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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
二章 古本を蒐集する妖
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美蕗の呪縛

 夕食を終え、腹がこなれてくると、真波は利玖と匠を連れて蔵に向かった。

 別海は一足早く自室に戻って休んでいる。つごもりさんに渡す本は、身内だけで見繕う事にしたようだ。

 親子三人で上がり框に座り込み、出かける支度をしている後ろ姿へ、

『いつでも呼びつけて、いいように使ってくださいね』

と柊牙が声をかけたが、真波は微笑みとともに首を振った。

『ありがとう。でも、散らかっている蔵の中をお客様にお見せするのは、どうしても気が咎めてしまうの。ごめんなさいね』

 そして、立ち上がって軍手をはめると、

『そろそろお風呂が沸く頃ですから、先にお湯を使っていてくださいな』

と言って、外に出て行った。

 夕食の後片付けの片手間に、いつの間にか、風呂の準備まで済ませていたらしい。利玖か匠に指示してやらせたのかもしれないが、いずれにせよ、そう言われてはいつまでも未練がましく玄関先に居座っているわけにもいかず、二人は自分達を鮮やかに厄介事から遠ざけた真波の手腕に感心しながら、着替えを取りに客間へ向かった。

 その途中で、史岐が「別海氏にも知らせた方がいいのではないか」と思いつき、彼女の所に立ち寄った。

 知らせるついでに、一番風呂を譲ると、礼代わりに煙草が吸える縁側の場所を教えてもらえた。

 二人とも喫煙者である。学生としては、いささか度を超したヘビィ・スモーカーだが、佐倉川邸に着いてからは一本も吸っていない。

 早速、荷物の中から煙草とライタを拾って教えられた縁側に行き、灰皿の前で火を点けた。

「なんつうか」柊牙がふわふわ煙を吐きながらぼやいた。「宴っていうから、もっと賑々しいもんかと思ってたけど、なんも起こらねえのな。眠くなっちまうよ」

「眠いのは茶漬けを三杯も食べたからだろう」史岐は手を伸ばして、灰皿の上で煙草を叩く。「それに、何も起きていないわけじゃない」

「つごもりさんの事か? まあ、そうだな、それなりに面白そうではあるが、現場を見せてもらえないんじゃ旨味半減って所だな」

 短くなった煙草を灰皿に放り込むと、柊牙はごろんと仰向けに寝転がった。

「それよりもだな、海外で破天荒な生き方をしている従兄弟(いとこ)とか、酒乱の癖持ちの(じじい)とか、世話焼きで(ざる)みたいに口の軽い叔母とか、そういう七面倒くさい親戚達が集まってくるもんじゃねえのかよ、こういう時は」

「ああ……」柊牙が苛ついている理由に気づいて、史岐は喉の奥で笑った。「そういう輩が来てくれないと、美蕗への手土産に困るわけか」

「熊野君がひと悶着起こしてくれたっていいんですよ」

「気色の悪い事を言うな」

 史岐は煙草を捨てて立ち上がった。本当はもう一本くらい吸っていきたい所だが、ふっかりと積もった雪から立ちのぼる冷気と混ざり合って流れてくる風は切るように冷たく、スキーウェアでも着ていなければいくらも戸外に留まっていられない。喫煙者にとっては慣れたる冬の風物詩の一種ともいえる。

 縁側に座り込んでまだぶつぶつと文句を垂れている北海道育ちの友人に、先に戻るぞ、と言いかけて、史岐は、彼の左の耳たぶの裏が黒い塗料のような物で塗られている事に気がついた。

「お前、それ……」

「ん?」史岐の視線をたどって、柊牙は、ああ、と頷く。「お嬢のかけた(まじな)いだよ。俺が大した情報も得られねえまま槻本の屋敷に報告に上がった日にゃ、この塗られた部分が、ごっそり(こそ)げ落とされるんだと」

「なっ──」

 絶句する史岐をよそに、柊牙は恍惚とした表情で、夜空の隅で蒼く光っている月を見つめた。

「しかし、あの指で(じか)に耳たぶを触られるってのは、なかなかいいもんだったなあ」

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