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04.

 一方、現場に取り残されたエドマンド。こと心の繊細さという点において、彼はエリーゼよりも気絶向きであると言えた。

 事実、こちらに一瞥も向ける事なく去っていく元婚約者をなす術なく見送る羽目になって視界が暗くなりかけており、後ろから声をかけてくる者がいなければ彼はもうじき床に倒れ伏していただろう。


「おいエドマンド! 大丈夫か?」


 文面だけを追えばいかにも友人を心配している心優しい青年だ。しかし、エドマンドの肩に手を置いた男の顔には笑みが浮かんでおり、面白そうな事になっていてワクワクする、という不埒な思いを微塵も隠そうとしていない。


 彼の名はトマス。彼も今年の卒業生である。卒業後はエドマンドと同じ大学に進む予定で、エリーゼとも知り合い。ついでに王子でもあった。


「さっきプロポーズを受けてたのってクレイヴンだろ?お前、ついに捨てられたのか」

「別に捨てられてはいない。ちょうど少し前に婚約を破棄しようと話していたところだったんだ。お互い納得して既に話は纏まってたんだから、向こうが誰の求婚を受けようと自由だろう。別に不道徳な行いというわけでもなし。……とにかく、俺が振られたわけでは、ない」


 反射的に言い返してしまった後、すぐに後悔した。これではかえって未練タラタラの根性なしのようではないか。自分は決してそんなものではないと言うのに。

 トマスは苦虫を噛み潰したような顔をするエドマンドを見て、芝居がかった仕草でため息をつき、やれやれと首を横に振った。


「おいおい、言い訳するなよ。振られた上に往生際の悪い奴なんていよいよ救いようがないぞ」

「うるさいな」

「それにしても、よりにもよってアルバート・ウィンダレイクなんて……かわいそうに、流石に分が悪すぎる。お前だって条件だけ並べたら悪かないとは思うけど、あのアルバートが相手がじゃあなあ。見た目も中身も勝ち目ないだろ」


 そう言ってクツクツと心底楽しそうに笑う。エドマンドは、こいつ、ここが人前でなければ殴ってやるのに、という思いを必死に抑えていた。


 こんなド畜生でも正真正銘この国の王族であり、今のところ将来この国をしょって立つ予定の男なのだ。人前で殴っては自分の将来に差し障るから、今度二人になった時に殴ろう……。エドマンドは必要とあらば卑怯者の誹りを甘んじて受ける、非常に計算高い男なのである。


 しかしながらこの学園でトマスのことを無駄に身分の高い性悪な阿保と認識している生徒は多いため、仮にここで殴っても「ああ、奴がまた何かいらんことを言ったのだろうな」と思われるだけの可能性も大いにあったが。


「なあ、確かウィンダレイク家と王家は親交があったよな。彼は本当はどんな方なんだ?とても人間とは思えない噂ばかり聞こえてくるが」


 計算高い男なりに奴の情報を集めてみようと、なおも笑っている男に尋ねた。

 あんな噂に違わぬ完璧な美男がこの世に存在するはずがない。実はギャンブルでつくった借金があるとか女遊びが激しいとか無類のマザコンであるとか、何か弱みがあるに違いない。そいつを探ってやろう。

 エドマンドの脳内でのアルバートの好感度は既に地の底に落ちていた。


「ああ、一応昔から交流はあるが……ここ数年は会っていなかったし、あいつはどちらかと言うと俺よりも姉上と親しかったからなあ。まあ、噂のままのいい奴なのは折り紙付きだぜ。ちょっとお堅くて融通の効かないところはあるが」


 望んでいたような情報はなく嘆息する。何もかもが完璧な上に性格まで良い人間が存在するものだろうか。いや、いるはずが無い。いたとして、そんな人間がエリーゼに求婚するはずが無い。


