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雪ごいのトリプレット The Lovers  作者: 梅室しば
一章 佐倉川家の年越し
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大晦日の予感

 一年の締めくくりの日、十二月三十一日を生家で迎えた()(くら)(がわ)利玖(りく)は、朝から母・真波と二人で黙々とお(せち)料理の準備に徹していた。

 そんな書き方をすると、いかにも機械のように無駄のない手際で作業をこなしていたように思えるが、実際の所、口をきく余裕がなかったのは利玖だけで、母の方は普段離れて暮らしている子ども達が帰ってきた嬉しさであれやこれやと話しかけてきたし、その片手間で菜箸とフライパンを振って、甘辛いタレを絡めた田作りを仕上げ、鶏挽肉にネギとショウガを練り込んだ松風焼きの生地を耐熱容器に詰めてグリルに入れ、さらには薄切りにしたレンコンのあく抜きまで済ませてしまった。

 その間、利玖がどうにかやり遂げた仕事はただ一つ、最初に任された栗きんとんの裏ごしだけである。

 もうこれでよかろう、と納品を願い出ても、粗が残っている事を指摘されたり、真波が松風焼きに振りかけた炒り胡麻の粒の半分もない皮を見つけ出されたりして、

「うん、いいわね」

と修了が認められたのは実に三度目のリテイクの後だった。

 お節料理作りを手伝わせてほしいと頼んだのは利玖の方だが、さすがに目算が甘かったと言わざるを得ない結果になった。一人暮らしを始めてもうじき二年。少しは料理の腕が上達した所を見せたかったのだが……。

 己の無能ぶりに嫌気が差しそうになりながらも、疲労困憊の状態で台所を徘徊して真波の邪魔をするのは本意ではない。利玖は一旦作業を離れる許可を得て、書庫に向かう事にした。年明けに提出するレポートの参考にしたい文献がいくつかあったのだ。


 自室に戻り、インナーを裏起毛のものに替え、その上からも入念に重ね着を施した。仕上げに、ドラム缶のような真っ黒いベンチコートに身を包む。

 佐倉川家の『書庫』の実態を知る人物はさほど多くない。

 屋敷自体、それなりの広さがあるから、多くの人はその中に本を保管する専用の部屋があるのだと思っているだろう。あるいは、周辺の山ごと買い取って管理している私有地のどこかに、古今東西様々な本を収めた私設図書館のような代物があると考えているかもしれない。

 しかし、実際はそのどちらでもない。

 屋敷にほど近い、山の地中深くに形成された天然の鍾乳洞、その内部が、長い年月をかけて少しずつ人の手が加えられ、無数に存在する岩洞(がんどう)の一つ一つが書房(しょぼう)として利用されているのだ。

 屋敷から書庫に(じか)で通じる経路という物はなく(少なくとも利玖は存在を知らされていない)、裏口から一度外に出て、山道を歩いた後、(ほこら)に偽装した入り口を使って地中に潜る事になる。冬でも行き来が出来るように、その周辺だけはそれとなく雪が掻かれていた。

 降り続いた雪は昨日の夜に止んだ。今日は朝からゆるゆると風が吹き、穏やかな晴れが続いている。昼半ばを過ぎているが、空は今も、瞬間冷却したような透きとおった青一色だった。

 時折、木立の中を風が通り抜けてくる。容赦のない、その冷たさの奥に、ひと欠片の優しさと懐かしさが混じっているような気がした。


 長靴の底が雪を踏みしめる音を聞きながら、時間をかけて祠まで歩いた。

 色々な事が──本当に、色々な事があった一年だった。来年もまだ、多くの事が変わり続けていくような気がする。

 それでも、今はただ、生まれ育った家で、家族とともに新年を迎えられる事が、素直に嬉しかった。

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