Unbreakiable Relationship
結局、私の行動原理はだいたい今を楽しむことだ。というわけで、食べて飲んで遊んでを、思う存分満喫した。
「颯理ー、そろそろ帰るか……」
そう言った途端、颯理がよろめいて私に寄りかかり、腕をしっかり掴んだ。私は冷静沈着に、颯理の家になぜか置いてある、著名な職人が作った壺を抱えてみる時のように、慎重に木陰に連れて行ってあげた。
木陰の上に傘まで被せることで、抜群に遮光しておいた。
「えっと、お茶、ちゃんと飲んで」
「たぶん、熱中症じゃない……。無茶しすぎたなぁ」
汗は程よく滴っているし、頭を触ってみても大して熱くない。とは言え、素人診断で他人の健康を判断することほど、危険なことはないので、とりあえずペットボトルの飲み口を、颯理の口に押し付けた。
「無茶って……。ごめん、色々連れ回して」
「ぷはぁっ。そんなに喉乾いてない」
「楽しくなっちゃって、全然颯理のこと見てなかった」
「いいよ、もう大丈夫だから」
わずかに潤んだその瞳は、いつから警告を発していたのだろうか。手ぬぐいで颯理の汗を拭きとることぐらいしかできない。せめて愛が通い合っていれば、軽率に楽にしてあげられたのに。
「あのさ、私、あんまり人混みが得意じゃないかもしれない」
「そう?そうだっけ……?」
親友ならば、そんなのとっくに気が付いてた、と言いたいところだが、そう感じさせる振る舞いは記憶にない。
「そもそも、この規模の人混みなんて、そうそう近くにないから」
「確かに、白新線に揺られて登校してるとかならまだしも、自転車通学だしねぇ」
「何か、大勢の前で発表する時に襲ってくる感情?に似てる」
「あれに?……本当に大丈夫?私は心配だよ。ずっと気に掛けてるんだよ」
颯理は気が付くと、大勢の前で発表することができなくなっていた。でも彼女はそれを克服しようと、何度も壁に頭を打ち付けてきたのである。未確認の根本を探そうともせずに。
でも私が深刻な顔をすると、決まって一番いい顔をプレゼントしてくれる。それだけは本当にやめてほしい。
「でも木陰でまったりしたら、復活したので。行きましょう?」
「いや、行くってどこに?」
「まあ、だいぶ楽しんだし、そろそろお開きにしてもいい頃合いかなぁ。よっこらせ」
颯理は私の肩を押し飛ばすように手をついて立ち上がった。こうやって、どうなったっていつも颯理は無理をする。
「ほら、もう少し休んでからにしようよ」
「わっ私はそんなに弱くないって」
「じゃあどうして手をついてるの?体調悪いなら、もっと早く……気が付かなかった私が一番悪いけどっ」
「別に、そんな、いつものことじゃん」
「いつもが、完膚なきまで完璧じゃないでしょ」
この辺の話題になると、いつも険悪になってしまう。私にはどうしても、颯理の挑戦は自傷行為にしか見えないけど、強硬にそれを主張すると、颯理はあからさまに反抗する。しかしよく考えたら、この人混みの片隅に、いつまでも彼女を置いておくほうが拷問では?