「そりゃあお前に比べれば大抵の人間はカチカチだろうよ。……おまえの姉君というと、フランシス殿下か。そういえば、彼と殿下は同級生だったか」


 トマスの唯一の姉、王女フランシス。彼女もアルバート同様、三年前にこの学園を卒業していたはずだ。

 エドマンドも面識はあった。何度か会話した程度だが、トマスとは何もかもが真逆だった。トマスのような無駄に派手で人目を引く見た目とは違い、上品だが素朴で大人しそうな印象を受ける容姿で、話しぶりも穏やかで常識的。

 このような方があの阿保の姉君なのかと、密かに驚いた覚えがある。


「フランシス殿下といえば、もう少しでご婚姻だろう。今は準備でご多忙だろうが、お元気だろうか」


 王女は近々同盟を結ぶ国の王子との婚姻を控えており、間もなくこの国を発つことが国中に触れ込まれていた。彼女が嫁ぐ前に王室主催の大規模な舞踏会も開かれるらしい。


「ああ、大変そうだが、やっと自分の責務を果たせるとホッとしていたよ。祝いの言葉なら舞踏会で本人に言ってやってくれ。一応招待してやっただろ、クレイヴンと一緒に。……まあそのクレイヴンは別の人間と参加することになりそうだが……独りで参加しても構わないからな、気を落とすんじゃないぞ」


 トマスはそう言ってまたニヤニヤと笑った。現実に引き戻された気分になる。どうやらまだ人を笑いものにする気らしい。この性悪が。


 エドマンドはまだ何か言っているトマスを無視する事にした。今は他に考えるべきことが山ほどあるのだ。


 それにしても、今日のエリーはなぜあんなに機嫌が悪かったのか、未だにそれが分からない。

 もとを正せば、今こんな事態になっていることの発端は彼女の不機嫌なのだ、エドマンドは原因を探るべく、今日彼女に会ってからのことを思い返すことにした。




 卒業パーティーが開かれる会場へ向かう前、彼女の屋敷に迎えに行った時点では、機嫌は悪くなかったはずだ。


 むしろいつもより上機嫌で不気味なほどにこにこ笑っており、いつもよりも華やかな化粧か何かをしていて、なんだかいつもの彼女らしくなく、なんだかいつもより大人びて見えるエリーゼを、エドマンドは直視できなかった。


 会場に向かう馬車の中でも彼女はご機嫌だった。パーティーで並ぶケーキは王都で評判の職人が特別に作っているらしいだとか、今日はマリアが来れなくなって残念だとか、巷で騎士とお姫様の悲恋が流行っているらしいとか、とりとめのないことを楽しそうに喋っていた。

 エドマンドが流れる街並みを眺めるふりをしてずっと横を向いていても、外に何かあるのかと不思議そうにしていたが、怒っている様子はなかった。


 そう、馬車を降りる直前まで、彼女は笑顔だったのだ。馬車を降りるためにエドマンドが手を差し伸べたときに見せた、はにかんだような顔と共に思い出す。

 あの時、手を取る前にエリーゼは何やら口ごもった後、「エド、今日の私、どうかな?」と言った。


 これにはさしものエドマンドも、ははあ、これは世に言う褒められ待ちというヤツだぞと思い、何か上手いことを言ってやろうとぐっと顔を上げた。が、エリーゼの顔を見ていると、何故か言うべき言葉がひとつも出て来ない。結局、横を向いて「いいドレスだな」と言った。


 ……そういえば、彼女が無言になったのはあの後からだった気がする。

 もしや自分の褒め方がまずかったのでは。

 阿保な朴念仁と名高い男、エドマンドはようやくその結論に至り、じわりじわりと焦り始めていた。今更である。


 いやしかし、自分は正直な感想を言葉にしただけだ。怒らせるようなことを言ったとは思えない。今日のエリーゼの姿を思い出しながら、エドマンドはそう思った。


 今日、パーティーの支度を終え、屋敷の上階から自分が待つ玄関ホールへの階段を降りてくる彼女を一目見て思ったのだ。ドレスがとてもいい、と。

 春の若草色のドレスが、彼女の白い肌と柔らかな亜麻色の髪、そしていつも輝いている明るい緑色の瞳にぴったりと合っていて、とても──。


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