3 セシリア・ヴァレリウス
額縁の中からでも品格を漂わせている二人の聡明な男女が見守る中。少年は目の前に用意された食事を無我夢中に暴食していた。その姿を額縁から見守るセシリアの亡き父母は、肖像画の中から微笑ましそうにその姿を眺めているようにも見えた。
「時間が遅いので給仕の方もいませんので、大したものが用意できなくて申し訳ありません」
セシリアはセラフィム王立魔奏学園の自室に備えてあるキッチンに立ち、何かを煮込みながら少年に話しかけた。
少年はセシリアの言葉を意に介さず、ただ全力で目の前に用意された調理されていない食材をひたすら平らげていく。
セシリアの自室は学園の寮ではあるが、他の生徒達とは違い、一戸建ての家を一つ提供されている。それだけで、彼女が学園内においても特別な存在であることが窺える。
セシリアはキッチンでの作業を終えると、白い湯気から優しい匂いがするスープを少年の座る机に差し出した。
「あまり料理はできないのですが、母がよく作ってくれた私の大好きなスープです。よかったら召し上がりますか?」
セシリアから渡されたスープを少年は勢いよく飲み込もうとするが、口に入れた途端、皿を静かに置いた。
「お口に合いませんでしたか…?」
寂しそうにセシリアが言う。
「うまい…もっともらえるか?」
少年は先ほどの危機迫る表情から一転して、穏やかな表情で答えた。
「たくさんありますよ!いっぱいお召し上がり下さいな!」
セシリアの笑みが綻びる。
2人の様子を静かに眺めていたアスモデウスは、一瞬驚愕の表情を見せたが、2人に悟られぬように静かに表情を戻す。
「お姉様は召し上がりませんか?」
自重気味にセシリアがアスモデウスに尋ねた。
「あら、気遣ってくれたの?わたしが食べるのはお・と・こだけよ。あっ、かわいいあなたみたいな女の子は別腹よ」
「あなたはそういうことしか考えてないのですか!?」
獲物を見定めるような目で見てくるアスモデウスに対して、悪寒を感じながらも強く答えた。
「追加をくれ」
そんなやり取りを気にもせず少年は言う。
セシリアは追加のスープを少年に出しながら問いかけた。
「色々と聞きたいことが多いのですが、まずお名前だけでも教えてくれませんか?」と言った直後に自身の紹介をしていなかったことに気づき、セシリアは言葉をつなげる。
「申し訳ありません。こちらの自己紹介が先ですよね。私の名前はセシリア・ヴァレリウスと申します。ヴァレリウス家の当主で、セラフィム王率魔奏学園の2回生です。」
ヴァレリウス家の当主と名乗った際、両親を思い出すかのようにセシリアの視線は2人の肖像画に移っていた。
「俺の名前はレオンだ。性はない。うまかった飯の礼だ答えれることは答えてやる」
「私の名前はアスモデウスよん!レオンの性欲の捌け口よっって!いいったっ!なにすんのよ!」
レオンがアスモデウスの頭に鉄槌を下す。
「カキタレって言えばよかったの?」
「お前はしばらくだまってろ」
「カキタレってなんですか?」
少しだけ興味がありげにセシリアが問いかける。
「…それは知らなくていいことだ。それよりなにも聞くことがないならこちらが聞くぞ?学園内に入り込みたい何か方法はないか?」
アスモデウスとの会話からセシリアを遠ざけるために矢継ぎ早にレオンが問いかける。
「学園内の敷地内には、許可されたものしか入れない制約があります。そもそもなぜ学園内に入りたいのですか?いくら助けてもらったとはいえ、あなたが悪い人には見えませんが、学園の一生徒として、身知らずの方を学園内に入れるわけも…」
少し困った顔をして、セシリアは言う。
「あの森であった蛇の使い手は学園内に潜伏している。そいつを見つけ出すためだ。」
「あの蛇の使い手が学園内にいるのですか!?」
驚愕の表情の中に憎しみを帯びさせながらセシリアは声を上げた。
「そうだ。間違いない。あいつがどんなやつかは知らんが、学園内にいることだけは俺には分かる。協力しろ。お前もあいつから聞きたいことがあるんだろう?」
セシリアの態度と部屋に飾られている肖像画からレオンは察して、セシリアに協力を持ち掛ける。
セシリアは母の形見である胸にかけてあるリングに震える指を添え、力強く握りしめる。
「学園内の生徒に危害は加えないと約束できますか?」
「悪いが、たぶん蛇野郎は学園の生徒だ。生徒の素性は出してないから分からんが、学園の教師たちの素性はある程度調べがついている。」
セシリアは葛藤するが、彼女の中で答えは出ている。両親を死に追いやった相手の手がかりをつかみたいと。
「分かりました。私にもやらなければならないことがあります。あなたに協力します。ただ、必ず学園内で動くときは私を同伴しなさい。」
「いいだろう。ただ、足手纏いになるなら置いていくぞ。弱い奏者なんだからな。」
「あれは…!」
セシリアはひどく罵倒されたように感じたが、実際に自分は何もできなかったことから、反発するのをやめた。
「同伴しちゃうのね。あなたたち。いやん!私も混ぜてね!」
2人はアスモデウスの発言にため息をついたが、重く苦しそうだったセシリアの表情は少し晴れ、2人は会話を再開した。
「どうやって潜入する?なにか方法があるのか?」
「あなたは私を馬鹿にしていますが、わたしは特待生の1人なんです。わたしの権限で、あなたには転入試験を受けてもらいますよ!レオンさん!」
「いいだろう。それでいくぞ。それで転入試験とは何をすればいい?」
「それは当日になってのお楽しみですよ。」
少し含んだ笑顔でセシリアは答えた。




