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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
二章 古本を蒐集する妖
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もう一人の客

 別海那臣が居間に顔を出したのは、真波が佐倉川家専属の運転手を呼んで寺へ発ち、利玖と匠が年越し蕎麦の準備の為に台所に籠もってから五分ばかりが過ぎた頃だった。

「少しいいかね?」

 ぴしりと宙を打つような別海の声に、半纏まで貸してもらってすっかり炬燵で夢見心地だった史岐と柊牙は、一気に目を覚まさせられた。

「どうぞ」

 史岐が答えると、すっと障子が引かれ、着物姿の別海が現れる。

 彼女は居間の中を見渡して「二人だけのようだね」と微笑んだ。

「実は、引き合わせたい人間がいるんだ。

 わたしの身内のようなものでね。一昨日、先にこちらに着いていたんだが、何せ引っ込み思案な子で、ずっとわたしの部屋に隠れていたんだよ。

 しかし、年の近い若者がせっかくひと所に集まっているのに閉じこもっているのも勿体ないだろう? お前さん方さえ良ければ、蕎麦が出るまでの間、相手をしてもらえないかね」

 話し終えると、別海は数歩横にずれて空間を作ったが、その人物は障子の陰に身を隠したまま出てこようとしなかった。

 障子は、下半分が磨り硝子になっている為、服の色とおおまかな体つきくらいは居間の中からも見て取れる。脚がほっそりとしているので、おそらく若い女性ではないか、と史岐達は推察した。

「ほれ、ほれ。ここまで来たんだから、腹を括りな」別海が焦れったそうに手を伸ばして、彼女の肩を叩く。「あんたがいつまでも躊躇っていたら、せっかく温まった居間の空気が残らず逃げちまうよ」

 別海に急かされて、ようやく、障子の向こうから出てきたのは、史岐が忘れようにも忘れられない顔だった。

 相手も、まさかここで史岐の顔を見るとは思っていなかったのだろう、目が合ったとたん、あっ、と声を上げそうになって、慌てて手で口を押さえる仕草をした。

「名は、柑乃(かの)という」別海は、そんなやり取りには気づいていない素振りで、ゆっくりと史岐と柊牙の顔を見すえながら言った。「どうか、仲良くしてやっておくれ」



『年寄りが混じってちゃ邪魔くさいだろう』

と別海は引き止める間もなく部屋に戻り、居間には、青ざめた顔をした柑乃と、思いがけず訪れた可憐な少女との出会いに心躍らせている柊牙、そして、二人の間で立ち位置を決めかねて曖昧に微笑んでいる史岐の三人が残された。

 一体、どういう事なのか。

 秋の学園祭では匠に付き従い、禍々しい刀を手に同族を屠っていた柑乃が、別海那臣の身内として佐倉川家の屋敷に滞在している。

 柑乃は、ただの妖ではない。利玖にとっては忌むべき相手と言っても良いほどの因縁がある。

 利玖に執着し、利玖を自分のものにしようと狙っている存在──そして、おそらく、匠の婚約者・(あざ)()()()が何年も眠り続けている一因にもなったであろう妖と、柑乃は瓜二つの顔を持っている。

 学園祭では、柑乃が妖を屠った現場に居合わせた事で、史岐までもが一時は彼女に取り押さえられる事態になった。その事を別海は知っているのだろうか。

──知っているような気がした。あの老女医は、深山にしっかりと根を張った大樹のように、一本芯の通った懐の深さがあるが、その分、感情の揺らぎも表に出ない。

 炬燵に体を寄せても、足を伸ばして差し入れる事はせず、きちんと正座をしたまま膝頭に炬燵布団をかけている柑乃は、どこかに武器を持っているようには見えない。髪の色も、人間のそれと見分けがつかないくらい自然な黒だ。ゆったりと首元の開いたニットに、シンプルな無地のスカートを合わせている。

 以前は、史岐の方が『()ない』ように感覚を調節しなければ、人ならざる存在である事が一目瞭然の危うい化け方だったが、あれから研鑽を積んだのだろう、今はこうして向き合って見ても、ごく普通の人間の娘にしか映らない。

 それでも、柊牙はひょっとしたら気づくのではないかと思ったが、霊視封じのまじないが効いているのか、怪しむ素振りも見せず、

「カノさんって、どういう字を書くの?」

「俺はね、柊牙。植物のヒイラギに、牙」

「夕食の時、いなかったけど、何か食べた? お腹空かない?」

「見たい番組があったら言ってね」

などと甲斐甲斐しく話しかけ、頼まれてもいないのに茶まで用意して渡している。

 その勢いに気圧されたのか、それとも、思ったほど自分が邪険に扱われていないとわかって安心したのか、やがて柑乃は、言葉少なながらも会話に混ざるようになった。

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