8 邂逅
お姉ちゃんは全てに愛されていた。いつも光に祝福されていた。金色の髪が陽光を浴びて溶けるように輝き、碧眼は曇りひとつない空を映していた。あの笑顔が、今も脳裏に焼き付いて離れない。光の奏者として覚醒した瞬間から、両親の視界に私の姿はすっぽりと抜け落ちた。
それでもお姉ちゃんだけはいつも私を愛してくれていた。煌めき輝く金色の髪と一点の曇りもない空のような碧眼でいつも呼びかける。
「愛しのリリエ。愛してるわ」
……どうして、私の前から消えてしまったの、お姉ちゃん……?
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修練場に木剣のぶつかり合う音が鳴り響く。生徒達が各々修練している姿をレオンは片隅で腕を組み静かに眺めていた。生徒たちは各々、レオンの様子を伺いながらも黙々と修練に励む姿を見せている。戸惑いと畏怖を帯びさせながら。
生徒たちがレオンに対して恐れおののいてるのには訳があった。それは数刻前に遡る。
レオンは腕を組み、静かに生徒たちを見下ろした。
「今日からお前らの近接格闘術の指導をすることになったレオンだ。不本意だが指導してやる」
突き放すように言うレオンに対して、集められた生徒たちは懐疑し、蔑んだ眼光で睨んでくるものさえいた。それもそのはず、そもそもセラフィム学園に集まる生徒たちというのは名門貴族の出をなす者たちが大多数を占めている。それに拍車をかけるかのように、近接格闘術というのは、単位を取るために仕方なくしているものが多数で、生徒たちは自身の魔奏の向上を目的として学園に通っている。ただでさえ向上心のない、生徒が多数を占める中、レオンの素性はまったくの無名。家名もなく、貴族社会で生きている生徒たちにとっては、平民出のわけもわからない者に教えをこおうと思うものなど、皆無であった。生徒たちがレオンに対して沈黙を貫いている中、ため息混じりにレオンが言葉をつないだ。
「お前らの考えていることはよくわかった。誰でもいいぞ、魔奏ありでかかってこい。俺は魔奏の行使は一切行わず、ねじ伏せてやる」
一切の迷いを垣間見せることもなく、レオンが真っ直ぐと生徒たちの輪に言葉を投げ入れる。生徒たちは、侮辱されていると思ったのか、怒りを露わにしようとするがレオンのあまりにも威風堂々な態度に気後れし、二度目の沈黙が訪れようとした時、一人の生徒が声を荒げた。
「き、貴様!平民風情が僕たちが何者か分かっている言っているのか!?」
「お前のことなど知らん。やるのかやらいのかどっちだ?」
全てを焼燬してしまうほどの、真紅の長髪を後ろ括りで纏めあげている少年は、自身の毛髪と同化してしまいそうなほど、顔を染め上げる。
「僕の名前は、アルデレ・フラマだ!フラマ家の次期当主だ!平民の教師が一人病院送りなったとて誰も僕を咎めるものはいない!」
「そうか。フラマくんよ、御託はいいから来るのか来ないのかどっちだ?」
レオンの煽りに対し、アルデレは行動で回答を示す。アルデレは刃の部分がない両手剣を腰から抜き去り、燃え盛るような旋律で詠唱する。
「独奏 炎剣!」
アルデレが詠唱した後、両手剣から燃え盛る炎の剣が顕現する。アルデレの意思を反映しているかのように荒々しく火の粉が舞い散る。
「行くぞ!平民!」
アルデラは駆け出し、仁王立ちで木剣待ち、待ち構えるレオンを眼前まで捉えた後、血飛沫のように火の粉が舞い散る炎剣を高く振り上げ、一直線に振り下ろす。炎剣を振り下ろすアルデラの顔には既に勝利を確信し、醜く歪んだ笑顔が張り付いていた。
「掴み取れていなのに勝ちを確信するなど三流のすることだな」
