馬の耳に念仏、お坊さんのお経は退屈
残暑が辛くても、汗を拭っている暇なんてない。他を圧倒する優勝候補のクラスに寄れば、開場数分前なのに暗幕が足りないと言われ、生徒会室に戻れば、人手が足りないと言われ、真面目にやってる人ほど報われない。でもそれでいい、それがいいんだ、だってはくさいだもの!
まあぶっちゃけると、みんな良い子ちゃんだなーとは思う。そわそわした感じは大半の人が持ち合わせているんだけど、地元高校の文化祭は、それを前面に押し出して、時に行き過ぎたことをしていたっていうか、文化祭と言えばその印象が強かった。でも出し物は断然、こっちのほうが面白そう!手が込んでて侃々諤々の声が想起できる!
「見回り、終わりましたぁーっ!」
「どこのクラスも異常なかった?」
「ばっふぃしです……勢い余ったぁ……」
「それで……ちょっと耳貸して」
「耳?何のために?」
「いいから、いいから」
いつも友達に怖いもの知らずと言われるけど、怖いものは怖い。でも言うこと聞かないと、もっと酷い目に逢うかもしれない。私は心して、目をぎゅっと瞑り、ゆっくり屈んだ。
「今からささやくことはぜっっっったいに、騒いだり、復唱しないでね?」
「……うん」
「実は今日の文化祭を狙って、爆弾がたくさん仕掛けられてるらしいの」
えーっと、ダメだ、絶対今、口を開いたらダメなんだ。そう、馬の耳に念仏、落ち着け、お坊さんのお経は退屈……。
「怪盗チェレクラは知ってるよね。あの企画の準備に紛れれば、爆弾を怪しまれずに仕掛けられるってわけ。大丈夫、解除方法は簡単。爆弾の上に大きなスイッチがあるから、それを押せば解除できるよ」
「質問……してもいい?」
「いいよ。小声でね」
「どうしてそんな簡単に解除できるようになってるの?」
「あぁ、それはね。爆弾は交渉材料なの。犯人の要求を呑めば場所を教えてくれるんだけど、生徒会としてはそれを容認することができなくてね」
颯理は私の手を優しく握った。私のほうが温かい。でもこんなに一途な瞳で頼られたら、絶対断れない。
「これはフェスさんにしか頼めないことなの。もちろん友達ぐらいとなら、協力してくれていいから」
「わかった、任せて!なんたって私は、佐渡のフェレットだもの!」
「うぅーん?二人で、何ひそひそしてたのぉ~?」
「常葉先輩には内緒ですっ」
そういうことなら、できるだけ速く動かないと。学校の危機を救えるのは、私しかいないんだ。熱くて小さい魂が震え上がっている。私はパチンコ玉みたいに、ここから打ち出されてみた。そう弾き出された、誰かを射止めるために。
一歩間違えれば首が折れていたんじゃないかという衝撃に、頭の中が真っ白になる。でも何かが砕け散る音がしたから、これはまずいと思う気持ちが勝って、目を開けた。
「くっ……」
「ん……って、あぁーっ!ごめん、ごめんって!息してる、息してないよね!」
「してるわ!そんなにぼくと縁を切りたいんですか、そうですかっ」
「だって、この私に突撃されて、生きてるとは思わなくて……」
「頼むから自分の二つ名を思い返してくれ。越後の虎じゃないでしょ」
何はともあれ、ポニテと天才毛がそそり立っているので、このどこか卑屈で悲観的な五味川 成は健康そうで一安心。私も特に怪我はしてないし……成の後方の凄惨な光景が目に入って、私はただ悲鳴を上げるしかなかった。
「ちょっ、何の空騒ぎですかー」
「うおおおおい、ヒビ、ヒビ入ってるって、天才ちゃん、天才ちゃんが悪いんだよ!?」
「待て待て待て待て、そっちが猪突猛進してきたんだろうがーっ」
「誰がイノシシだー、ふがーっ」
「あっ、それは知ってるんだ。じゃなくて、そういう四字熟語だ馬鹿めーっ」
「ふがーっ、ふっがーっ!」
吹き抜けの透明な柵に、蜘蛛の巣のような模様ができていた。どれもこれも、前をよく見ず歩いた成が悪い。私はいつまでもこの姿勢で、成の困り顔をゆがめようと躍起になった。
「あの、ドイツの昔の名家の名前叫び合わなくていいんで、早く爆弾探してきてもらえます?」
「爆弾……」
「そうだった!天才ちゃんにも協力してもらうよ!」
私は立ち上がって、指さして、回れ右で出発した。成も慌てて起き上がった。
「おいおいちょっと、これどうすんの、まさかぼくだけに弁償させる気!?」
「え?弁償?いやいやー、これは元からそういう模様だったんだよー」
「弁償か……、それは偉い人に聞いてみないとわからないですね」
「ほんとに弁償させられるの……?」
「へーきだよぉー!ここにスタンフォードたくさんあるからぁ!」
「生徒会っておままごとでもしてるの?」
「修理費それで払えるわけ……蒔希を盾にすればいける……!?」
「まぁまぁ、ささっちゃんが馬鹿になっちゃったけど、蒔希に言えばぁ、揉み消してくれるっしょぉー」
「それもそうですね。フェスさん、弁償したくなかったら、きちんと使命果たしてから、命果ててくださいね」
「りょーかいです!行くぞー、天才ちゃん」
「行くって、どこに……」
嫌な事件はさっぱり忘れて、私は前だけ未来だけを見据えて、胸を張りずんずん突き進んだ。成隊員、遅れずに付いてきたまえ!




