表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【オムニバスSS集】青過ぎる思春期の断片

青春よりも、日常だった

作者: 津籠睦月

 結局、青春なんて、どこにあったんだろう。

 

 三年間の思い出の中に、それらしき記憶を(さが)してみても、見つけられずに途方(とほう)()れる。

 人生に一度きりしかない、貴重(きちょう)なこの三年間――俺は一体(いったい)、何をやってきたんだ?

 

 もう終わりだなんて実感の無いまま、(なか)呆然(ぼうぜん)と卒業式に(のぞ)む。

 小学生の(ころ)なら、歌の練習や予行演習(リハーサル)で、嫌でも卒業までのカウントダウンを意識させられた。

 だけど、準備も何もおざなりな今じゃ、巣立(すだ)ちの覚悟(かくご)も何も()かない。

 本当にこれでもう、俺の高校生活が終わってしまうのだろうか。

 何だか、変な夢でも見ている気分だ。

 

 思えば入学したての(ころ)は、中学より断然(だんぜん)長く遠くなった通学路に辟易(へきえき)して「こんな生活、早く終われ」なんて思っていた気がする。

 そんな登下校にもいつの間にか()れて、しんどく感じていたことさえ忘れていた。

 もう、あの道を通ることもなくなるんだ。

 

 入ったばかりの頃は新鮮(しんせん)物珍(ものめず)しかった校舎(こうしゃ)も、気づけば見飽(みあ)きて何の感慨(かんがい)()かない。

 いつの間にか、ここで毎日過ごすのが“当たり前”になっていた。

 思い返して浮かんで来るのは、特別でも、美しくもない、ごくありふれた日々ばかり。

 部活で名を残したわけでもなければ、成績(せいせき)一目(いちもく)置かれたわけでもない。

 普通にテストに苦労して、普通に授業(じゅぎょう)退屈(たいくつ)がって、普通に友達と阿呆(あほ)なことばかり言っていた、そんな平凡(へいぼん)な日々たちの記憶(きおく)

 青春って、もっとこう、キラキラして鮮烈(せんれつ)で、思い返すとハッと胸を()かれる記憶(もの)じゃなかったのか?

 

 校長や来賓(らいひん)の長話に()きて、何となく二階の窓を見上げる。

 空はそこまで青くもないが、よく晴れていて「いい天気だなー」と思う。

 特別綺麗(きれい)でも、印象的でもない、いつも通りの青空。

 普段(ふだん)とまるで(ちが)う体育館の内側(なか)とは裏腹(うらはら)に。

 

 思えば“卒業式”って、何だか“やらされてる感”が強い。

 めでたくて有難(ありがた)い“人生の節目(ふしめ)”ってヤツなんだろうけど、正直(しょうじき)、何のためにやっているのか今イチよく分からない。

 体育祭や文化祭のように“楽しむ”って感じのイベントでもないし、ひんやりしたパイプ椅子(いす)(かしこ)まって(すわ)らされているのなんて、むしろ苦行(くぎょう)でしかない。

 しんみり感傷(かんしょう)(ひた)ろうにも、何だか現実感が無さ過ぎて、そういう気持ちも()いて来ない。

 俺がドライ過ぎるだけなんだろうか?

 

 もう、今日が最後だから、目に()きつけておいた方が()いんだろうな。

 体育館と校舎を(つな)ぐ通路の、ナナメに走ったヒビ()れも。

 校長室の横の、俺とは無関係なトロフィーの数々も。

 黒板の上の、何の特徴(とくちょう)も無い無機質(むきしつ)()け時計も。

 手持無沙汰(てもちぶさた)になるたびに(なが)めていた、(つくえ)木目(もくめ)のぐねっとした模様(もよう)も。

 ちゃんと(おぼ)えておかないと、きっと()ったことすら忘れてしまう。

 何の面白味(おもしろみ)も無い校内風景でも、明日からは目にすることもできなくなるんだ。

 

 学校にいる三年間は、何となくこの平凡な日々が、ずっと続いていくような気がしていた。

 そんなことあるはずもないと、頭では分かっていても――あまりにもこの毎日に馴染(なじ)み過ぎて、そこから(はな)れた自分を思い描けなかった。

 だけど、もう終わりなんだ。

 何だか(うそ)みたいな気分だが、俺は明日から、全く(ちが)う毎日を生きることになる。

 この、人生が一度リセットされる感覚、何度味わっても()れる気がしない。

 

 ()り返ってみても「もう一度()り返したい」と思えるほど、特別な日々でもなかった。

 毎朝あの時間に起きなければいけないのは(ねむ)くて嫌だったし、授業の予習やテスト勉強なんて、もう二度とやりたくない。

 勉強に部活にイベントにと()沢山(だくさん)な学校生活は、全てを全力でやり切るには時間も気力も()りな過ぎて、いつしか俺はラクで無難(ぶなん)な道に()げていた。

 限界まで力を()くしたことなんて無い、出し()しみの適当(テキトー)な学園生活。

 そんなので(たい)した結果なんて出るはずもないのに。

 

 キラキラした青春とはほど遠い、どこかグダグダな日々。

 楽しくなかったわけではないが「もっと青春できたんじゃないか」という後悔(こうかい)が無いわけでもない。

 三年間なんて、長いようであっと言う間なんだな。

 いつか(おとず)れると、心のどこかで期待(きたい)していた“青春らしい青春”は、結局(けっきょく)俺には訪れないままだった。

 