レオンの声は、アルデレの背後から静かに、しかし確実に響いた。 炎剣が空を切り、火の粉が無意味に散る。次の瞬間——アルデレの首に、冷たい腕が絡みついていた。
「そんな愚直な動きで倒すことができるのは、木偶の坊だけだぞ。まあ見栄えばかり気にした魔奏では、どれだけ才能があろうが、戦いに役立つことはない。敵の戦闘不能にするのはこんなことをしなくてももっと簡単なことを身を持って教えてやる」
「いつの間に!僕の背後に!?う!…くる…し…い」
背後から声をかけられたアルデラは動揺しつつも、背後を振り返ろうとしたが、レオンがそれを許さない。レオンはアルデラの背後から上腕を首に絡め、アルデラの頸動脈を締め上げる。
「魔奏の行使には魔奏器官での詠唱が不可欠だ。その魔奏器官は喉仏付近にある。ということはその部分を物理的に圧迫してやれば、魔奏の行使はできない」
そうレオンは言いながら、首に絡めた腕の掌と反対の掌を重ね合わせ、上腕に目一杯に絞り上げる。アルデラは声も出せず、悶え苦しみながら自身の手で無我夢中に、首に巻きつかれたレオンの腕を振り解こうとするが、数刻で四肢をだらりと脱力させ、意識を失った。白目を剥きながら。
レオンはアルデラの意識が遠のくのを確認した後、腕の力を緩め、崩れ落ちるアルデラの体を支えながら、横に寝かす。そして、背後で恐怖を顔面に塗りつけ、全身を硬直させている生徒たちに向き直した。
「他のものは?」
短く発した言葉に内包されている言葉を生徒たちは、眼前で起こった出来事に全てを察して、一目散に各々、修練に取り組みだした。1人の生徒を除いて。
「やりすぎですよ!レオンさん!」
一人の生徒は、絹のような美しい金髪を、身動きの取りやすいようにひとつくくりで纏めたセシリアであった。
「一時的に脳への血流を止めただけだ、時期に目を覚ます。特になにも問題ない」
「あなたの実力ならここまでしなくても、力を抜いて示すことができたんではないですか…」
呆れた表情のセシリアは、嘆息をつきながら言う。
「こういうやつは、生ぬるいやり方だとつけ上がる。一度恐怖を植え付けてやれば、大抵のやつは従順になる。俺はそう教わった」
「あなたの師匠はいったいどんな人なんですか…またきちんと教えて下さいね」
「あの人は…思い出しただけでも身震いする…話す気になったら話そう…」
レオンは過去の出来事を思い出し、体を小刻みに少し震わせていた。セシリアはそんな彼の姿を見て、しばしの間、目を点にした後、新たな一面の、彼の姿を見れたことに気をよくしたのか、嬉々しい表情でレオンに言う。
「絶対教えてもらいますからね!レオンせ、ん、せ、い!」
二人の掛け合いに、水を刺すように、生徒たちの狼狽した声が鳴り響いた。
「ま、、!魔奏獣が出た!へ、、蛇!!」
「ここは!学園の結界の中だぞ!どうやって!」
入り乱れる生徒の喧騒の中、レオンとセシリアは顔を見合わせた後、生徒たちの方に駆け出す。駆け出した先にいたのは、二人の出会った森で遭遇した大蛇を一回り大きくし、鼻先から尾部まで黒と淡い黄色の網代模様が光り、首元が扇のように膨らんだ大蛇であった。威嚇するように舌先をちらつかせ、獲物を見定めている。
しかし、二人の視線の先は、大蛇ではなく大蛇の頭上に霞がかった人影であった。大蛇の頭上に、霞のように揺らめく人影。不協和音のような、歪んだ声が修練場に広がる。人影の唇が、ゆっくりと開いた。
「……お……ねえ……ちゃん……」
その声は、愛と憎しみが溶け合った、凍てつくような囁きだった。
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