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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第4話:天衣無縫サマー
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かき氷はパゴファジア

「うおーっ、かりーんっ」


 かっこつけて木にもたれかかり、目を軽く瞑っていると、時雨の声がした。体重をしっかり木にかけているので、簡単に動き出せない、まずいまずい。どうしているんだ、午前中はおみこしの手伝いをしているんじゃなかったのか。


「いやー、探したよー。こんなところに隠れていたとは」

「さ、探した!?なんで、なんでよ!」

「は?嘉琳を探すためだけに、お天道様の戒厳令を破ったり、降り積もる雪を蹴っ飛ばしたりするわけないでしょ。冗談冗談。でも、どうしてここに?てっきり、法事でもあるのかと」

「それはね……。今、時雨に問うけど、蛇神様に誓って、本当に何も知らないと言えるかね!」

「え……お憑きの神でいいなら、誓うけど。誰かを待ってる感じ?」


 どうやら、磯貝と離合する瞬間は見られていないらしい。ならば、あとはなるべく早く、どうにかして時雨を引き離すだけなのだが……。


「あー、誰かを待っているっていうか……、それに近しい行為というか……」

「でも、待ち合わせにしては、随分目立たない場所だけど」

「そう?メインの参道から、すぐの場所だし、事前に示し合わせておけば、いいランデブーポイントになると思うんだけど」

「ふーん、何か妙なんだよなぁ」


 別に隠すようなことでもないのかなぁ?そんなことをまな板に載せたら、余計に余裕がなくなってきた。


「嘉琳はさ、私が何かに悩んでいたり、後悔してたりしたら、絶対勘付くじゃないですかぁー。私もその嗅覚が目覚めちゃったのかな」

「本気で言ってる……?」

「んーん、全然。それより、暇なんだったら、私と一緒に回ってよー」

「再度通告するけど、本気で言ってる?人を待ってるんだけど」

「いいよ、何か一品、半額まで出すから!一緒に来ておくれよ~」

「ケチくさ、それなら私は待ち合わせを優先する」

「もう!お相手が誰であれ、羨ましいんだよ!私なんて、じゃんけんに負けたから、一人で買い出しだよ?ただ、機械的にみんなの昼食を買ってくるだけ。そんなの虚しいじゃん、お祭りって感じじゃないじゃん」


 今日の時雨は、えらく口が回る。でも、彼女が必要としているのならば、そのソレノイドのコアとなるし、後ろからついてもいくか、という気になってしまう。というか、ついていったほうが、上手く撒けるだろうし。時雨は念を押すように、動き始めた私の腕を、待ち伏せしているワニのように掴んだ。


「わかったわかった。でも、すぐ戻るからね……」

「よーし、行くぞー!と、みなぎりたいところなんだけど、買ってこないといけないものは、すでにリストアップされてるんだよねぇ。あとは手分けして並ぶだけ!」

「屋台に並ぶ要員が欲しかっただけなの?最初からそう言ってよ。一緒に回るっていうから……」

「何?しょうがないなぁーっ。踊っちゃう!?社交ダンス」

「踊らないって。踊れないし、こんな人混みでやったら大惨事でしょ」


 時雨の活気が絶頂に達したと思ったら、すぐに急落した。あまり友達にはしなさそうな、いわゆる真顔というやつで、私の目を見た。


「どうしたの?元気ないね」

「元気があっても踊らないけど?」

「そうじゃないよ。ずっと心ここにアラジンって感じだから、私、何か怖くて……」

「少し、喫緊で考えないといけないことがあってさ。時雨には関係ないことだから、そんなに心配しなくていいよ」

「それって、今この瞬間も頭の中で攪拌させないといけないの?コンクリートか何か?」


 人の流れに逆らって足を止めるのは気が引ける。しかし時雨は、まるで二人だけの世界にいざなうように、その清楚な顔付きを崩そうとしない。自然と呼吸を止めたくなった。そして、ずっと脳の中枢に陣取っていた重たい石が、どこかに転がり落ちていった。


「ちゃんと半額出してあげるから、そこのラムネ買ってきて」

「その約束、しっかり履行してくれるんだ……」

「当たり前じゃん。はい100円。私はそこのヘビーカステラ並んでくるから」

「おい、100円損するんだけどっ」

「あら、善意に付け込んだのに」

「時雨は私の善意を何度漬けするつもりなのさっ!」


 調子に乗られてもだるいので、チョップを食らわせておいた。


 瓶の中にビー玉が入った昔ながらのラムネ、水とガラスの屈折率の違いに思いを馳せても良し、ビー玉の鳴らす玲瓏な音で涼んでも良し、飲むのが一番良し。水銀のようにきらめく、無色透明な液体は、最も澄みわたって、夏の空と海を無限に詰め込んでいる。


「沁みるわぁー。気温がせいろの中みたいな真昼間に、わざわざお祭りに参加するのは愚かだと思ってたけど、悪くないね」

「冷たいものばかり食べてて、お腹壊さない?」


 時雨はさっき見せてきた買い物リストを全部無視して、私腹を肥やしている。しかし、ラムネに冷やしメロン、かき氷と冷たいものばかり食べるし、かき氷をきちんとかきこむので、心配になってきた。


「欲しい?一口分けてほしい?」

「私はこのフランクフルトで十分……」

「いや、これ以上食べると、 “パゴファジアか!?お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!?” って嘉琳が動揺しそうだからあげるよ」

「確かに、ドリンクバーでコップいっぱいに氷を詰めて食べてたら、奇怪の目にさらされるけど、砕くと許されるの、謎だよな」

「大丈夫、もう七分解けだから」

「まあ、食べ物は粗末にするべきじゃないし、ちょうど半分ぐらい食べたかったし、ありがたく残飯処理するわ」

「あーっ、嘉琳、今、氷を食べ物だと認定したなーっ!このパゴファジアがー!」

「かき氷の本体はシロップだから。完全に溶かしてから飲もうかな」

「いや、美味しい状態で楽しんでください。せっかくのかき氷ですから」

「もう七分解けなんだよなぁ」

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