にいる三年間は、何となくこの平凡な日々が、ずっと続いていくような気がしていた。

 そんなことあるはずもないと、頭では分かっていても――あまりにもこの毎日に馴染(なじ)み過ぎて、そこから離(はな)れた自分を思い描けなかった。

 だけど、もう終わりなんだ。

 何だか嘘(うそ)みたいな気分だが、俺は明日から、全く違(ちが)う毎日を生きることになる。

 この、人生が一度リセットされる感覚、何度味わっても慣(な)れる気がしない。

 

 振(ふ)り返ってみても「もう一度繰(く)り返したい」と思えるほど、特別な日々でもなかった。

 毎朝あの時間に起きなければいけないのは眠(ねむ)くて嫌だったし、授業の予習やテスト勉強なんて、もう二度とやりたくない。

 勉強に部活にイベントにと盛(も)り沢山(だくさん)な学校生活は、全てを全力でやり切るには時間も気力も足(た)りな過ぎて、いつしか俺はラクで無難(ぶなん)な道に逃(に)げていた。

 限界まで力を尽(つ)くしたことなんて無い、出し惜(お)しみの適当(テキトー)な学園生活。

 そんなので大(たい)した結果なんて出るはずもないのに。

 

 キラキラした青春とはほど遠い、どこかグダグダな日々。

 楽しくなかったわけではないが「もっと青春できたんじゃないか」という後悔(こうかい)が無いわけでもない。

 三年間なんて、長いようであっと言う間なんだな。

 いつか訪(おとず)れると、心のどこかで期待(きたい)していた“青春らしい青春”は、結局(けっきょく)俺には訪れないままだった。

 

 現実感なんて無いままに、校門前でダラダラと、学校を出るまでの時間を引き延(の)ばす。

 校舎の脇(わき)の花の木は、うっすらと色づいてはいるが、まだ咲きそうで咲かない。

 花びらでも散っていれば、もっと画(え)になるのだろうが、そう上手くはいかないものだ。

 

 クラスの女子の何人かは、涙で目を濡(ぬ)らしている。

 だが、俺も、その周りの奴(ヤツ)らも、涙どころかしんみりとさえしていない。

 コイツらとも、卒業後は滅多(めった)に会えなくなる。

 毎日毎日、見飽(みあ)きるほど顔を見てきたのに、明日からは急に顔も見られなくなる。

 互(たが)いにそれが分かっているのに、今日も特別な会話など無く、いつも通りに駄弁(ダベ)って終わる。

 これで地元を出て行く奴もいるのに、“別れを惜(お)しむ”という概念(がいねん)さえ無いくらいだ。

 

 泣いている人間を見ると、俺は薄情(はくじょう)なのだろうか、と少し悩(なや)む。

 だが、きっとそういうことじゃない。

 俺にとって学校での日々は、特別でも青春でもない、当たり前の日常だった。

 だから、大切なものを失う喪失感(そうしつかん)なんて湧(わ)いて来ない。

 じわじわと胸に滲(にじ)んで来るのは、当たり前に在(あ)ったはずのものを失う、途方(とほう)に暮れる現実感の無さ。

 居場所(いばしょ)をふいに失った、迷子のような気持ち。

 進路という意味でなら、行くべき先は分かっている。

 だけど、それがあまりに真っ白な未知の道過ぎて、呆然(ぼうぜん)と立ち尽(つ)くしてしまう――そんな気持ちだ。

 

 本当にこれで終わってしまうんだろうか、と、くだらない話をしながら思う。

 もう、この門の中に足を踏(ふ)み入れることも、なくなるんだろうか。

 こんなに毎日、厭(いや)になるほど通(かよ)って来たのに。

 見慣(みな)れて見飽(みあ)きた日常が、日常じゃなくなる。

 それまで俺の世界だった場所が、俺の世界じゃなくなる。

 俺とは遠く離(はな)れた、俺じゃない別の誰かの日常、他の誰かの世界になる。

 そんなの、今は想像もつかない。

 

 最初はそこら中(じゅう)に屯(たむろ)していた卒業生たちも、一人、また一人と、家族に呼ばれて人の輪(わ)から離れて行く。

 今日はこのまま家族と帰る奴が多いから、いつまでもここに留(とど)まってはいられないのだ。

 互いに引き留(と)めたりはせず、未練(みれん)な素振(そぶ)りも見せずに「じゃあ」なんて片手を挙(あ)げて、あっさり校門の外へ去(さ)って行く。

 そんな淡白(たんぱく)な別れで良(い)いのか、なんて思いつつ、俺もまた特別な別れの言葉なんて言わずに出て行く。

 ……だって、急にそんな感情的な挨拶(あいさつ)なんてしだしたら、ガラでもなくて恥(は)ずかしいだろう。

 

 いつものように笑って別れて、いつもと同じように躊躇(ちゅうちょ)も無く、学校を後にする。

 久しぶりに回転寿司でも行くか、なんて言う親に、卒業記念だから高い皿取ってもいいか、なんて訊(き)く。

 後ろを振(ふ)り返ることもない。

 

 こんな、ありふれた日常でも、いつか遠く振り返った時、青春と呼べるようになるのだろうか。

 思い出は美化される。

 退屈(たいくつ)なアレコレや、取るに足(た)りない記憶たちが削(そ)ぎ落された三年間は、キラキラした青春の結晶(けっしょう)になれるだろうか。

 

 記憶に刻(きざ)むに値(あたい)しない、ありきたりな日常の、瑣末(さまつ)な出来事(できごと)。

 だけど何となく、それを削(そ)ぎ落してしまうのが惜(お)しい気もする。

 青春らしさの欠片(かけら)も無い日常でも、俺はここに、確(たし)かに存在(そんざい)していた。

 誰(だれ)に誇(ほこ)れるわけでもない平凡な日々でも――毎朝、決まった時間に起きて、長い通学路を通って、退屈な授業や面倒(めんどう)な予習・課題(かだい)を乗り越(こ)えて……一日一日を積(つ)み重(かさ)ねてきた。

 俺までが否定(ひてい)してしまったら、きっと本当に無価値(むかち)で意味の無い日々になってしまう。

 きっと、誰に訊(き)いたところで“並(なみ)”だとか“普通”だとかいう感想しかもらえない三年間――そこに価値を置いて愛(め)でてやれるのなんて、きっと俺くらいしかいないから。

 

 今日で最後の通学路を親の車で辿(たど)りながら、三年間の記憶の断片(だんぺん)を、とりとめもなく回想する。

 それはやっぱり、ごく一般的などこにでもある日常で、青春なんて探しても見つからない。

 愛(いと)おしいと呼べるほど、感動的でもない。

 だが、何となく、微笑(ほほえ)ましくはある。

 きっと、いつか思い出した時、懐(なつ)かしくて微笑(わら)ってしまうくらいのことはあるだろう。

 

 いつもは曲(ま)がらない交差点(こうさてん)を右折(うせつ)して、通学路のルートからも外(はず)れていく。

 見慣(みな)れた風景が遠ざかっていくのを感じながら、心の中で折(お)り合(あ)いをつける。

 ――これで、もう本当に終わりなんだ。

 未(いま)だあやふやな現実感ごと、今までの三年間を記憶の収納袋(ポケット)にしまい込(こ)む。

 明日からは、今日までと違(ちが)う、新しい日常だ。

 決意と言うほどではなく、覚悟(かくご)と言うほどでもなく、ただ、あるべきものをやっと認(みと)めた感覚で――俺は、もう戻(もど)ろうとしても戻れない日常に、別れを告(つ)げた。

Copyright(C) 2025 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.


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