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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
三章 裏庭に棲みついたもの
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月明かりの裏庭

「複数とは参ったな」匠が舌を打った。「これ以上数が増えたら、家中の本が持ち出されかねない」

「後を追って、何をしているのか突き止めますか?」利玖が訊く。

「なら、柑乃を呼び戻した方がいい」別海が歯切れの良い口調で言った。柑乃を戦闘要員として扱う事への抵抗は、彼女に指示を出す事を匠に許した時に放棄したらしい。

「偵察もあらかた終わった頃だろう。何かあった時の為に、あの子には(そば)にいてもらった方が心強い」

「そうですね」

 匠は、頷くと、無造作に居間の端まで歩いて行って障子を開けた。

 顔だけを廊下に出して、動くでもなく喋るでもなく、背後から見ている利玖達には、ただそこに佇んでいるようにしか見えなかったが、しばらくすると廊下の奥から、タタ、と軽やかな足音が近づいてきて、匠の前で止まった。

 障子の下半分にはめ込まれた磨り硝子に、白い影が映り込んでいる。それを見て、史岐は、柑乃が妖としての性質を(あら)わにしている時、白の狩衣(かりぎぬ)のような衣をまとっていた事を思い出した。

 匠がぼそぼそと何か話すのが聞こえてきたが、内容までは聞き取れない。そうこうしている内に、磨り硝子の向こうの人物は立ち上がり、すっと後ろに下がるようにして姿を消してしまった。

「これでよし」匠が振り返る。「少し距離を空けて、柑乃がついて来てくれます。いざという時には人間の比ではない速さで動けますから、索敵と戦闘は彼女に任せておけば問題ないでしょう」

 大勢が通れるように障子を開けながら、匠は、利玖がしたのとそっくりの仕草で肩をすくめた。

「では、行きましょうか……」



 柊牙の力を借りて本の行方を追いながら、静まり返った屋敷の中を進んだ。

 本は、裏庭の方へ運ばれているようだ。そこは、屋敷と山が接する辺りで、下草の処理だけはされているが、物置小屋も椅子もなく、斜面に近い為にせいぜいバーベキューが出来るくらいの広さしかない。言ってしまえば、持て余された空き地である。敷地の中でも特に閑散とした場所だった。

 普段は屋内から直通のドアを通って行くが、今回は、開閉音で気づかれるのを避ける為に、やや手前の縁側から庭に下りて軒先を回って行く事にした。

 先頭に柊牙と匠が並び、その後を、史岐と利玖、別海がついて行く。

 屋敷の外郭に沿って、角を二つほど曲がった所で、どこからともなく柑乃が現れた。後ろを一瞥して、異状がない事を確かめてから、匠の(そば)につく。

 匠が偵察の結果を訊ね、それに答える柑乃の声が、雪のにおいをたっぷりふくんだ風に混じって流れてきた。

「……どの個体も、見た目はほとんど一緒です。ヒトを模しているように思えます。体が透きとおっていて、目玉や鼻がない、といった違いはありますが」

「こちらに危害を加えてくる様子は?」

「今の所は、なさそうです」柑乃が首を振る。「御屋敷の中を歩き回って、本を見つけたら抜き取り、持ちきれなくなったら裏庭へ運ぶ。両手が空いたら、また中に戻って本を探す。そのくり返しです。ごく単調な動きしか出来ないように仕込まれているのかもしれません。本を集めている間、周囲を警戒している様子さえありませんでしたから」

「わかった。ありがとう」

 匠は足を止めると、振り返って片手を広げた。

「皆さん、少し良いですか」抑えた声音で、前置きしてから話し始める。「本を運び出しているモノ達は、それぞれに固有の意思が備わっているわけではなく、より上位の存在によってコントロールされている可能性が高いと推測されます。裏庭にいるのも、たぶん、そいつでしょう。

 屋敷の中に入り込んでいるモノ達──外見の特徴が一致するので、ここでは便宜上、つごもりさんとみなしますが──彼らに害意がなくても、つごもりさんを束ねる存在が、どういう思惑を持っているかはわからない。

 これから裏庭に出ますが、柑乃が、ここにいる全員を助けられる位置で臨戦態勢を取っています。

 どんな事態が起きても、慌てずに、落ち着いて状況を見きわめながら行動する事を心がけてください」

 全員が頷くのを確認して、匠は前に目を戻した。

 軒が切れ、月光でうす青く縁取りをされた雲がたなびく夜空が覗いている。

 五人が息をつめて、最後の角を曲がろうとした、その時、前方にいた匠と史岐が同時に「あ」と声を発した。

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