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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第4話:天衣無縫サマー
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かけ橋

 当たり前だが、磯貝には常識があるので、連絡先を教えたからといって、打つ労力から送り主には満足感が訪れるあの構文が、ひっきりなしに送られてくるということはなく、業務連絡と雑談の狭間みたいなやり取りが続いた。しかし、その流れに乗じて、彼は夏祭りに私を誘い出した。したたかな奴め……。


 かつての恩義と思い出があるから、冷たく当たるのはもう止めたい。数日迷ったが、考えれば考えるほど、断るという選択肢が霞んでいった。錆びついた扉が少しずつ開いていく。耳を塞ぎたくなるような金属音を聞かせながら、強引に引っ張っているのは、どちらなのだろうか。これが初めての共同作業?


 颯理の家から一旦自宅に戻って、準備を整えてから、また祭りの会場に向かうことにした。さすがに、精一杯の背伸びをしようと思ったのである。例えば浴衣なら、雪環の親の実家が着物屋なので、お礼として貸してくれるらしいが、それは気合いが入りすぎか。ならば髪形を変える……、それは簡単に気付かれてしまう。


「じかりんはいつも変わらないね。ハレの日だというのに」

「逆に考えたら、毎日がハレの日とも言える」

「見事なまでに、星鳩 玉赤の受け売りだねぇ」

「いや、割と穿った回答だったでしょ」

「毎日おめでたいんだね、わかったわかった。俺はただ、未だ星鳩 玉赤に寄せた格好をしているのが、ただすごいなぁって思っただけ。懐かしくていいけどさ」


 このリボンにブーツ、ふわふわしたワンピースというスタイルが、もう板につきすぎて、それ以外の自分に納得できないだけである。言われてみれば、これも “雪割草の芽吹く頃” のメインヒロインである星鳩 玉赤の真似が始まりだった。もちろん、この回答も彼女がどっかで言っていた台詞だ、そう、どっかで。磯貝も、相当のめり込んでいたんだな……。


 容赦のない熱線が、私の全身を焦がそうとする。颯理たちは昼間、商店街の催し物の手伝いがあって、屋台を回れるのは夕方かららしいので、真昼間をチョイスしたが、体力が持つだろうか。法被を着たら、暑さ耐性が盛れるのかな。


 橋の上は、猛烈な熱風が吹き荒れていて、乱れた髪を無意味にかき上げた。祭りの熱気で浮かされた人々で溢れかえっており、かつての内気だった頃の自分が帰ってきそうである。


「やってるねぇ、水上みこし」

「思い返してみると、毎年見てるから、今さら何も感じなくなってきたな」

「俺はこの祭り来るの、5年ぶりなんだから。懐かしさとか、むしろ目新しさとか、感じてもいいじゃないかー」

「人間は諸行無常に対応してるんだから。変化しないものには、ありがたがれないんだ」


 と、真理を悟ってみたが、磯貝は全く気に留めず、よそ者のように、何枚も写真を撮っていた。頭頂部を触ってみると、自転車のサドルみたいになっていて、真夏の本性をこの手のひらが実感した。あー、ただ真上に水を吹き上げて無為にするぐらいなら、神輿艦隊の消防艇は、ぜひ私にその水をかけてほしい。


「暑い……、ここ日陰ないし、さっさと神社行こう」

「まあそうだね。満足いく写真も撮れたし」

「やっぱり祭りは夜に行くべきだな。焼かれるよりは、蒸されるほうがマシ」

「水分補給はちゃんとしてね」

「言われなくてもっ、しますよ」


 あっという間に500 mLのお茶が消えた。だがその全てが、焼け石にかけた水のように、蒸発していったような気がする。


「無言で歩いてると、さすがに辛いし、なんか話そうか」

「まるで、サウナで限界まで耐えようとしてる人みたいだもんね」

「サウナかー。海も川も近いし、湿気がすごいからな……」


 干からびそうなせいで、頭が回ってないので、思うように会話が続かない。


「そうだ、この5、6年で、変化あった?」

「変化……?血液型、変化なし、家族構成、変化なし、犯罪歴、依然として無し、内閣総理大臣、2回交代……」

「あんまり変わらないってことでおk?」

「割と趣味趣向は移ろってしまったけどね。まあでも、磯貝のおかげで、とりあえず何でもやってみようって思えるようにはなったよ」


 そのおかげで、何も知らない思考停止人間になら自慢できる趣味がたくさんある。ギターとか、物理学とか、ルービックキューブとか。


「その、オタク趣味はどうなった?」

「古傷のように、時々うずくぐらい。この間、時雨と話してたら、雪割草読み返したくなっちゃったけど」

「言ってたねー、Twitterで」

「監視すんな」

「インターネットに放流する以上、どこの誰に見られても文句は言えないよ。生ぬるい覚悟で発信者になれると思うなってこと」

「さすが、小学生の頃から、2chに籠ってた人の言葉は、重みが違いますねぇ」

「今となっては黒歴史だけどね。いやー、俺はもう、完全にそういうのから足を洗ってしまったから、もし今期アニメの話題を振られたら、困っちゃうところだったよ」

「ふーん、まあ、そういう、オーラは感じなくなったね」

「よく言えばまっとうな人間に、悪く言えばつまらない人間になってしまったのさ」

「元々、そういう気質はあったんじゃないの?クラスのマジョリティーとつるめるけど、あえてつるまないみたいな」

「そう、でも、じかりんと話してたほうが、楽しかったから」


 “当時は” 、という単語をあえて隠したのだろうか。同じ学校にいる以上、磯貝が色んな人と腹から笑い合い、手を高く掲げ、肩を触れ合わせているのは、何度も見たことがある。これがもう1つの顔、マジョリティーに溶け込む磯貝の姿である。


 私がいなくなれば、当然マジョリティーのほうに引き寄せられていく。というか、自分も棚に上げるべきではない。私も磯貝の手が届かない場所に居続けたので、私の全身は着実に、彼の知らない細胞に置き換わりつつある。名前ぐらいしか引き継いでいない二人が集ったところで、思い出話に花が咲くだけ。私は暑さに浮かれたふりをした。


 諸行無常の人間性、こんなものはやっぱりありがたがれない。いや、言葉の意味を制限してしまおう。変化するものには、縋れないという一文を追加するか。


 神社まで行っても、人混みは続いていた。いつになっても心休まらない。東京に住んでいる人は、毎日こんなのを経験しているというのか?それはさておき、空腹は止まらない。色々な屋台に目移りしてしまう。


「疲れた?」

「え?まあ、疲れていないと言ったら嘘にはなるけど……。な、なに食べようかな、ソース味のかき氷とかあったら、炎天下で熱々の粉ものを食べなくて済むんだけど」

「あんまり合わなさそうな組み合わせだね……。そうだ、トイレ行くついでに、俺が何か買ってくるよ。そこの木陰で待ってて」


 そんなに疲れが表情に出ていたのか。それとも、ただ磯貝が張り切っているだけなのか、判断する前に彼はもう有象無象の一員になってしまったので、知る由もない。って、途中から適当に会話を流してたわ、暑くて。そりゃあ、デリカシーのあるまともな人間なら、心配もするよなぁ。それより、何も注文してないけど、何を買ってくるつもりなんだ?返して、私の自由意志。

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