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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
二章 古本を蒐集する妖
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異変の始まり

 ()(かく)、柑乃が戻ってきて詳しい状況がわかるまでは、一箇所にまとまっていた方が安全だという総意に至り、各々が朝まで支障なく過ごせるだけの準備を整えて居間に集まる約束を交わし、屋敷の方方(ほうぼう)へ散った。

 史岐も柊牙と連れ立って、荷物を取りに客間に戻る。

 キャリーケースを開けて必要な物を選り分けていると、隣から柊牙が顔を覗かせた。

「詩集、本当に取って来られなかったんだよな」そう訊ねてから、どこかしっくり来ていないように顎をさする。「いや、悪い。お前の言う事を疑ってるわけじゃねえんだけど」

「本当だよ」プレゼントのラッピングが見えないようにさり気なくキャリーケースを閉じながら、史岐は答えた。「なんだ、見つからないのか?」

「どこにもない」柊牙は舌打ちして、手で片目を覆った。「ああ、なんか、気色悪いな、これ」

「物の在処がわからなくて困るなんて体験は、初めてか」

「茶化すんじゃねえよ、馬鹿」

 隠れていない方の目で、柊牙は史岐を睨んだが、すぐに、ふっと疲れたように暗い表情になって背後の柱に寄りかかった。

「まあ、それもあるが……。そうだな、確かに今は、この革紐のせいで霊視が出来ない。でも、完璧に力が封じられているかといったら、そうでもない。『過去』の方は、ごくわずかだけど見る事が出来る。そのせいで、わかるんだよ」

「わかるって、何が」

「俺の荷物を漁って本を抜き取っていった奴がいる」

 ひと息に言い終えてから、柊牙は苦々しげに、

「……かもしれない」

と付け足した。

「ああ、くそっ。こんな事さえ断言出来ないのが気持ち悪いったらありゃしねえ」

「最初に詩集を取りに来た時に、ここを横切っていった奴か?」

「わからん。霊視が出来れば、それもはっきりさせられるだろうが……」

「匠さんに提言した所で、自由に『目』を使わせてもらう為の仕込みだと思われるのが関の山か」

 柊牙は頷いた。

「ま、今は、別口で調べてくれている子もいるわけだし、そっちに任せるしかないな」

 そこでふと、柊牙は思い出したように苦笑を浮かべた。

「というか、あの子こそ、何者だ? 最初に会った時とは服も違ったし、暗くて見え辛かったけど刀も差していた。どう見ても堅気じゃねえよな」

 史岐が答えずにいると、柊牙は「ま、いいや」と言って体を起こした。

「けど、お前も一応、荷物の中は見ておいた方がいいぜ」

「わかってる」史岐は再びキャリーケースのフレームに手をかける。「だけど、財布も鍵もちゃんと……」

 奥に手を突っ込んだ時、カタッと軽い音を立てて底が持ち上がったのでぎょっとした。

 宿泊地に着いて、横向きにした時に開けやすいように、重い荷物はボディの下半分にまとめてある。

 今も、きちんと、その面が下になっていた。少し力をかけたくらいでは持ち上がるはずがない。


 何しろ、

 そちらの面の一番下には、

 大判の学術書が、入っているはず。


「なんだよ」キャリーケースに頭から突っ込むような勢いで中を調べ始めた友人が、それを終えるや、完全に沈黙したのを見て、柊牙は得体の知れないものに接するような足取りで近づいてきた。「おい、どうしたんだ?」

「ない」史岐は、喉に引っかかったような声で呟いた。

「本が、なくなってる」

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