 現実感なんて無いままに、校門前でダラダラと、学校を出るまでの時間を引き()ばす。

 校舎の(わき)の花の木は、うっすらと色づいてはいるが、まだ咲きそうで咲かない。

 花びらでも散っていれば、もっと()になるのだろうが、そう上手くはいかないものだ。

 

 クラスの女子の何人かは、涙で目を()らしている。

 だが、俺も、その周りの(ヤツ)らも、涙どころかしんみりとさえしていない。

 コイツらとも、卒業後は滅多(めった)に会えなくなる。

 毎日毎日、見飽(みあ)きるほど顔を見てきたのに、明日からは急に顔も見られなくなる。

 (たが)いにそれが分かっているのに、今日も特別な会話など無く、いつも通りに駄弁(ダベ)って終わる。

 これで地元を出て行く奴もいるのに、“別れを()しむ”という概念(がいねん)さえ無いくらいだ。

 

 泣いている人間を見ると、俺は薄情(はくじょう)なのだろうか、と少し(なや)む。

 だが、きっとそういうことじゃない。

 俺にとって学校での日々は、特別でも青春でもない、当たり前の日常だった。

 だから、大切なものを失う喪失感(そうしつかん)なんて()いて来ない。

 じわじわと胸に(にじ)んで来るのは、当たり前に()ったはずのものを失う、途方(とほう)に暮れる現実感の無さ。

 居場所(いばしょ)をふいに失った、迷子のような気持ち。

 進路という意味でなら、行くべき先は分かっている。

 だけど、それがあまりに真っ白な未知の道過ぎて、呆然(ぼうぜん)と立ち()くしてしまう――そんな気持ちだ。

 

 本当にこれで終わってしまうんだろうか、と、くだらない話をしながら思う。

 もう、この門の中に足を()み入れることも、なくなるんだろうか。

 こんなに毎日、(いや)になるほど(かよ)って来たのに。

 見慣(みな)れて見飽(みあ)きた日常が、日常じゃなくなる。

 それまで俺の世界だった場所が、俺の世界じゃなくなる。

 俺とは遠く(はな)れた、俺じゃない別の誰かの日常、他の誰かの世界になる。

 そんなの、今は想像もつかない。

 

 最初はそこら(じゅう)(たむろ)していた卒業生たちも、一人、また一人と、家族に呼ばれて人の()から離れて行く。

 今日はこのまま家族と帰る奴が多いから、いつまでもここに(とど)まってはいられないのだ。

 互いに引き()めたりはせず、未練(みれん)素振(そぶ)りも見せずに「じゃあ」なんて片手を()げて、あっさり校門の外へ()って行く。

 そんな淡白(たんぱく)な別れで()いのか、なんて思いつつ、俺もまた特別な別れの言葉なんて言わずに出て行く。

 ……だって、急にそんな感情的な挨拶(あいさつ)なんてしだしたら、ガラでもなくて()ずかしいだろう。

 

 いつものように笑って別れて、いつもと同じように躊躇(ちゅうちょ)も無く、学校を後にする。

 久しぶりに回転寿司でも行くか、なんて言う親に、卒業記念だから高い皿取ってもいいか、なんて()く。

 後ろを()り返ることもない。

 

 こんな、ありふれた日常でも、いつか遠く振り返った時、青春と呼べるようになるのだろうか。

 思い出は美化される。

 退屈(たいくつ)なアレコレや、取るに()りない記憶たちが()ぎ落された三年間は、キラキラした青春の結晶(けっしょう)になれるだろうか。

 

 記憶に(きざ)むに(あたい)しない、ありきたりな日常の、瑣末(さまつ)出来事(できごと)

 だけど何となく、それを()ぎ落してしまうのが()しい気もする。

 青春らしさの欠片(かけら)も無い日常でも、俺はここに、(たし)かに存在(そんざい)していた。

 (だれ)(ほこ)れるわけでもない平凡な日々でも――毎朝、決まった時間に起きて、長い通学路を通って、退屈な授業や面倒(めんどう)な予習・課題(かだい)を乗り()えて……一日一日を()(かさ)ねてきた。

 俺までが否定(ひてい)してしまったら、きっと本当に無価値(むかち)で意味の無い日々になってしまう。

 きっと、誰に()いたところで“(なみ)”だとか“普通”だとかいう感想しかもらえない三年間――そこに価値を置いて()でてやれるのなんて、きっと俺くらいしかいないから。

 

 今日で最後の通学路を親の車で辿(たど)りながら、三年間の記憶の断片(だんぺん)を、とりとめもなく回想する。

 それはやっぱり、ごく一般的などこにでもある日常で、青春なんて探しても見つからない。

 (いと)おしいと呼べるほど、感動的でもない。

 だが、何となく、微笑(ほほえ)ましくはある。

 きっと、いつか思い出した時、(なつ)かしくて微笑(わら)ってしまうくらいのことはあるだろう。

 

 いつもは()がらない交差点(こうさてん)右折(うせつ)して、通学路のルートからも(はず)れていく。

 見慣(みな)れた風景が遠ざかっていくのを感じながら、心の中で()()いをつける。

 ――これで、もう本当に終わりなんだ。

 (いま)だあやふやな現実感ごと、今までの三年間を記憶の収納袋(ポケット)にしまい()む。

 明日からは、今日までと(ちが)う、新しい日常だ。

 決意と言うほどではなく、覚悟(かくご)と言うほどでもなく、ただ、あるべきものをやっと(みと)めた感覚で――俺は、もう(もど)ろうとしても戻れない日常に、別れを()げた。

Copyright(C) 2025 Mutsuki Tsugomori.All Right Reserved.


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