SPI スパイ
化学の進歩により病での死者数が低下した21xx年、現在では別の死因が世界中の人間の悩みの種となっていた。
魔物と人間たちが街中で戦う光景が半日常的になってしまった現代で、人々を救う『攻略者』通称『ハンター』になることを夢見て見習いへとなった主人公三谷怜。順調に夢を追えていたと思っていたが、思わぬトラブルへと巻き込まれていく。
欺き、もがき、成長し、抗っていく、怜のスパイとしての人生が幕を開ける。
目を開けるとそこは暗くとても広い部屋の中だった。
目の前に背丈が人の倍はあるであろう魔物が三体いることが分かった。
おもくのしかかる緊張感、それを切り裂くように声がとどろく。
「怜、私のスパイになる気は無いか?」
21xx年科学技術が進歩した現在、病などによる死者数が低下していた。しかし、別の死因が問題となっていた。
古来より伝承されてきていた悪魔や空を舞うドラゴン、トロール、鬼などを始めとした『魔物』の台頭、個体数の増加による事故死が現在の人間たちの悩みの種だった。
またそれに伴い、同様に古来より伝承されてきていた魔法使いや陰陽師、呪術師が確認された。
侍や騎士なども復活し、人間離れした能力を持つものたち『能力者』の数も増加した。
能力者たちの中で魔物たちに抗い、人々を救うために行動する人々は『攻略者』通称『ハンター』と呼ばれ、
残念ながら能力を私利私欲のためにつかう者、魔物にくみするものたちは『イビル』と呼ばれている。
これから始まる物語はとある1人の人間がSPYとして躍動し、欺き、もがき、成長し、抗っていく物語である
ピピピッピピピッ
午前7時耳障りなアラームがまだ薄暗い部屋に鳴り響く。
顔も布団から出さないまま面倒くさそうにアラームを止める。
「もう、5分だけ、、、」
そう言い残すと再び眠りに落ちてしまった。
ーー1時間後ーー
「8、、、時?念力で時計の針ずらしたの誰だよ、」
小さく文句を言いながら制服に袖を通す。
朝特有の体感1秒で1時間経過している現象である。
「朝飯、抜くかぁ」
腑抜けた声でそう言い残し、洗面台へ急いだ。
洗面台から整った身なりで出てきた時には時計の針は午前8時15分を刺していた。
彼『三谷怜』17歳が通う高校は家から約2km離れていて、1限目開始は8時30分。
普通の生徒なら遅刻確定である。
重い玄関ドアを開けると春の心地よい風が頬を掠めた。
ビルが苦しいくらいに立ち並ぶ東京の街並みも、散り始めた桜がピンクと黄緑色に色付き幻想的な雰囲気をかもし出していた。
5階建てのアパートの4階から雨樋を伝い一気に下へ滑った。
「トスッ」
慣れた手つきで雨樋から地面へ飛び、高校へと走り出す。
ーー10分後ーー
「もう朝の会は終わってるぞ!あと5分で授業開始だ、直ぐにいけ!お前はいつもいつも、、」
校門の前で生徒指導の山田先生の怒鳴り声が響く。
「ごめんなさーい」
走りながら謝る怜を見て山田先生はため息をついた。
「ふー、ぎりぎり耐えた」
滑り込みで授業に間に合ったが授業開始から僅か10分後、先生の声とシャープペンシルの音だけが聞こえる静かな教室に
「ルルルルル」
怜の携帯の音が鳴り響く。
「おい、怜またかよ。ずりいなぁ」
クラスメイトの男子の声が聞こえる
「気付けろよ」
また違う男子が怜に声をかける
「先生呼ばれちゃったんですみません。いってきまーす。」
これからサッカーの試合があって途中抜けするサッカー部のようなニヤニヤした表情で怜はクラスを後にする。
彼の背中を目で追いかけて
「怜くん気をつけて下さいね」
先生も声をかけた。
三谷怜はハンター見習いである。
見習いとは言ってもテストや訓練も終わりほとんどハンターの仕事と変わらない魔物の討伐を請け負っている。
