まずは助っ人
とにかく早歩き、逸る気持ちを抑えられず、不服だけど猪突猛進している。しかし行き先のあてがなかったので減速した。
「ねぇ、怪我してない?頭打ったとか」
「んー?全部肩甲骨で受け止めた」
「そっかー。さすってあげるね!」
対岸にヒビの入ったガラスフェンスが見えるぐらいのところで足を止めて、ひたすらに成の背中をこすった。表情があまり変わらないので、もっと速くしてみる。わかりやすく人を蔑む目をしてくる。
「何やってんの?」
「痛いだろうから。だって私が悪いんだもん」
「これでもねぇっ、腹筋鍛えたりしてるんだよ!見くびってもらったら困る」
「腹筋に何の関係が?」
「無いけど、何か軟弱者扱いするから。あーでも、あいつには言わないでよ。ぶつかったこと」
「うん、合点承知の助~」
「で、文実の仕事は平気なの?」
「文実の仕事じゃないと思うんだけど、爆弾処理を任されてるんだよー。この学校の運命は、うちらに託されたぁっ」
「ドヤ顔で言ってるところ申し訳ないんだけど、つまり文実として役に立たないから、あの人たちは適当なこと言って、職務から外そうとしたんじゃない?」
「そそぉーんなことないよ!天才ちゃんは、いつも偏屈に考えすぎ。本当に、爆弾が仕掛けてあったらどうするの!?友達と手を繋ぎながら死ねるのは、悪くないけどさぁ!」
「私はいつも至極当然間違いなくぱーぺきアブソリュート正しいなんだけど、それはともかくとして、もしきちんと爆発する爆弾を仕掛けたんだとしたら、威力は核爆弾の数億倍の威力で、痛みなんか感じる前に殺してほしいんだけど、それもともかくとして、どこに爆弾あるの?」
「何にも伝えられなかったから、自力で考えろってことじゃない?天才ちゃんならどこに仕掛ける?」
「FPS全然やったことないから、さっぱりだなぁ」
何を言っているんだ、この人は。でもきっと、井戸より深い無敵の考えがあるんだろうし、そっとしておこう。
「マインスイーパーならあるんだけどね。あんまり関係ないけど」
「天才ちゃんでもダメなら、もうなもちに一任するしか……」
「さっきまでのやる気はどこへ!?」
「というか、なんでなもちと一緒じゃないの」
「そりゃあ、別個体だからに決まってるでしょ」
「それならまずはなもちを探すかー。なもちがいれば百万人力だもん」
「普通に呼び出せばいいんじゃ……」
「その手があったか!」
「やーっぱり、どこか抜けてるんだよな……」
失礼極まりないのが当たり前になって、一周回って友愛を感じ始めているが、とりあえず成についていくと、尋ね人は自分のクラスでせっせと働いていた。彼女が弓納持 芽生、髪はさらさら、胸には夜空に輝く星を、いつも香しくて、何事も如才なくこなす高嶺の花は、実のところ成と小学生の頃からの友達らしい。そういう時の重みでもないと、二人が並び立っている光景は不自然すぎるもんね。
華麗で、高級ブランドも無理なく使いこなす芽生だけど、頭が切れるし、相談に乗るのが上手いし、性格が歪んでる人以外からは広く支持されている。先輩後輩という枠組みから外れて、芽生っていう新しい階級が暗黙の了解となっているぐらいだ。
それはそうと、学校ではもちろん、私服でも到底お目にかかれない、メルヘンチックなロリータファッションの芽生に思わず感嘆してしまった。一度は憧れてしまうけど、どう考えても服に全てを乗っ取られるから、手を出せない。でも芽生は違う。例えるならば、飯盒炊飯の時の芯の残った米みたいだ。
「おー、似合ってる、似合ってるー」
「何その言い方……。私だって好きでこんな格好してるわけじゃないんだからね」
「わざわざ馬鹿にするわけないよー。天才ちゃんじゃ、あるまいし」
「何ヘラヘラしてんのよ、成!」
「いやぁ、悪くないんじゃない。その、絵師殺しのフリル」
「まっまさか、私の黒歴史と重ねて……!消せ!日本の海底ケーブル全部引きちぎれ!」
「お前は第3次世界大戦でもしてるのか?だとしたら策士だけど、自分から黒歴史を公言しちゃうのは、ちと脇が甘いんじゃない?」
芽生は電源を落としたロボットのように、すっと成の肩から手を下して俯いた。耳が赤くなっていることに気が付いた。
「やっぱり信じられるのは陽菜だけだわ……」
「脳筋に縋るなー。碌なことにならないよ」
「誰が脳筋だよっ」
「たとえ考えが浅はかで、底抜けのポンコツだとしても、捻くれたことしか喋れない成より、百倍マシよ」
「酷い言われようだ……。ポンコツでも傷つくんだよ!」
「それはいいけど、何しに来たの?午前も午後も、今日は一日忙しいの」
ふん、人の心無い同士で傷を舐めあってればいいっ。でももう高校生なので、そんなことで癇癪を起こしたりしないのだ。
「私の機嫌を損ねた分、賠償してもらいますからっ」
「えー……、頭撫でたら許してくれない?」
「ダメ、ぼくたちにご同行願います」
「えぇー、ほら外お客さん並んでるから」
芽生は教室の外を見つめた。しかしさっと駆けるは白馬の王女様、スキー板と十二単を引きずって果敢に接客しに向かった。
「芽生、これから遊びに行くってわけじゃなくて、実はぼくたちには大事なミッションが課せられてるんだ。それも、ぼくたちだけじゃなくて、この学校にいる全員の命が懸かった」
「そうなんだよ!この学校に爆弾が……」
「おい声でかいって、生徒会の人が陽菜にしか言わなかったのは、みんなに言いふらして、混乱させたくなかったからじゃないの!?」
成の手は、口だけでなく鼻もきつく覆いつくしたので、びっくりするほかなかった。言葉はともかく、せめて優しく扱ってよ……。まあ冷静に観察適応決定行動をするならば、私が迂闊なことを言ったのがいけないんだけど。もっと淑やかに喋る練習しようかなぁ……。
「その、何だろう、 “チャカ” のありかを探すのを手伝ってほしいってこと?」
「そうだよー、なもちは話が早くて助かるぅー」
「飲み込み早すぎじゃない?ぼくは芽生が真犯人と見た」
「成、陽菜が困ってるのに、私が手を貸さない理由なんて無いでしょ。それに、デマならそれでいいけど、デマじゃなかったら大惨事だもん」
芽生は幼稚園の先生みたいに、心に染みわたる優しさで成を諭した。これで心を入れ替えられない成のほうがおかしい。鉄十字マークをたくさん付けてやるっ。
「パスカルの賭けってやつか。まあ、ぼくのほうが先に陽菜に協力してたけどっ」
「協力するはするとして、制服に着替えてから行くね」
「その格好、お世辞とか無しで、ちゃんと似合ってると思うんだけどなあ」
「まあ似合ってるとは、恥ずかしながら自分でも感じてるけどっ。落ち着かないのよね、やっぱり制服が一番」
「そう、早く着替えてきて。刻一刻と、起爆時間は迫ってるんだから」
「肯定……してくれないかぁ」
成は邪魔にならないよう教室の外に出て、腕を組みながらロッカーに寄りかかった。




