多いな、パチーシかよ
さすがに爆弾が一つしかないとは思えないので、再び地味で不審な作業に戻る。パチスロの通常時みたいに、おちつーいた感じの。
廊下の隅に文化祭のパンフレットが落ちていた。まあ一応、文実でもあるわけだし、いくらでも替えがきくとは言っても、こういうのはしっかり拾っておこう。
「どうしよう、生徒会室に届けようかな」
「うーん、さすがに捨てちゃっていいんじゃないかー?」
「でも見て、めっちゃスタンプラリー進んでるよ」
「96個押すと、豪華賞品が貰えるんだっけ」
「多いな、パチーシかよ」
「うーん、届けてあげよう。それで損することは無いし」
芽生は自分のパンフレットを取り出し、落ちていたパンフレットと、交通量調査のバイトみたいに、真剣に見比べ始めた。
「このQRコード。私のと違くない?」
「ほんとだぁー!よく気が付いたね」
「そう、これは本当に陽菜の言う通りだよ。そんな灼眼を人に向けたら、灼けて死ぬよ?」
「でも、これって違うページに繋がらないのかな」
「QRコードには誤り訂正があるから、同じところに飛ぶんじゃない?そうだよね、成」
物は試し、実際にスマホで読み込んでみると、同じURLに飛んだ。それと、他のパンフレットも集めてみると、おおよそ半々ぐらいの割合で、2タイプのQRコードが印刷されていることがわかった。
「はい、これから言えることはーっ。まずは天才ちゃんから!」
「ここに謎がある……?いや、わからん、何にもわからん、皆目見当つかない。ついでに自分の将来も想像できなくて無理、ぼくが成人?ないない、ありえない、永遠に二十歳前夜をループするんだ……」
「えーっと、次なもち!」
「まあ、成の言うように、これが爆弾のありかを示すヒントになってる可能性はあるよね」
「そうかー?大々的にやってる謎解き企画で使うやつなんじゃない?それに一足早く勘付いてしまったってだけで」
「あの謎解き企画、さっきは屋上を見つめ直すきっかけをくれたし、可能性はあると思う」
しかし議論は平行線をたどったまま。 “3人” の叡智を結集しても、この難題に結論を出ないまま1時間。飽きたので先に文化祭を満喫することにした。
「はっはー、またなぞをとかれてしまったぜ」
「いや、わざわざヒントを出すからでしょ。黙って盗めばいいものを。目立ちたがり?」
「はっはー、いかにも。おれはめだちたがりだ。そうでなければ、おんみつさがものをいう、せっとうなんてするわけないだろ。おれ、ねはいいやつなんだ」
「そう、親近感沸くわね。怪盗チェレクラのお望み通り、必ず捕縛して、見せしめにしてやりましょう!」
「はっはー、そろそろぬすみをはたらきたくなってきたぜ。よし、つぎはしろからぬすんでやる。なにがぬすまれるかは、そのときまでの “おたのしみ” だ」
また謎解き企画の放送が入る。はくさい中は各クラスの広告など、色んな番組が絶えず流れている。それに血に塗れた友人のテンションの高さときたら、やっぱり祭りは最高だなぁ。
「ほい、用事終わったから戻ってきた」
「おかえりー」
「何か思いついた?」
「芽生は陽菜の手持ちを見て、そう思う?」
「頭使ったから、お腹が減ったんだよ~」
「はぁー、その台詞は私のものなんだけど」
「逆に芽生こそ、何か進捗あった?」
「あんたらとは違うからね。一つだけ試してみたいことが」
邪魔な机とか椅子を置いておくための空き教室に入り、芽生はパンフレットを穴が開くぐらい凝視しながら、黒板にQRコードを写していった。
「二つを重ねたら何かが出てくる。鉄板じゃない?」
「さっすがなもち、天才だよ、今からでも国会の公聴会に参戦したほうがいいよ」
「それは全部解決してから……でも嫌なんだけど。何の専門家として出ればいいのよ」
「二つのQRコードで違うのは右下の一部分だけ。で、重ねると、各マスは黒黒、白白、白黒、黒白の4通りの状態、つまり2bitの情報を持ってると」
「ねぇ陽菜、謎解きの天才を連れてきてくれない?」
「それがなもちなんだよ……。あ、謎解きの天才が寄り集まってるところあるじゃん」
私は閃いてしまった。でもそれ、期末試験の時が良かった。急いで件のQRコードを読み取る。
「この掲示板!ここで聞けば、答えがわかるかも!」
「言われてみれば、謎を解くのは私たちじゃなくていいわね」
「そもそも、この謎自体、例の怪盗のほうが仕掛けたものかもしれないからね」
二人は掲示板に送る文面を考え始めた。
「あの、『でかした!』とか『あっぱれ!』とか『褒めて遣わす』とか、無いんですか……?」
「ええぇ……、期待するなよ、そんな台詞……」
しょんぼりして、黒板に平均的な絵心の犬や猫、にんまりヘミングウェイをチョークで描いていると、詰碁だって発想が当たり前のように掲示板を席巻した。
「あー、黒白と白黒の区別をつけないのね」
「成なら解ける?」
「うーん、いけるっしょー」
私も負けじとヘミングウェイを描きこんだ。チョークを横にしたり、縦にしたり、斜めにしたりして、徹底的に濃淡にこだわる。やばい、何度見返してもこれはヘミングウェイ、2023年この白山高校にヘミングウェイが蘇る。一人鼻息を荒くしていると、成のほうが普段とのギャップでより引き立つ顔をしていた。
「白が一個残った。白から盗むって言ってたし、これでいいんだよね」
「よくできてるなぁ……。ここに爆弾があるのかな」
「ねぇ、どう?私のヘミングウェイ。画伯どころか画王じゃない?」
「まずまずな犬猫も並べて、ギャップを作るな、笑わせようとするなっ」
「自分の十八番を思い出すのに時間かかったんだよー」
二人のささやかな笑い声と、教室の外の呼び込み合戦が客観的に聞こえて、せっかくの文化祭で何やってるんだろうという、封印しておかないとこの身を滅ぼしかねない負の感情が芽生え、死にたくなった。
「で、この白い石の場所にあるんでしょうけど。どこなの?」
「普通に、学校を上から区切って、ここだーってやるんじゃない?」
「あ、この教室の前の窓に、碁盤の目が貼ってあったよ」
私の記憶に誤りなどあるはずがなく、生徒会許可の印が律儀に押された碁盤の目が、窓に貼ってあった。
「その白い石があった場所から見える位置にあるってことだよー」
「距離によって変わるくね」
「あそこ、明らかに掘り起こされた跡があるんだけど……。あれでしょ」
芽生は物凄い残念そうにそう言った。まあ罠の可能性もあるので、一応白い石が残った場所に目を近付けて校庭を見下ろすと、見事に掘り散らかされた地点と一致してしまった。何だか苦労が報われなくてかわいそう。




