66 後始末
「キ、キャロリン様?」
キャロリンにドレスを着せ付けていた侍女達は騒然となった。
目の前にいたはずのキャロリンの姿が消えて、ドレスが床へと落ちてしまったからだ。
呆然としていると、ドレスの山がもぞもぞと動いて、首の部分から猫が顔を出した。
「ニャッ、ニャー!(ちょっと、これはどういう事よ!)」
キャロリンは普通に喋ったつもりだったが、出てくるのは猫の鳴き声だけだつた。
「きゃあ! どうして猫がここに?」
「キャロリン様はどちらに行かれたのですか? …まさか!?」
侍女達は困惑していたが、どう考えてもこの猫がキャロリンなのは間違いないようだ。
その猫は「ニャー、ニャー」言っているだけだったが、いかにもキャロリンが喋りそうな口調だった。
「すぐに奥様に報告を!」
一人の侍女が部屋を出てキャロリンの母親であるパメラの元へ向かった。
「奥様! 大変です!」
自室で手紙に目を通していたパメラは、慌ただしく入って来た侍女に眉をひそめた。
「一体何事なの? あなたはキャロリンの支度を手伝っていたんじゃなかったかしら?」
「申し訳ございません、奥様! それが、キャロリン様のお姿が猫に変わってしまわれたんです!」
一気に捲し立てる侍女に、半信半疑ながらもパメラはキャロリンの部屋へ向かった。
そこには床に広がるドレスの中から顔を出して「ニャー、ニャー」鳴いている猫と、その回りを取り囲んでいる侍女達の姿があった。
「…キャロリンなの!?」
パメラが問いかけると猫はコクコクと頭を振って肯定する。
「なんてこと! まさか誰かに呪いをかけられたんじゃないでしょうね?」
キャサリンに代わってセドリック王太子の婚約者になったキャロリンが呪いをかけられた可能性もあるとふんだパメラは、すぐにお抱えの魔術師を呼んだ。
魔術師ヴェラは部屋に入るって猫になったキャロリンを見るなり、それが呪い返しによるものだと一目で判断した。
「パメラ様。キャロリン様はご自身が誰かにかけた呪いを解呪された事により、呪い返しを受けられたのです。それにしても、何処で呪いのかけ方を知ったのやら…」
「ニヤッ、ニャー!(呪い返しですって! それがわかっているならさっさと解きなさいよ!)」
ヴェラはキャロリンの言葉が理解出来たのか、肩をすくめてお手上げのポーズをしてみせる。
「呪い返しを受けたら解呪する方法はありませんよ。そういうリスクがあるから呪いをかけなくなったのに…。もしかしてご存知なかったのですか?」
小馬鹿にされたような物言いにキャロリンはカチンとする。
「ニャー!(なんですって! よくもそんな事が言えるわね!)」
キャロリンはヴェラに飛びかかろうとしたが、それよりも先にヴェラによって身体を硬直させられた。
「やれやれ。噂通り気性の激しい方ですね。パメラ様、キャロリン様をどうなさいますか?」
黙って成り行きを見守っていたパメラは大げさにため息をつくと追い払うように手を振った。
「そんな馬鹿な娘はいらないわ。ヴェラの好きにしなさい。それよりも、今のままではセドリック王太子との婚約の維持が出来なくなってしまう…。どうしたらいいかしら?」
セドリック王太子がキャサリンよりキャロリンを選んだ事で、キャサリンを追い出してしまったが、こんな事になるのならあのままこの屋敷に置いておくべきだったと、パメラは後悔した。
「パメラ様。私で良ければキャサリン様をお探ししましょうか?」
パメラが思い悩んでいると、ヴェラがそう切り出してパメラにこっそりと耳打ちをする。
「キャサリン様を連れ戻してキャロリン様として嫁がせればよろしいのでは? 私が上手く仕立て上げて見せますよ」
ヴェラの申し出はパメラにとっては渡りに舟だったが、ヴェラの真意が掴めない。
「…何が望みなの?」
パメラが小声で聞き返すと、ヴェラは硬直している猫のキャロリンを魔法で引き寄せた。
「こちらを頂いてもよろしいですか? 色々と実験のしがいがありそうです」
(ちょっと! やめてよ! お母様! 助けて!)
硬直したままのキャロリンが叫ぼうとしても声にはならない。
「いいわ。そんな状態ではセドリック様の前に出すわけにもいきませんからね。それよりもすぐにでもキャサリンを連れ戻しなさい。キャロリンは急病でふせっている事にするけれど、いつまでも通用する手ではありませんからね」
「承知いたしました。すぐにキャサリン様の居場所を突き止めてみせます」
ヴェラはニィッと口を吊り上げて笑うと、硬直したままのキャロリンを連れて部屋を出て行った。




