5 対峙
錬成場の中央で対峙している少年と少女、両者の表情は対照的であった。その理由は数刻前に遡る。
「いいか。お前が今使用できる、もっとも高度な魔奏を使用してこいよ。セシリア」
そう一言だけ伝えたレオンは振り返ることなく、錬成場の中央に向かって歩みを進めた。
レオンに対して不意をつけたと思っていたセシリアであったが、逆に不適な表情と小声でつぶいてくることにも違和感も覚えたが、1番心を乱したのは、名前で初めて呼ばれたことである。頬を紅く染めて。これが数刻前の出来事である。
頬を紅く染めていたセシリアであったが、彼から以前いわれた「弱い奏者」という言葉をえらく気にしている。己惚れるわけではないが、あの時は自身の能力を十分に発揮することができなかったことには理由があるからだ。それは対峙した相手がトラウマとなっている蛇であったからであると。彼が弱いとは思わないが、彼が試験に受からなければ、両親の死の真相からも離れていく。手加減をしようと思っていたが、侮辱された相手からの宣戦布告を容易く流すほどまで、セシリアは大人びてはいなかった。
不適な笑みを崩さないレオンと戸惑いから静かな怒りで唇を固く結んだセシリアが対峙する。
「いいか。これは魔奏能力を見るためのテストだ。まず、試験官であるセシリアが魔奏を詠唱、その後、受験者は魔奏で対応してみせろ。魔奏ならやり方は問わない。では、両者がよければ始めるぞ。いいか?」
「いつでもいいぞ」
「かまいません」
「では試験開始!!」
「この世を照らす光たちよ、私の光の道標を示すために力を貸してください。」
「5重奏 白銀虎!!」
セシリアの慈愛と力を強さを兼ね備えた詠唱と共に、指揮棒を目の前にかざす。すると、白銀の光の粒子が発現し、人の身の倍以上はある獰猛で長い犬歯を携えた白銀の虎が形創られた。
「さすがだな。上級生ですらごく僅かしか使用できない。5重奏をもう使えるのか」
フォルティスは感嘆する。
「やはり重奏を使うことはできたのか。口だけではなかったか」
レオンは特に驚きはせず、腕を組んだまま言う。
「ではいきますよ。レオンさん?」
「来い」
短く一言だけ言うレオン。
驚きもしないレオンに容赦をすることはないとセシリアは思い、力強く指揮棒を振り、白銀の虎に命ずる。
「虎さん。行ってください!」
セシリアに命ぜられた白銀の虎は、主人の命を遂行するため、光の粒子を撒き散らしながら、光速の速さでレオン目掛けて音もなく直進した。
レオンは怯むことなく、白銀の虎を直視しながら、重低音を響かせて、旋律というにはお世辞にも言えない、唸り声をあげながら詠唱する。
「喰らい尽くすぞ、暴食の旋律…顕現せよダーインスレイブ!!」
レオンの詠唱と共に、顕現したのは、大蛇を一太刀で絶命させた、漆黒の刀であった。人の身丈ほどあり、作りとしては簡素な黒刀であるが、見るもの全てに飲み込んでしまいそうな、圧倒的な威圧感がある。黒刀を手にしたレオンは眼前に迫りくる白虎を瞬きひとつせずに、ただ黒刀を一太刀、横一文字に切る。ただそれは、切るというよりは、喰らうという表現の方が正しいかもしれない。
セシリアとフォルティスは、黒刀が顕現した際、体中の穴という穴から汗が滲み出て、衣服に纏わりつく不快感が襲った。フォルティスに至っては、戦闘をしてないにもかかわらず、気づけば自身の両手剣を構え、臨戦体制を反射的に取っていた。
白虎は横一線に真っ二つに断ち切られた後、光の粒子となり全て、黒刀に吸い込まれていく。それはまさに刀が意志を持って、粒子を喰らっているかのようだった。
「これでおしまいでいいか?」
立ち尽くしているセシリアを無視し、フォルティスに向かってレオンは言う。
「きさま…いや、レオンよ…力量としては何も言うことがないどころか…」
フォルティスはその後を言葉詰まらせる。その先の言葉を言ってしまうと自身の尊厳を踏み躙られる気がしたからだ。言葉を濁し、会話をつなぐ。
「君は魔奏剣士でもあるのか?もし、剣術の心得があるなら一つ手合わせはどうかな?これは試験とは無関係だ」
「魔奏剣士なんて大層なもんではないが、一応刀の心得はあるといっておこうかな」
「なら話は早い!いくぞ!」
フォルティスは模擬刀の両手剣をレオンに投げつけた後、自身も模擬刀に持ち替え、間髪入れずにレオンに向かって鋭い刺突を繰り出す。レオンは繰り出された刺突を受けるのではなく、体を半身にすることでさばく。半身の姿勢から反転し、今度はレオンがフォルティスの眼前に向けて、模擬刀を振り下ろす。振り下ろされた斬撃を模擬刀の剣身で受けながら衝撃を受け流し、今度はフォルティスが返しの横切りを見舞う。またも、レオンは身の切り返しのみで、斬撃を避けてから、バックステップでフォルティスとの距離を一度取る。
「剣士の心得がある割に逃げの姿勢が目立つな!恥ずかしくはないのか?」
眉間に深い皺を寄せ、美麗な顔を険しく歪ませたフォルティスが叫ぶ。
「生死のやり取りに恥など必要ないだろ?まああんたと俺とでは教えられた師も違うのだから当たり前か……」
最後は独白するかのようにレオンは言う。そして、付け加える。
「おもしろいものを見せてやるよ、先生。あんたらは、剣の攻防をすることに意味を見出してるようだが、本当の生死のやり取りをするときはそんな必要はない。刹那に終わるってことをな」
そういうと、レオンは静かに模擬刀を腰に添えるように構える。見たことのない構えに反射的に危険を察して、フォルティスは正面に模擬刀を構え、反撃の態勢を整える。レオンはすり足で、少しづつフォルティスに向かってゆったり陽炎のように気配を消して近づく。フォルティスを数歩先まで捉えたレオンは構えから模擬刀を力強く握りしめ、大股の一歩を力強く後ろ足で踏み出す。その反応に素早い斬撃が来る事を予想したフォルティスはカウンターの斬撃を繰り出した。しかし、フォルティスがカウンターの斬撃を繰り出した先は空白の空間で、斬撃は無常にも地面を鈍い音とともに叩きつけただけであった。
「これが刹那の攻撃ってやつだ。まあわかりやすいフェイントにも愚直に引っかかってくれたな」
レオンの声がするとともに、フォルティスの首にはいつのまにか体が触れ合うほどの距離にいるレオンと自身の首元に模擬刀を突きつけられていた。
「さすがに合格でいいよな?」
レオンは特に表情をかえず、セシリアとフォルティスの両者に声をかけた。




