70 キャロリンの身代わり
そこはケンブル先生の研究室のように様々な魔石や魔道具が置かれている部屋だった。
その一角にケージが置いてあって、中には何やらモフモフした生き物が丸まっている。
熟睡しているようで、私達が部屋に現れても顔を上げようとしない。
(動物って気配に敏感で目を覚ましたりするはずなのに、随分と肝が座っているのね)
そんな事をチラッと考えたけれど、今の私はそれどころではなかった。
ここが一体何処で、どうして私が連れてこられたのかがわからない。
目の前の人物に問いかけようにも声は出せないし、指一本動かせない状態だ。
その人はケージの中の動物に顔を向けたが、すぐに私に向き直ってフードを脱いだ。
そこに現れたのは年齢不詳の銀色の目をした女性だった。
「あまりお待たせするわけにはいかないから、すぐに奥様の所に向かいましょうか」
私の肩を掴んだままの彼女が軽く口角を上げると、私達はまた別の場所に移動していた。
(ここは?)
部屋の造りや家具の配置は私の部屋にそっくりだったが、生けてある花や小物などは私の好みのものではなかった。
(キャロリンが好きそうな物ばかりだわ。…まさか!?)
実際にキャロリンの部屋に入った事はないが、キャロリンの部屋だと言われれば納得できた。
何より部屋にいた侍女達は確かにキャロリン付きの侍女達だった。
私とローブの女性が姿を現すと、一人の侍女が部屋から出て行った。
程なくして部屋の扉が開いて現れた人物に私は目を瞠った。
(お母様!)
お母様と一緒に先程出て行った侍女が入って来て部屋の片隅に待機する。
明らかに私達がこの部屋に来た事をお母様に告げに行ったのだとわかる。
「ヴェラ、早かったわね。もっと時間がかかるかと思っていたわ」
お母様の言葉にヴェラと呼ばれた女性はニコリと微笑み返す。
「楽しい玩具をいただきましたからね。早く仕事を済ませて新しい玩具と遊びたかったのですよ」
…何だろう?
ヴェラが『玩具』と言う度に鳥肌が立つようなゾワリとした感覚を覚える。
「あら、そんなに気に入ったの。それよりもこのままではセドリック王太子の前に出せないわ。どうにかならないかしら?」
お母様の言葉に私は目を剥いた。
(セドリック王太子の前ですって!? 婚約者はキャロリンのはずでしょ? どうして私がセドリック王太子に会わなきゃいけないの?)
そこまで考えて私ははたと思い至った。
キャロリンがいないから私にキャロリンの代わりをさせるのだと。
私に呪いをかけたのがキャロリンなら、私が解呪された事で呪いはキャロリンにはね返ったはずだ。
そうするとキャロリンは猫になってしまった事になる。
そこまで考えて先程の部屋のケージの中にいた動物の姿が頭に浮かんだ。
(もしや、あれがキャロリンだったのかしら?)
あれがキャロリンで、あの部屋がヴェラの部屋だとしたら…。
(まさか、『玩具』って猫になったキャロリンの事なのかしら?)
子供の頃から薄々感じていたが、私の両親は自分の子供の事を公爵家の手駒にしか考えていない。
だからこそ、セドリック王太子から婚約解消された私を家から追い出したりしたのだ。
そんな両親が呪い返しのため猫になったキャロリンを見たらどうするか。
キャロリンを見捨てて私を探し出そうとする事は容易に想像出来る。
呪いが解けた私はクシャミをしても猫になる事はない。
「お任せください。魔法でキャサリン様の外見をキャロリン様に変えましょう」
ヴェラの言葉が終わらないうちに私は魔力に包まれた感覚を覚えた。
「あら、いいわね。これなら何処からどう見てもキャロリンだわ。ほら、グズグズしないでキャロリンを着替えさせてちょうだい。午後からセドリック王太子がお見舞いに来られるわ」
お母様の言葉に侍女達は一斉に私の着替えに取り掛かる。
私の身体は自分では自由に動かせないのに、他人の手によって服を脱がされ着せられる。
(まるでリ◯ちゃん人形になった気分だわ)
私はこのままキャロリンの代わりにセドリック王太子の元に連れて行かれるのかしら?
誰か助けて!