ようやくそこまで考えが及んだが、例に漏れず、その震える手足と行き場を失った目線の颯理が、家まで辿り着けるとは思わない。そうこうしていると、一歩を踏み出した颯理が、この上なく完璧に転倒して、私に直撃した。
「いったぁ……、30年後に同じシチュエーションになったら、生きて帰れる気がしねぇー……」
「ごめんなさっ、怪我してない!?」
「浴衣、ちょっと汚れちゃったかも。気前よくタダで貸してもらったのに」
「浴衣じゃなくて、小川の心配をしてるんですけどっ」
「そこまで過保護にされなくても平気ですーっ。それより、まっすぐ歩けないなら、私がおぶってあげるよ。それで、なるはやーで全力ダッシュ」
「えっ、本気で言って……」
後から思い返してみれば、別人にすり替わったことにしたいぐらい非合理的な判断だが、あの時は、良いことばかりをおぼろげに浮かべて、そう口走ったのだろう。だが、炎天下の中、颯理を背負って、全力ダッシュするとなると、彼女は地表での酸素ボンベと大差ない。無機質な質量が私を苛む。
「小川!こんなことしたらダメだって!」
「ここでぇ、はぁ、降りてぇ、どうすんの……」
颯理が何か騒がしいし、明らかに命を刈り取る足音が聞こえるが、そうは言っても、颯理を人混みの中に、もう一度紛れ込ませるわけにはいかない。初めてこんなに長距離を走っていると、世の中をなめきっている声で、時雨に話しかけられた。思わず足を止めてしまったので、私たちの旅路はここで終わってしまった。
「おーい、颯理ー。とベルサイユの薔薇~」
「今、ふざけてる場合じゃない……」
「どうした?特に颯理」
「あっ、いや、少し暑さにあてられまして……」
「人混み怖いって言って、はぁ、私はこき使われました……」
「そんなこと言ってないし……詳らかにしなくていいよっ!」
「人混みが怖いの?はい、目隠し。その辺に落ちてた」
「いやっ、それはもっと怖いですっ」
「それでは、VRはいかがですか!私がくじ引きで当てたんですよ!」
天稲は既に箱から出して、いつでも装着可能なVRを嬉しそうに掲げた。颯理がゆっくりそれに片手を伸ばす。
「えっと、それなら……?」
「えぇっ、えぇっ!?」
「おー、何流せるの?」
「茨城県でメロン農家を50年続けている木村さんのインタビュー動画!これなんてどうですか!」
「VRで見るにはこれ以上ない動画じゃん!」
「すごい、木村さん元気ですね!」
颯理は、それが脳を直接操るデバイスかもしれないといったことを全く考えず、VRを装着し、その傍らで天稲と時雨がスマホからVRを操作している。えっと、これは何?
「さて、颯理は私が背負って、今後の人生をまっとうします!あなたに心残りは似合いません!」
そう言って、天稲は颯理をおぶって、物凄い速度で走り去っていった。大名行列かと思うぐらい、群衆がいいように道を開けていく。ふと横を見ると、時雨がアルカイックスマイルで何かを待っている。尻尾があったら振っている。
「何、うあー、私までくらくらしてきた……」
「えっ、おんぶーっ」
両手を前に突き出して、時雨は私を苛立たせにきた。
「するわけないだろ……」
「そんな剥き出しの殺意を見せなくてもいいじゃん。でも、私だけおんぶに携われてないからさぁー。あっ、してあげようか?疲れ果ててるみたいだし」
「無理でしょ。午前の体たらくを見て、体を預けられると思う?」
「それはそう。だけど、あまりに辛そうなので」
「生まれつき体が強くないからね……。私はちょっと休憩してから戻るよ。先行ってていいよ」
「こんな有様の奴にしんがりを任せられるかよッ!」
「お前、テンションおかしいよ……?」
でも、さっさと颯理が回収されて助かったかもしれない。なかなか呼吸が戻らないし、水を飲んだらいつまでもむせるし、こんな様子を彼女に見せたくない。プライドという意味でも、それ以外の意味でも。
「あっ、そう言えば、一応昼ご飯買ったよ。のど飴、その辺に落ちてた」
「自己矛盾に苦しまないなんて、おめでたい奴だな」
「でも、せっかくのお祭りなのに、裏方に徹するなんて、いやー、光属性の女子高生には無理でしたわー。むしろ、罪悪感をなくしてくれてありがとう」
「それはどうも……、げほっげほっ」
「大丈夫?」
「うん、あんなこと普段やらないから。やりすぎた……」
時雨は怖い先生に呼び出された時みたいな横目で私を見た。
「いい奴なのかな」
「そうだよ?知らなかった?」




