かき氷はパゴファジア
「うおーっ、かりーんっ」
かっこつけて木にもたれかかり、目を軽く瞑っていると、時雨の声がした。体重をしっかり木にかけているので、簡単に動き出せない、まずいまずい。どうしているんだ、午前中はおみこしの手伝いをしているんじゃなかったのか。
「いやー、探したよー。こんなところに隠れていたとは」
「さ、探した!?なんで、なんでよ!」
「は?嘉琳を探すためだけに、お天道様の戒厳令を破ったり、降り積もる雪を蹴っ飛ばしたりするわけないでしょ。冗談冗談。でも、どうしてここに?てっきり、法事でもあるのかと」
「それはね……。今、時雨に問うけど、蛇神様に誓って、本当に何も知らないと言えるかね!」
「え……お憑きの神でいいなら、誓うけど。誰かを待ってる感じ?」
どうやら、磯貝と離合する瞬間は見られていないらしい。ならば、あとはなるべく早く、どうにかして時雨を引き離すだけなのだが……。
「あー、誰かを待っているっていうか……、それに近しい行為というか……」
「でも、待ち合わせにしては、随分目立たない場所だけど」
「そう?メインの参道から、すぐの場所だし、事前に示し合わせておけば、いいランデブーポイントになると思うんだけど」
「ふーん、何か妙なんだよなぁ」
別に隠すようなことでもないのかなぁ?そんなことをまな板に載せたら、余計に余裕がなくなってきた。
「嘉琳はさ、私が何かに悩んでいたり、後悔してたりしたら、絶対勘付くじゃないですかぁー。私もその嗅覚が目覚めちゃったのかな」
「本気で言ってる……?」
「んーん、全然。それより、暇なんだったら、私と一緒に回ってよー」
「再度通告するけど、本気で言ってる?人を待ってるんだけど」
「いいよ、何か一品、半額まで出すから!一緒に来ておくれよ~」
「ケチくさ、それなら私は待ち合わせを優先する」
「もう!お相手が誰であれ、羨ましいんだよ!私なんて、じゃんけんに負けたから、一人で買い出しだよ?ただ、機械的にみんなの昼食を買ってくるだけ。そんなの虚しいじゃん、お祭りって感じじゃないじゃん」
今日の時雨は、えらく口が回る。でも、彼女が必要としているのならば、そのソレノイドのコアとなるし、後ろからついてもいくか、という気になってしまう。というか、ついていったほうが、上手く撒けるだろうし。時雨は念を押すように、動き始めた私の腕を、待ち伏せしているワニのように掴んだ。
「わかったわかった。でも、すぐ戻るからね……」
「よーし、行くぞー!と、みなぎりたいところなんだけど、買ってこないといけないものは、すでにリストアップされてるんだよねぇ。あとは手分けして並ぶだけ!」
「屋台に並ぶ要員が欲しかっただけなの?最初からそう言ってよ。一緒に回るっていうから……」
「何?しょうがないなぁーっ。踊っちゃう!?社交ダンス」
「踊らないって。踊れないし、こんな人混みでやったら大惨事でしょ」
時雨の活気が絶頂に達したと思ったら、すぐに急落した。あまり友達にはしなさそうな、いわゆる真顔というやつで、私の目を見た。
「どうしたの?元気ないね」
「元気があっても踊らないけど?」
「そうじゃないよ。ずっと心ここにアラジンって感じだから、私、何か怖くて……」
「少し、喫緊で考えないといけないことがあってさ。時雨には関係ないことだから、そんなに心配しなくていいよ」
「それって、今この瞬間も頭の中で攪拌させないといけないの?コンクリートか何か?」
人の流れに逆らって足を止めるのは気が引ける。しかし時雨は、まるで二人だけの世界にいざなうように、その清楚な顔付きを崩そうとしない。自然と呼吸を止めたくなった。そして、ずっと脳の中枢に陣取っていた重たい石が、どこかに転がり落ちていった。
「ちゃんと半額出してあげるから、そこのラムネ買ってきて」
「その約束、しっかり履行してくれるんだ……」
「当たり前じゃん。はい100円。私はそこのヘビーカステラ並んでくるから」
「おい、100円損するんだけどっ」
「あら、善意に付け込んだのに」
「時雨は私の善意を何度漬けするつもりなのさっ!」
調子に乗られてもだるいので、チョップを食らわせておいた。
瓶の中にビー玉が入った昔ながらのラムネ、水とガラスの屈折率の違いに思いを馳せても良し、ビー玉の鳴らす玲瓏な音で涼んでも良し、飲むのが一番良し。水銀のようにきらめく、無色透明な液体は、最も澄みわたって、夏の空と海を無限に詰め込んでいる。
「沁みるわぁー。気温がせいろの中みたいな真昼間に、わざわざお祭りに参加するのは愚かだと思ってたけど、悪くないね」
「冷たいものばかり食べてて、お腹壊さない?」
時雨はさっき見せてきた買い物リストを全部無視して、私腹を肥やしている。しかし、ラムネに冷やしメロン、かき氷と冷たいものばかり食べるし、かき氷をきちんとかきこむので、心配になってきた。
「欲しい?一口分けてほしい?」
「私はこのフランクフルトで十分……」
「いや、これ以上食べると、 “パゴファジアか!?お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!?” って嘉琳が動揺しそうだからあげるよ」
「確かに、ドリンクバーでコップいっぱいに氷を詰めて食べてたら、奇怪の目にさらされるけど、砕くと許されるの、謎だよな」
「大丈夫、もう七分解けだから」
「まあ、食べ物は粗末にするべきじゃないし、ちょうど半分ぐらい食べたかったし、ありがたく残飯処理するわ」
「あーっ、嘉琳、今、氷を食べ物だと認定したなーっ!このパゴファジアがー!」
「かき氷の本体はシロップだから。完全に溶かしてから飲もうかな」
「いや、美味しい状態で楽しんでください。せっかくのかき氷ですから」
「もう七分解けなんだよなぁ」




