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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
二章 古本を蒐集する妖
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猫に小判 母に茶葉

 別海に続いて風呂を使わせてもらった後、史岐と柊牙は居間の炬燵にもぐってテレビを点けた。居間にある物は好きに使ってもらって構わないと、屋敷に着いた時に真波から告げられている。

 しかし、どの局も、どうして一年の最後の日というだけでこんなに奇をてらおうとするのか、見ていて気の落ち着かない番組ばかりで、かといって何も点けずにいるのも気詰まりなので、ザッピングした末に生放送の歌番組を流しておく事にした。大学ではバンドサークルに所属している二人である。

「曲作りだけどさ」籠から取ったみかんを剥きながら柊牙が口を開いた。「どうも、これだ、っていう歌詞が決まらなくてよ。口ずさんだ時に引っかかりのない言葉を選ぶってのは難しいな」

 史岐達のバンドは、既存の曲のカヴァーを中心に演奏するいわゆるコピィ・バンドだが、就職活動と卒業研究で練習に時間が割けなくなる前に、一度、完全オリジナルの曲を作ってみないか、という話が出ていた。

 メンバの中で、最も多様な分野の本を読んでいるのは、実は柊牙である為、歌詞については彼に一任されている。

「テンポを重視するなら、小説よりも詩が参考になるかと思ってよ。古本屋で買い集めて、片っ端から読んでるけど、ありゃ、主題を先に決めないと駄目だな。収拾がつかない」

「主題か……」史岐はみかんを両手で持って、天井を睨んだ。「難しいな。曲の雰囲気をどうしたいかにもよるし」

「今日も一冊持ってきてるけど、後で読むか?」

「ああ、頼む」

 そんな話をしているうちに、真波達が戻ってきた。

 寒い、寒いと息せき切らして言いながら、それでもきちんと洗面所で手を洗ってから居間にやって来る。真波と利玖は、鼻の頭が、絵筆でこすったように赤くなっていた。

「これ、面白いですか?」

 利玖がテレビを一瞥して訊く。

 時間帯でいえば、まだ歌番組が続いているはずだが、画面にはなぜか、ジュエリィみたいなケーキを口に運んで味や見映えを絶賛する芸能人が映し出されている。その中に、さっきまでステージに立っていた歌手の姿が少なからず混じっているのを見て、史岐は思わずため息をついた。

「そうでもないけど、消去法でね」

「録り溜めた映画がありますよ。あと、興味深いドキュメントも色々と」

 利玖がリモコンを操作してレコーダを起動しながら、いそいそと炬燵にもぐり込もうとするのを見て、真波が「こら!」と叱責した。

「お蕎麦の準備が先よ。さっき、そう話したでしょう」

「みかんを一個食べる間くらい、休んでもいいんじゃないですか」

 匠が妹に助け舟を出した。

 炬燵の方には近寄って来ず、居間の隅から座布団を一枚拾い上げる。

「二人とも、まだそんなにお腹も空いてないよね?」

「あ……、はい」史岐は、返事をするのと同時に立ち上がって、今まで座っていた所を手で示した。「すみません、気が回らなくて。ここ、使ってください」

「ああ、悪いね」特に遠慮するでもなく、匠は、史岐と入れ替わりで炬燵にもぐると、手を伸ばしてテレビ台の下から茶櫃を引き寄せた。「じゃあ、お茶でも淹れようかな。母さん、何か、良い茶葉はありますか?」

 そう訊かれた途端、真波の顔が、ぱっと少女のように明るくなった。

「そう、思い出した! ぴったりの物があるのよ。キンカンの香りがついていてね、喉にも良いの。熊野君は大学で、バンドのボーカルなんでしょう? ぜひ、ご馳走したいと思って。あ、でも、どこに置いたかな、部屋かしら……、ちょっと見てこなきゃ……」

 さかんにひとり言を口にしながらふらりと歩き始めた真波は、途中で一度、思い出したように引き返してきて障子の間から顔を覗かせた。

「匠、お湯だけ先に沸かしておいてくれる? それと、急須と湯呑みも温めておいてくれるかしら。香りがよく引き立つから」

「わかりました」

「ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 ふんふんと鼻歌をうたいながら、真波が茶葉を探しに出て行き、しばらくすると、利玖が感心したようにしみじみと呟いた。

「お母さんの気を逸らさせたい時は、お茶の話に持っていくのが効果的なんですね」

「あんまり乱用するんじゃないよ」匠が茶櫃から湯呑みを取り出しながら、やんわりと窘める。「茶葉だって無限に出てくるわけじゃないんだから……」

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