魔物にはランク外、F級からG級まであり、G級が最も強力でF級が最も対処しやすい。
E級、D級、C級、B級、A級、S級、G級は能力者の対処が求められる。
これと同様にハンターたちにもランクがありE級が最も弱く、S級が最も強い。
見習いの怜はE級に含まれ、主にE級の魔物に対処する。
ハンターが魔物と対峙し対処することを一般的に『レイド』と呼んでいる。
今回怜に与えられたレイドはE級である。
「ブルンブルルン」
特例で怜には高校でのバイクの所持が認められていた。
バイクに跨り校門を出た時頭に声が送られてきた。
「怜くん聞こえてますか?」
「はい、大丈夫です。出現場所と魔物の特徴はどんな感じですか?」
怜が応答する。
「場所は港区品川駅周辺、棍棒を装備した3m級のホブゴブリンが出現しました!」
透き通った声が怜に届く。
「了解です直ぐに行きます」
ハンターが魔物の出現場所に急行することを周囲に警告する黄緑色の警告灯を点灯させながら怜が答える。
現在ハンターたちが情報を速やかに入手して適切な判断を素早くこなせるようにするため、攻略者たちが属す攻略組委員会に常駐している念話を得意とする『サポーター』との連携がハンターたちに義務づけられている。
ーー5分後ーー
「現場に到着しました。これより討伐に入ります。高田さん情報ありがとうございました!」
怜がバイクから降りながら言った。
「健闘を祈ります。行ってらっしゃい!それと遥でいいですって、前も言ったのに。」
怜のサポーター高田遥が少し不満げに応援した。
「行ってきます遥さん。」
そう言い残し、駅の出入口で雄叫びをあげるホブゴブリンへと近づく。
怜に気づいたホブゴブリンが走ってくる。
やがて怜のもとにたどり着き立ちはだかったホブゴブ
リンは棍棒を高く振りかぶった。
それと同時に怜も相棒の刀を引き抜いた。
鋭い刀と大きな棍棒が交わった。
ホブゴブリンは戸惑った。さっきまで成人男性の背丈ほどもあった棍棒が綺麗にふたつに別れていたからである。
棍棒の片割れが地面に落ちたのもつかの間、ホブゴブリンの後ろに回り込んだ怜が一振でホブゴブリンの両足の腱を切った。
戦闘開始からわずか数秒さきほどまで雄叫びを上げていた巨大な敵は跪き動けなくなっていた。
「雷、始技落雷(いかずち、しぎらくらい)」
怜がそう呟いた瞬間
ホブゴブリンに雷が落ちた。
任務完了である。
や〜いお茶とポップなロゴが刻まれたお茶を一気飲みする怜に遥が念話で声をかけた。
「お疲れ様でした!初めてのソロ討伐おめでとうございます!ホブゴブリンを、はじめてのソロであんな速さで討伐。到着後からの被害者はなし、素晴らしい結果です!」
「初めてで緊張したのでよかったです!」
怜も明るく答える。
「討伐報酬はすぐに振り込まれると思います。また依頼が来ると思うので今日はゆっくり休んでくださいね!」
遥が労いの言葉をかけた。
ーーその日の夜ーー
「なかなか寝付けないな、」
ベッドに入っているのになぜか寝付けない。
怜は魔術の扱いに長けていない。
ホブゴブリンを討伐するくらいの魔術を使ったので怜自身は相当疲れているはずであった。
なのになぜか目を閉じても寝付けない。
ベットに入ってから既に3時間が過ぎている。
「明日も学校なのに、」
そう呟き瞬きをした瞬間今までいたはずのベッドは消え、薄暗くそしてとてつもなく広い部屋のど真ん中にいた。
目を凝らすと、正面に大きな椅子とそこに座る魔物がいること、両脇にも側近のような魔物が1人ずつ立っていることが分かった。
漂う重たい空気、ただならぬオーラが周囲へと漂い、怜は呼吸するのも忘れるほどの緊張に襲われ、心臓の鼓動がうるさく感じた。
緊張感漂う空気を椅子に居座る魔物が切り裂いた。
「お前、名は。」
