五胡十六国時代も生き残れる
七分解けのかき氷を流し込みながら歩いていると、周囲の屋台の3、4倍の大きさを占めるお化け屋敷があった。毎年、同じ場所で、毎年同じおばさんが、 “怖いよ怖いよ~” と子供騙しをしているが、結局入ろうとなった試しがない。真横を見ると、時雨も同じものに視線が吸われていた。
「行く?」
「そう言えば、まっつり楽しんでるけど、実は颯理たちへの買い出しなんだよねぇ。今頃、飢えて乞食にでも勤しんでるかしら」
「まっつり楽しむとは」
「まったりと祭りをかけている」
「聞く価値なかったわ。まっ、家族同伴でもないし、女子高生二人、夏祭りに決まって現れる一夜城、これは闇を暴くしかないでしょ」
「仕方ない……、今から発声練習をしておこう」
「怖がる前提!?」
「お化け屋敷は、いかに他人を怖がらせるかの勝負!大きな金切り音で、他の客を圧倒!」
とりあえず、目つきが鋭いというか、もはや睨みつけてくる店番のおばさんに入場料を払い、気にならないことはない領域に足を踏み入れた。絶えず、悲鳴と呻き声の音源が、様々な方角と距離から聞こえてくる。テントの布地が薄くて、むしろ心地良い暗さで、これは減点ポイントである。
テントを支える鉄骨や、文化祭みたいな装飾を観察していると、脇からマネキンに色々被せた物が、突拍子もなく立ち塞がる。そして、ゆっくりアームが回転して、元の場所に戻っていく。
「うおっ、突然出てくるね……」
「ゔっゔんっ、この程度だとムードが足りなくて、大きな声出せないかも」
「じゃあもう、あえて無警戒で行こう。あそこから出てくるかもって考えると、途端につまらなくなるやつだよ」
「でも私、日常的にFPSという名のホラゲーをやってるから、クリアリングが欠かせない」
「食い散らかし放題に行っても、元とか考えなさそう」
「よぎりもしない。というか、淑女なので食い散らかさないし」
今度は、横から血まみれになった犬の頭が、びっくり箱のように出てきた。お互いびくっとはなるが、ただそれだけである。
かなり落ち着いて、夜道を散歩する気分で歩いていると、前を歩くカップルに追いついてしまった。
「お化け屋敷って、もっとゆっくり歩かないといけないものなの?」
「え?だいぶ細部まで観察したと思うんだけど……。というか、これって一周してない?同じお化けが出てきてる気がする」
「確かに、角を4回曲がったよね」
「もしかして、決められた道を歩んではいけない?」
「あっちに非常口の標識が落ちてたきーするー」
途中で地面に非常口の標識が落ちていたのだが、偽物だし、あからさまに壊れているという表現がなされていたので、ただの装飾だと思っていた。しかし、この近辺に出口があったのだろうか。私たちはお化け屋敷を物色する変な人たちになった。
「そもそも、入口と出口は参道を向いてるから、角を一回曲がったこの場所は、出口の真反対じゃない?」
「だよねぇ、さすがにテントしっかり張られてるから、下からくぐって出るっていうのも無理そう」
「うわーん、閉じ込められたーっ。おうぢにがえじでぇ……」
時雨が壁に向かって泣き崩れた。その様子を見た、他のお客さんはさぞ冷めてしまうだろう。申し訳ない気持ちにさせられる。
「泣くなよ、ここなら定期的に人が通るし、食料には困らない」
「そんな涙もろくないわ!そもそも、せっかく大声を出す覚悟をしたんだから、それで助けを呼べばいいだけ」
「どうする、魂の叫びも単なる悲鳴に解釈されたら」
「カニバリズムを始める」
「カーニバルとの語源的な繋がりは無いよ」
「というか、このまま何周もできたら、元が取れるんじゃない!?」
しかし、中々元を取らせてくれない。そのうち、私たちが囚われていることを知ってか、新しくお客さんが入ってこなくなった。それでも健気に仕掛けは動き続ける。さすがに時雨には叫んでほしくなってきた。
「どうしたらいいんだーっ」
「私も疲れた……。いくら日陰とは言っても、暑いものは暑いよ……」
「こんなことになるなんて……。オカルトを軽視してごめんなさい」
「時雨、もう叫んでみてよ。誰もいないし」
「えっ」
時雨からはいつしか威勢が消えていた。絶対、頼み事を断る顔をしている。
「そもそも、私はあんまり大声出すのが得意なほうじゃないから……。合唱とか適当にやるタイプなので」
「えぇっ、ここまで来て、そんなこと言う?」
「というかそっちが叫べばいいじゃん。何も私に頼らなくても……」
「私は護られて光る女だと自認している」
「それは明確に逆だと主張したい……じゃなくてっ……」
時雨は大きく息を吸って、そのまま吐いた。やっぱり勇気が出なかったらしい。
「あっ、普通に入口から出れば良くない?」
「その機転が利かせられる嘉琳なら、五胡十六国時代も乗り切れる」
入口の幕をくぐると、そこには店番のおばさんがいた。おばさんは逆流してきた私たちを、鬼の形相で睨んできた。私たちは踵を返さざるを得なかった。再び薄暗い、蒸し暑い、つまらない空間に押し込まれた。
「あんのババアがよぉ~っ」
時雨はとめどない怒りのせいで、私の肩をぽかぽかしてくる。このまま器物損壊で警察に持っていかれても困るので、必死に打開策を考えてみる。
「そう言えば、3つ目の角で人間のお化けが出てくるよね。この扉の奥に、人がいるんじゃない?それで、ここが出口に繋がっている、仮に繋がってなくても、お化け役の人が待機してるはず」
私は黒い扉を、もう容赦なく開いた。中から白い布をぶら下げた男性が、最後の抵抗と言わんばかりに、喉に負担のかかりそうなかすれ声を上げて、こっちに向かってきた。その勢いで私は少し後退してしまった。
その男性は私と時雨の腕をしっかり掴み、我々を自分の根城に引きずり込んだ。何事かと思ったら、すぐそこに眩い光があった。
「すいませんねぇ。本当は最後、僕が引っ張って、出口に誘導するっていう仕掛けなんだけど、うちのババアが、あいつら生意気だから、音を上げるまで閉じ込めとけって、指示を出してきたから……」
「あんのババアがよぉ~っ」
「家族みんな歳取ってきたし、今年でこのお化け屋敷も辞めようと思っててさ。だから、少しでも楽しんでほしかったってことで、許してはいただけないだろうか?」
「まっ、楽しかったですよ。今までお疲れさまでした」
「楽しかったかは別だけど、正直あいつの思う壺だったかと言われれば、そうじゃない気がするから、今回の件は水に流そう」
時雨は不服そうに、一生懸命ぶつぶつ自分を慰めている。まあ、長すぎて楽しむどころか、疲労が強くなってきてしまった。それにしても外界はあまりに光が多すぎる。思わず目の上に、手をかざしてしまった。
「思う壺じゃないってどういう意味?」
「もっと泣いて叫んで、手でも繋いで肩を寄せ合えってことじゃない?」
「そういうこと?って、結構な時間経ってる。私、ランデブーポイントに戻るね!」
「そうだねぇ。結構回れたし、私も満足~。じゃあ私も、神輿の手伝いに戻るかー」
時雨に磯貝のことは見られないで済んだが、それと引き換えに、磯貝をこの炎天下の中、長時間放置してしまった。しかも満腹、私は全身がファントムペインに似た感触に包まれ、それを抑えるために走っていた。




