0章-7
選挙運動最終日、自称記者は演説を見に行った。運が良かったのか、もしくはたまたまなのかは知らないが、今期初めての見物でロイ、エレーヌ、ウレーニャ3人が横並びで演説している風景をみることができた。
その3人を見た瞬間、自称記者は心の底からテンションが上がったのである。
高揚している自身の心を抑えて、まずロイの演説を聞く。
「私が目指す世界は、種族による差別のない世界です。今現在この世界には、人間というだけで不当な扱いを受け、生きづらさを感じている人間がたくさんいます。
私はそういった方々に寄り添い、不当に悲しむことのない世界を作っていきます。どうぞよろしくお願いします」
その演説を聞いた瞬間、自称記者は呆れ返った。
公務員に30%の獣人枠を導入するという制度を導入し、人間を生活苦に追いやった張本人が、何事もなかったかのようにこの演説を行っているのだ。
そのせいか、ロイからは全く責任感と言うものが感じられないし、はっきり言ってロイに投票したいと自称記者は到底思えなかった。言行不一致の政治家など、信用するに値しないのだ。
自称記者は続いてウレーニャの演説を聞く。彼自体は中堅の冴えない政治家なのだが、果たしてどうなのだろうか。
「この世界は様々な差別と偏見で満ち溢れています。
例えば獣人の不当優遇、一部獣人の人間に対する高圧的な態度やそれを全く注意しない人々。
こういった行動は、他者に対する配慮や思いやりが欠けているし、そういった行動は無くしていくべきだと思います。
みなさんも、弱者を思いやる心と、駄目なものは駄目だとはっきり言える勇気を持ちましょう」
自称記者自身、この人の演説は何回か聞いたことはあるのだが、この人の演説からは相変わらず魅力が感じられないのだ。
言っていること自体は非常に真っ当で評価できるものの、他者を自分の世界に引き込ませるという点においては、他の政治家と比べてかなり劣るのである。
はっきり言って、この人でなければならない理由が特にないし、別にこの人ではなくともちゃんとした政治家であれば特に問題はないのだ。
自称記者はウレーニャをそう評価したが、ウレーニャはそのような政治家であり、重責を担わせるにはちょっと物足りないのである。
最後に、自称記者はエレーヌの演説を聞くことにした。この人は選挙に立候補すること自体が初めてだというが、果たしてどうなのだろうか。
「この世界は獣人というだけで不当に優遇され、人間というだけで不当に冷遇されています。こんな理不尽、許されてよいのでしょうか。私は人間も獣人も、個人の能力で決まる世界を望みます」
この演説を聞いて、自称記者は彼女の演説というものに惹かれてしまったのである。
エリーヌの演説から気概を感じるというか、エリーヌの演説は我々の心に何か直接訴えかけてくるものがあり、実際「エリーヌならやりかねない」という期待を我々に感じさせるのだ。
自身がエリーヌを選ぶかは別問題として、この人は放っておけないと感じた。
「候補は既に決めた。誰にするとは言わないが」
そう独り言をつぶやいて、自称記者はその場を去った。
その自称記者がその日の内に書いた原稿は、なるべく公平に書こうとは意識していたものの、気付かずにエリーヌ寄りの内容になってしまっていた。エリーヌに期待しているからこそだろう。
実際、そのことに気付いて慌てて原稿の殆どを消し、私情のない記事に書き直した。選挙に関する記事は、中立の視点から書かれたていないと意味がないからだ。
そんな記事を書いていると、気がついたら当日になっていた。