怜に向けられた言葉であることは彼自身も理解していたが、喉から音という音が何ひとつとして出てこなかった。
「名はなんだと聞いている。」
少し苛立ちが感じられる言い方でもう一度怜へ問いかけられた。
「あ、、、え、あ、、」
怜からは言葉が出てこない、
「もういいでしょう、魔王様この人間ではダメです。次の人間を呼びましょう。」
側近のひとりがそう言った。
席に座っている魔物は魔王だった。
より一層怜の鼓動は早くなる。
魔王という言葉がうずまいていく。
「ふん、まあいい。次を探す。」
魔王の重い声がとどろく。
「怜です!三谷怜。」
やっとの思いで喉に張り付いていたストッパーを外し口に出すことが出来た。
「怜、そうか。私は魔界の王レイン。怜私のスパイになる気は無いか?」
思いもしなかった発言に怜も理解が追いつかなかった。
「スパイ、、ですか?」
怜は思わず聞き返す。
「そうだ。我々は種をさらに繁栄させるために人間界に進出したい。だが今まで何百、何千年と狙ってきたが野望を叶えられていない。そこで人間界の内部に通じる人間のスパイを持ちたい。」
頭に入ってきた多くの情報量を整理しているかたわら怜は違和感を感じとっていた。
1つ目、床に傷がついている事である。
そして2つ目、異臭である。
見習いであってもハンターとして活動している怜であれば分かる。
血の匂いである。
これらのことから推測できること、それは怜の前にも人が呼ばれていたこと。
そしてその人間は死んでいる可能性が高いということ。
つまり、魔王からの誘いを断ることそれ即ち死を意味するということである。
誇りはあるしもちろん人間のために戦いたいと思っている。
だが魔王に勝てる可能性を見いだせるほど馬鹿では無かった。
それにまだ生きていたかった。
ここから導き出される答えは1つだった。
「分かった。スパイになります。」
頭をフル回転でどうすべきか考えているうちに少し落ち着きを取り戻した怜は心細い怯えた声でそう言った。
「よくぞ言った。これまで何人も魔界に呼んだが誰一人として応じなくてな、困っていたから助かったぞ。」
一気に機嫌が良くなった魔王が意気揚々と怜の側へ歩いてきて肩を叩いた。
そして耳元で言った。
「裏切りは許さぬからな。お前に私は殺せぬ。実力的な問題ではなく、これから結ぶ契約上だ。我に刃をついたてた瞬間お前の心臓は止まる。それに私はいつでもお前を殺せる。」
彼が言った通りその後契約を結んだ。
側近ふたりがそれぞれひとつずつ円盤状の石版を持ってきた。
ひとつの石版につき1人の魔力を流し込む。
たったそれだけで終わりだった。
石版に予め術が刻まれていてそこに魔力を流すことでその2人の間に契約が生まれるものと魔王が怜に教えてくれた。
契約が完了した後魔王は言った。
「これから先決まった時間にお前と念話を繋ぐ、そこでお前に与える課題を教える。お前は状況を教えろ。何度も言うがいつでも殺せるからな。」
「わかりました。」
とお辞儀しながら怜は言った。
頭をあげるとそこは見慣れたベッドルームだった。
ベッドに倒れ込み深いため息をついた。
人間を救うハンターになるために努力してきた怜だったがこうして夢とはかけ離れた、魔物に与するスパイとして活動することになってしまった。
しかし、怜の心の闘志はまだ完全には消えていなかった。
「逆に内部から魔界を破壊してやる」
これから怜のスパイ生活が始まっていく。
見ていただいた皆様ありがとうございます。僕自身初の小説になるので、誤字脱字や文に不自然なところがあった場合は申し訳ありません。
これからも更新して行きたいと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。