69 誘拐(アラスター王太子視点)
サイモンが呪い返しを行った際、その呪いが見せた人物はキャサリンの妹のキャロリンだった。
アラスター王太子は口には出して言わなかったが、ずっとキャサリンに呪いをかけたのはキャロリンかもしれないと考えていた。
それでもあの場では意外だったように「まさか?」と声を上げてみせることを忘れなかった。
サイモンがキャロリンに呪いを返してくれてホッとした。
キャサリンの呪いが解けた以上、すぐにでも王都に戻らなければならない。
戻るにあたってサイモンにも王都に戻るようにと勧めてみたが、やはり首を縦には振らなかった。
それでも何か起こった時のためにサイモンに近くにいて欲しかったので再度口説いてみる事にした。
それを察したエイダが先にキャサリンと一緒に馬車に乗り込むために玄関から出て行った。
「サイモン、父上も口には出さないけれど、あなたには戻って来て欲しいと思っているはずなんだ。どうか考え直してくれないか?」
この際、嘘も方便とばかりに父親である国王を引き合いに出してみたが、やはりサイモンは「うん」とは言わなかった。
諦めてアラスター王太子はサイモンに別れを告げて玄関を出た。
前方の門の外に停まっている馬車にキャサリンが立っているのが見えた。
けれど、そのキャサリンの前に不意に誰かが現れた。
何の前触れもなく現れた人物にアラスター王太子はドキリとする。
黒いフードを目深に被った人物がキャサリンの肩に手を置いている。
それなのにエイダはまるで金縛りに合っているように立ったままピクリとも身体を動かさない。
「貴様! その手をキャサリンから離せ!」
アラスター王太子はキャサリンに駆け寄りながら、その人物に向かって魔力を放った。
一瞬、キャサリンに当たるかもと思ったが、なりふり構ってはいられなかった。
しかし、アラスター王太子の放った魔力が到達するよりも先に、その人物とキャサリンの姿が消えた。
アラスター王太子は門に駆け寄り、その場で硬直したように動かなくなっているエイダの肩を揺さぶった。
「エイダ! 何があった! 今のは一体誰だったんだ!」
しかし、アラスター王太子がエイダの身体を揺さぶってもエイダの硬直は解けない。
「アラスター様、私がやりましょう」
いつの間にか側に来ていたサイモンがエイダの身体に触れて呪文を唱えるとエイダはようやく自由を取り戻した。
「アラスター様、申し訳ございません。私が油断をしたばかりにキャサリン様を攫われてしまいました」
その場に土下座をしかねない勢いでエイダはアラスター王太子に深々と頭を下げる。
「いや、僕も二人を先に行かせるべきではなかったんだ。それよりも今の人物は誰だ? 顔を見たのか?」
「顔は見えませんでしたが、声は聞こえました。あの声は女性のものでした。キャサリン様に向かって『奥様が首を長くしてお待ちです』と告げていました」
エイダの話を聞いてアラスター王太子は顔をしかめる。
『奥様』と呼ばれる人物に心当たりはなかったが、唯一頭に浮かんだのはキャサリンの母親だった。
だが、キャサリンを追い出したはずの母親が、何故今更キャサリンに用があるのだろうか?
そう考えた時、キャロリンに向かって呪い返しを行った事を思い出した。
あの、呪い返しでキャロリンに呪いがはね返ったはずだ。
当然、キャロリンの身体には異変が現れたに違いない。
それであの母親はキャロリンを切り捨ててキャサリンを取り戻す事にしたのだろう。
いかにも貴族のやりそうな事だ。
アラスター王太子は自分も貴族である事を棚に上げて母親を非難する。
「今のはエヴァンズ王国の魔法使いですね。追いかけますか?」
「勿論だ。一刻も早くキャサリンを取り戻さないと。協力してくれるな?」
「仕方がありません。私の家の前で攫って行くとは随分と舐められたものですね。あの魔法使いに思い知らせてやりますよ」
サイモンの笑顔が怖いものになっているが、アラスター王太子は見て見ぬふりをした。




