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思い立ったが淡雪  作者: Ehrenfest Chan
第4話:天衣無縫サマー
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作曲と超新星爆発

 二人が天稲の口車に乗せられて、変に対峙し始めたところで、颯理は新品に近いノートを開いた。颯理のほうに寄って、その中身を確かめてみる。颯理はノートを腕で控えめに隠した。


「あんまり、じーっと見ないでください……」

「湯がくぐらいならいい?」

「どうせいつかは見せないといけなくなるので、思う存分、好きなアングル、好きなシチュエーション、好きなコンセントレーションから軽蔑すればいいじゃないですかっ」

「なんでちょっと怒ってるのよ……」


 颯理の几帳面な性格が現れた、綺麗な楽譜がそこにはあった。毎日ギターを握って、過酷な作曲に勤しんでいるらしい。頭を上げさせないつもりかと問いたくなる。


「あーでもない、こーでもないって、一人でぶつくさ言ってると、気が付いたら日が昇り始めてて……。最近は毎日そんな感じです」

「颯理、完璧主義者の血が混ざってそうだもんね」

「でも、結局は運なんですよ。いいフレーズは天から降ってきて、偶然それを拾えるかどうか。才能しかない母が羨ましい……」

「うーん、手伝おうか……?何ができるのかわからないけど」

「本当!?えっと、じゃあこれを……」


 颯理は箱からかなり黄ばんでいる、音楽理論の分厚い本を取り出した。その威容に、思わず土下座したくなった。颯理はどうしてそんなものを、平然と私に押し付けてくるの……?突如として、颯理から慎み深さが消えた。


「母はこれで勉強して、作曲を始めたらしいです」

「これ……で?」

「そうだよ~。これ読んで、作曲にのめりこんで、留年しかけたのはいい思い出。メンバーの練習が間に合わないレベルで作曲しちゃったから、最後は自作ソングを、自分だけで演奏して気持ち良くなってたー」

「何そのマッチポンプ」


 こんな武骨で禍々しい専門書、絶対に初学者が初手で手に取っていい本ではない。低レベルプログラミングと同じにおいを感じる。というか、これを読んで作曲にのめりこむなんて、酔狂としか言いようがない。


「これで最低限の知識を付けたら、手伝ってください」

「えぇ……。いくらなんでも、体がこれを開くことを拒むんだけど」

「でも、私より時雨さんのほうが、作曲は適役だと思いますよ?この本の序盤を適当にかいつまんで読めば、良い物を作ってくれるんじゃないかなーって……」

「そうかー?颯理のほうが、音楽についての知識はあるだろうし。私はその場しのぎの、辻褄合わせみたいな断片しか持ち合わせてない」

「さっちゃんは、いい意味で真面目だからね~。型にはまって抜け出せない。それに比べて、破天荒なしーちゃんは、程よく新しい風を吹かせてくれると思うの」


 全然、友達の母親だけど、煽てられたら適任な気がしてきた。何か気分が良くなってきたし、今なら一発当てられるかもしれない。


「でも逆に、誰もが鑑賞する歌詞を触らせると、きっと碌なことにならない……」

「しーつれいな。小学生の頃とか、感想文が親宛てのお便りに常連だったよっ」

「私は般若波羅蜜多心経を引用してくると予想します!」

「しねーよ、絶対無難な失恋ソングに着地させるね」

「わかった。そういう憂愁に沈むような曲が好みなのねっ」

「うーん、でもむしろ前途洋々な歌のほうが、今の時代に迎合してないのかな……」


 さすがに打倒和南城 蒔希を掲げているとはいえ、あの本を解読する気力はないので、颯理の母親に一から作曲を教わることにした。ギターに触れるのもこれが初めてだし、とにかく未知で満ち溢れている。これほど広い新エリアに足を踏み入れたのは、インターネットなるものを知った時以来かな。少なくとも、義務教育では味わえないカタルシスがある。


 それはそうと、教えてもらえるのは大変ありがたいのだろうが、やはり抑圧された気分になってしまう。早く自己流を開闢したい……。


 ふと、嘉琳と小川の会話に耳を傾けてみた。何やら、この短時間でだいぶ打ち解けているようだった。


「そう言えば、スーパーノヴァを撃つ時の詠唱って、意味あるの?」


「それはもちろん。恒星は核融合でエネルギーを得ているのは周知の事実だけど、その大半はppチェーンと呼ばれる水素が結合して重水素に、重水素と普通の水素が結合してヘリウムになるっていう反応なのね。でも大きな恒星になると、ヘリウム同士が結合してベリリウムができたり、さらにそこから、炭素、酸素、ネオン、マグネシウム、ケイ素、硫黄、アルゴン、カルシウム、チタン、クロム、鉄って順番で生成されたりする。ちなみにこのアルファ反応はヘリウムが使われるから、必ず質量数が4の倍数になってるっていうのは置いておくとして。鉄は安定してるから、これ以上質量の大きな原子には至らないんだよね。つまり鉄に収束するとはこのことー。そして完全に燃料がなくなった恒星は、色々条件を満たすとスーパーノヴァを起こすのだー!」


 嘉琳は相手に一切の隙を与えなかった。しかし、これだけ長々と解説しているが、そもそも手の平でスーパーノヴァは起こせないので、中学生で卒業しておいてほしい、目を伏せたくなる妄想に過ぎない。


「でも、極限値が収束するかは、右側、左側の両方から検討しないといけなくない?」

「うん、核分裂でも最後は鉄になるよ。核子の結合エネルギーが一番大きいのが鉄だからね」


 小川は何でついていけるんだよ。まあ、二人とも地獄が好きという点で似た者同士だし、共鳴できるのかもしれない。

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