4 転入試験
断片的にしかない記憶をいつも繋ないでいこうしても思い出せない。記憶にあるのは、禍々しい大蛇が両親の命を断ったシーンのみ。そして、その横に立っている人の姿にはいつも靄がかかっている。いつまでも癒えることのない、心に刻まれた記憶。両親の最後を何もできずに立ち尽くしている3年前の自分を、私はいつも眺めていることしかできない。その記憶の終わりを合図に、眠りから目覚める。全身から吹き出る冷や汗と共に。
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久しく見えていなかった夢の終わりと共にセシリアは目覚めた。昨日の出来事があったせいかと自分の中で、整理をつけながら重たい瞼を開ける。全身が金縛りにあったかのように、体が重く、今日はいつもより症状が重いと思いながら、段々と覚醒してきた感覚の中で、最初に刺激したのは、甘美で妖しい匂いであった。隣に視線を移すと、確かに一緒には寝たが、キングサイズのベッドで距離を空けて寝ていたはずの、麗しい美女がセシリアの全身にまとわりつくように寝息をたてていた。もちろん全裸で。
その姿にも絶句したが、なせが皮膚と皮膚が直に接触したような生暖かい感覚に、心を落ち着かせるため一度目を閉じる。そんなわけがないと自分に言い聞かせるかのように、ゆっくりと目を開けると、寝る前にきていたはずのネグリジェは跡形もなく消え去り、生まれたままの姿であった。
セシリアの絶叫と共に朝が始まった。アスモデウスを振り解き。
「ちょ、ちょっと!起きなさい!な、な、なんで私が裸なんですか!?」
「なによもう…うるさい子ね…」
振り解かれたアスモデウスは気怠そうに起き上がる。寝室に注がれる朝日が反射し、鎖骨の窪みに影が落ちる。そこから、胸元は張り詰めた弾力を保ち、頂点は淡い桜色に染まる。息を吸うたび、ふくらみが波打ち、谷間が深くなる。セシリアを挑発するかのように。
「その卑猥な胸元を隠しなさい!なんで私も何も着てないないんですか!?」
寝具で自身の体を隠しながら、セシリアは耳まで赤く染めて言う。アスモデウスの膨らみと自分の膨らみを比べながら。
「そんなの決まってるじゃない。味見よ」
意地悪そうな顔でアスモデウスはセシリアを見る。
「あなた脱いでも中々ね。まだ若いんだから、頑張れば私みたいな最高の体になれるわよ。まあ今はあなたの"完敗"だけどね。」
わざわざ何かとは言わないが何かを強調しアスモデウスはけたけた笑いながら答える。
「さっさと出ていけ!!」
セシリアは激昂し、珍しく言葉を荒げた。
「朝からなんだ?入っていいか?」
隣の部屋で寝ていたレオンが、扉をノックし、言う。
「はやくきてー、朝からみんなで欲に溺れていくわよ!」
「今入ってきたらレオンさんあなたを一生軽蔑しますよ!」
両者の食い違う意見でなんとなく察したレオンは扉をのぶから手をゆっくりと離して、一言呟いた。
「はやくおわらせろよ」
二人の騒がしい話声を背に、レオンはゆっくりと立ち去っていった。
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「天地創造の神は「七つの光の旋律」を奏で、世界を調和で満たし、生命に魔奏器官を授けた…」
古代の石板にはこう記されている。
文字には続きがあるであろう痕跡があるが、記されている文字のところで、石板は砕けているため、詳細は分からない。
セラフィム魔奏学園は、まるで一つの巨大な大聖堂が天から降り立ち、そのまま石化したかのような姿で断崖に鎮座している。校舎本体は純白の大理石で築かれ、壁面には無数の紋章が楽譜のように彫り込まれている。 風が吹くたび、彫刻が微かに震え、遠くまで澄んだ鐘の音のような響きを届ける。 正門は二枚の巨大な羽根の形をした扉で、開くときにはまるで本物の翼が羽ばたくように、ゆっくりと上へ持ち上がる。門をくぐると、広大な中庭が広がる。中庭の中央に古代の石板が神々しい雰囲気で鎮座している。
「ようこそ。セラフィム王立魔奏学園へ」
朝の一件を経て、少し憔悴した顔つきをしていたセシリアであったが、門をくぐってからは特待生としての威厳を醸し出しながら言う。
セラフィム学園の制服に着替えたセシリアは、大聖堂を纏ったような、静謐で神聖な美しさを備えていた。セラフィム魔奏学園の制服は、白とアイボリーを基調とした制服で、胸元には七つの光を象徴する小さな銀の七芒星が刺繍されている。そして、特待生のみが着ることを許されるローブを羽織っている。セシリアのローブは純白を超えた雪白のようなローブである。
「それで、転入試験とやらはいったいなんなんだ?そろそろ教えてもらってもいいんじゃないのか?」
セシリアの気品溢れる美しさに僅かに見惚れてしまったことを隠すように、ぶっきらぼうにレオンは言う。
「転入試験は試験官との魔奏での模擬戦をしてもらうことになります。錬成場に案内いたしますので、ついて来てください」
レオンを従えながら、セシリアは錬成場へ向かうのであった。
セシリアに案内された錬成場は、大聖堂のような校舎から離れた場所にあった。建物は円形の闘技場のような形はしているが、血生臭い闘技場とは打って変わって、純白の大理石で築かれ、まるで聖域のようであった。そして、錬成場内に入ると、一人の女性が待ち構えていた。
「フォルティス先生。お待たせいたしました」
セシリアが貴族の挨拶のように丁寧なおじきで、来訪のあいさつをする。その相手は、栗色のボブカットに内側を刈り上げ、端正な顔立ちと力強い栗色の眼差しを持った女性であった。
「セシリアやっと来たか。急に転入試験を受けさせたい生徒がいると聞いてびっくりしたじゃないか。それで、そいつがこの転入試験を受ける者か?」
フォルティス先生と呼ばれた女性は、白いシャツに首元は黒い細革のチョーカーを着衣し、胸当てと籠手を付けている。濃茶の硬質革製タイツに、膝からブーツカバーで覆われている。ブーツカバーは脛部分に鉄板が仕込まれており、足首には細いベルトが三重に巻かれ、ブーツと固定されている。タイトなタイツから引き締まった健康的なボディラインが浮かび上がっている。また、彼女の立ち振る舞いから、武芸の心得があるであろうことが伺える。
「俺の相手をしてくれるのはこいつでいいのか?」
レオンの物言いに、険しい顔つきになったフォルティスを抑えるようにセシリアが合いの手を入れる。
「彼は今まで学園での教育を受けたことがないので、今は大目に見てあげて下さい。そして、レオンさんあなたの相手をするのはこの私です。」
セシリアはそう言うと、珍しく意地悪そうにレオンに対して微笑みかけた。
「何か企んでいると思ったらそういうことか」
レオンはやっと腑に落ちたように溢した。




